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二人で一人の魔法使い(前編)

 吹き荒れる爆風と立ち込める煙。レミィとロンディルシアの一撃で起きた爆発の余韻の中を、いくつもの魔弾が飛び交い、衝突し合って小さな爆発を絶え間なく生み出している。


 もはや強力な一撃ではレミィを仕留められないことを認めざるを得なくなったロンディルシアは、戦法を大きく変えた。すなわち、質より量。大気中から取り込んだマナを魔法の形を維持できる最小限のサイズに留めれば、先程まで巨大な一弾に収束させていたマナを分散させ、一度に数百という無数の魔弾をレミィへと浴びせ続けることが可能だった。


 無論、一発一発の威力は著しく低下し、レミィからすれば今まで以上に防御が容易になるが、それは百も承知。ロンディルシアはさらにその先を想定し、魔弾を生み出し続ける。


 いくらレミィがただの魔法使いとしての腕を上げ、高威力の攻撃や高耐久の防御を使いこなそうと、それはあくまでそのレベルの魔法を発動するための魔力があってこそ。たとえ魔力消費の効率を最大まで高めていたとしても、使い続ければいつか枯渇という終わりは訪れる。


 大気中のマナという無限のリソースをもってレミィの魔力切れを待ち、一気に全力最強の一撃を叩き込んで殺す。それが今のロンディルシアの脳裏に描かれたプランであり、出来損ないを相手に本来の自分の戦術を変えねばならないという屈辱も、その先にいるであろうレミィにとどめを刺す自分の姿を想像すれば押し殺すことができた。


 それはレミィも分かっている。妖術を合わせることで魔力消費は通常の数十分の一にまで抑えることができているが、消費していることに変わりはない。魔力が尽きる前にロンディルシアにダメージを与えなければと、頭では分かっているが、肝心の意思がついていかない。


 負けたくない。その覚悟は完璧に発現し、ロンディルシアの猛攻を一つ残らず打ち消すことには成功しているの。だが、「負けたくない」のその先、「ロンディルシアを倒す」という意思がどうしても魔力に乗らないのだ。


 心のどこかで、人を傷つけたくない。そんなレミィの優しさから生まれる感情が妖術の力を抑え込む。


 負けは無いが勝ちも無い。互いに術を撃ち続けるこの現状維持が、レミィの意思の力の限界だった。


 ロンディルシアの生み出すオリジン・アーツの魔弾と同じ数の魔弾が宙を駆け、炸裂する。弾けた光の向こうから、新たな魔弾が飛来し、それを打ち消すべく、また同じ数の魔弾を生み出し放つ。


ロンディルシアより一発でも多くの魔弾を撃てば、あるいは彼の魔弾を飲み込むほどの威力の魔弾を撃てば、この戦況は容易に変わるかもしれない。それをレミィはもちろん理解している。理解していても撃てない。


 本人の意思とイメージ次第で威力や形状を大きく変化させる妖術だが、裏を返せば、ロンディルシアへの明確な殺意を持てない今のレミィには、どうやっても彼を倒す一撃を放つことはできない。


 負けたくない。傷つけたくない。殺したくない。


 決して混ざり合うことの無い真逆の感情が彼女の心の内で渦を巻く。そして、最後の決心がつかぬまま、ついに恐れていた瞬間が彼女に忍び寄る。


 それは唐突に訪れた。


 いったい何万発の魔弾を撃ち合っただろうか。ロンディルシアはつまらなそうに、しかし一切の疲労の色を見せず、魔弾を撃ち続けている。


 彼が一度に放つ魔弾の数は相も変わらず数百。それをこれまで通りに迎撃すべくレミィも魔弾を作り出す。その時だった。


 ボフン。


 そんな情けない音を立てて、魔弾となるはずの無数の魔力が一斉に消し飛んだ。


 魔力切れ。レミィにとって絶望の瞬間、ロンディルシアにとっての待ち望んだ瞬間。


「っっ!?」


 迎撃されることなく飛来する数多の魔弾に、レミィは魔弾一発分にも満たないほんの僅かな魔力に妖術を練り込み結界を張るが、それも一時凌ぎでしかない。得意な防御魔法でも、今のレミィにはそれを維持するほどの魔力すら残っていないのだ。


