道を照らす眼
「未来視って、オリジン・アーツにはてっきり攻撃魔法しかないのかと思ってたわ……。というか、そんな禁術クラスの魔法をほいほい使えるなんて、あの組織自体は大嫌いだけど、流石に少し羨ましいくらいよ……」
レスティの持つ第三の眼をまじまじと見つめながら、リシュアは小さく溜息をついた。
元来、未来視やそれに準ずる効果を持った魔法は、未来を見通すという単純ながらも圧倒的すぎる力によって、人間、魔族、エルフ等々、種族に関わらず禁術指定されている魔法の一つである。もっとも禁術云々の前に未来視関係の魔法は遠く離れた時空に干渉するために莫大な魔力を要する上に、術の反動で手足の自由や視力を永久に失ったり、最悪の場合は発動の瞬間に死に至ったりと、たった一回の使用の代償があまりにも大きいが為に、会得していたとしても使用する者はまずいない。
だが、その莫大な魔力と代償も、ブラックロータスのオリジン・アーツであれば関係がないらしく、パッとリシュアが感知した限りでは、現状レスティの身体にはそれらしき魔法の反動の痕跡は見つからなかった。
「ま、無制限というわけにはいかないけどね。未来視を行うためには流石にその場のマナだけじゃ全く足りないから、常に眼の中に大気中のマナを蓄え続ける必要があるのさ。今回の計画では数か月間のレミィやブラックロータスの動きを全て見なければならなかったからね。溜め込んでいたマナを全て使い切ってギリギリどうにかってところだったよ。おかげで今僕の眼のマナはすっからかん。瞬間瞬間を切り取って見るような、ちょっとした未来視ならできるけど、本格的な未来視をもう一回使えるのはだいたい一月後ってとこだね」
「そういえば、レミィも似たような能力なのかしら。最初に会った時、発動までに十年近くかかるから使い物にならない。なんてことを言っていたんだけど」
「そうだね……レミィの能力は確かに普通のオリジン・アーツとは明らかに違う。彼女があの眼に宿しているのは間違いなく最強の魔法の類だよ。十年近く溜め込み続けてようやく一回発動ができる程の力を秘めた魔法。その属性も効果も未来視の中ではわからなかったけど、少なくとも今後君や君の仲間達がガルアスと戦うことになった時、レミィのたった一度っきりのオリジン・アーツが戦局を大きく動かす。それだけは真実だ」
「……戦局を動かす力、ねぇ。どんな魔法なのかは想像もつかないけど。ところで、あなたのその未来視はいったいどこまで先を見たの? 私はガルアスを倒してもう一度魔王に戻れているの? それに皆は生き残っているの?」
未来の自分を知るという好奇心半分、恐怖半分でリシュアはレスティに尋ねた。だが、レスティは静かに首を振る。
「確かに僕の見た未来には新魔王軍と君達の戦いも含まれている。だけど、その結果をここで言いふらす訳にはいかないんだ。未来の事を長く他人に話すと、そこから歪みが生まれて、未来が変わってしまうかもしれない。そうなったら僕らの計画にもどこかで綻びが生まれかねないから、すまないがそれは話せない」
「そ……そうよね。ごめんなさい、変なことを聞いてしまったわ」
「いや、変に期待をさせてしまってすまない。だけど、未来は自分の目で見届けるのが一番だと思うよ」
小さく微笑んでレスティはリシュアに背を向け、異空間へと繋がる扉を開いた。
「僕はこれから、アルヴィースやレミィのいる場所へ向かう。君はどうする? どうせ君もレミィや桜花の妖術使いと合流するんなら、一緒にくれば早いけど」
「いや、折角の提案だけど、遠慮させてもらうわ。流石にあそこの死体をこのままにしておくわけにはいかないから」
レスティの手でとどめを刺され、倒れたままの魔法使いの方を振り返りながらリシュアは答えた。レミィを追い詰めた残虐で憎むべき敵。しかし、物言わぬ死体となっては敵も味方もない。
「そっか。それじゃあまたいつか、どこかで会おう。これからも妹をよろしく頼んだよ」
深々と頭を下げて、レスティは異空間の向こうへと消えて行った。異空間に繋がるその門が消えるのを見届けてから、リシュアはゆっくりと魔法使い達を弔うべく、彼らの死体へと歩き始める。
「考えてみれば、ブラックロータスがいるのは、戦いがあるからなのよね。ガルアスを倒して、私が大陸から戦いの火種を消せば、彼らのような戦いの為に作られる存在もなくなるのかしら」
リシュア=ヴァーミリオン。魔王の血を引く自分こそが、大陸に太平を齎す存在となるのだと、決意を新たに、リシュアは天を見上げた。