 無数の魔弾が殺到し、一発命中する度に結界はあっけなく砕け、穴が開く。


 結界を貫通した魔弾で至る所に新たな火傷を負いながらも、どうにか全ての魔弾を受けきることができたのは、ロンディルシアがこの魔弾の猛攻を、単なる時間稼ぎとしか考えず、威力を低く制御していたからだった。相手を殺すのはあくまで大技と決めていた彼の性格が、レミィの一時の命を救った形だった。


 とはいえこのまま戦局が変わることはない。現に魔弾を撃ち終えたロンディルシアは既にレミィにとどめを刺すためのオリジン・アーツの発動を始めている。


 「いいよ! 最高だ! オリジン・アーツのないお前にとっての魔力切れは敗北と同じ。僕はこの瞬間を、出来損ないをぐちゃぐちゃに殺せるこの瞬間を待ってたんだ!!」


 全身ボロボロで立っているレミィを前に、ロンディルシアは悦びを爆発させて叫ぶ。

 

 さっきの結界でわずかに残っていた魔力も使い果たしたこの状況でレミィにできる事と言えば、ある程度魔力が回復するまでの間。これからロンディルシアが放つであろう本気のオリジン・アーツから逃げ回るか、あるいは


 ……私のオリジン・アーツに賭けるしか…………ない。


 レミィはチラリと自分の右手に視線を落とした。


 出来損ないと扱われた自分にも、一応オリジン・アーツはある。あるにはあるが、これまで一度も使ったことは無く、レミィ自身もその中身を知らない。だが、一度使用するために必要なマナのチャージはとっくの昔に完了している。


 でも……、もし戦闘向きの魔法じゃなかったら?


 最悪の結末が脳裏に浮かんだ。


 オリジン・アーツはその全てが攻撃型ではない。中には未来視や重力制御等、サポートに特化したタイプがある。もし自分のオリジン・アーツがそういった類であれば、この状況ではほぼ意味をなさず、死に直結する。


 それに、そもそも攻撃型だったとしても、ロンディルシアのオリジン・アーツは連射可能である以上、最終的な死の結末は免れない。結局、今考えられる最善の方法は逃げることだ。


 ……どうにか、魔力が戻るまで逃げなきゃ……っ!?


 しかし、それも叶わない。いつの間にか、足元に黒い魔法陣が広がり、そこから伸びた腕がレミィの足首をしっかり掴んで離さない。


「いつまでも僕が攻撃しかしないと思っていたら大間違いだよ。お前を殺すために、拘束魔法だって練習してたんだからな! 苦労したんだ。相手に気づかせずに拘束を完了するための力加減にさぁ!」


 自慢気に言うロンディルシアのその両手の先で、紅蓮の巨大な光が生まれ、無数の槍へと姿を変えてその穂先をレミィの全身に向ける。一目見ただけでわかる。小さな槍の一本一本が即死級のエネルギーを秘めている。おまけにあの槍にはしっかりロンディルシアのオリジン・アーツが有する本来の属性たる風も混ぜ込んである。掠めただけでも身体が斬り裂かれるのは容易に想像できる。


 一本でも掠れば致命傷必至の魔法槍。それが数百。もう、どうしようもなかった。


「あはははは! どうだい、レミィ! これから全身を切り刻まれて焼かれるって気分は! 君が死んだらその眼は僕がしっかり使わせてもらうから安心しなよ。そして僕はブラックロータスで最強になれるんだ。それじゃあ、さよならっ!!!!!」


 ロンディルシアの一声で、槍が一斉に撃ちだされる。


 ……ごめんなさい、皆さん……私はもう……っ。


 視界を埋め尽くす紅蓮を前にレミィはリシュア達を思い浮かべた。結局、私に戦いは無理だった、と。死の前の無限にも感じる時間の中で悔いる。まるで自分の周囲だけ時が止まったかのような静寂。


 そんな時だった。


「死なせねぇよ!!!!」


 聞き慣れた声を轟かせ、一人の見慣れたシルエットが、テレポートと見間違う程の勢いでレミィの前に飛び込むと、飛来する紅蓮の前に盾の如く立ち塞がった。



 


 



  


 


 

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