黒蓮華を屠る者
「その眼を持ってるってことは、あなたもブラックロータスの人間……」
「ああ。その通り。まぁ正確には元ブラックロータスってところだけどね」
リシュアの漏らした言葉に、青年は真剣な顔になって言った。
「それじゃあ……あなたもレミィと同じで組織から追放されたってことなのかしら?」
リシュアは聞き返す。聞き返しながらも、今自分が喋っている予想が間違っている気がしてならない。もしも仮に目の前の青年がレミィと同じようにオリジン・アーツに関して欠陥を持っていたとして、ただそれだけでブラックロータスという組織がこの青年を手放すとは思えなかった。
レミィと違ってこの青年は殺しに対する抵抗がない。現に彼はたった今目の前で自分と血のつながった人間を何の躊躇いもなく撃ち殺しているのだから。それはつまり傭兵という職業には必須の思考で、あの銃の腕と合わせて考えても殺しのプロであることは間違いない。そんな彼をいくらオリジン・アーツが満足に使えないからと言ってレミィと同じように追放するだろうか。
そんなリシュアの思考通り、青年は静かに首を振った。
「いや、違うな。確かに僕の持っているオリジン・アーツもレミィ程ではないけど再使用に時間がかかるんだけど、僕は追放されたわけじゃない。自分からあの場所を離れたんだ」
「え?」
「まぁ、なんていうか、あの組織の閉塞的な空気が嫌になったというか、ぶっちゃけた話をするなら、外の世界を見てみたかったってのが一番の理由だね」
「……へぇ……。だけど、あの組織から離れるのってそんなに簡単なこと? 私の想像だけど、あの組織が勝手に抜け出すことを許可するとは思えないわ」
「あぁ、確かにね。君の疑問ももっともだ。確かに、あの組織は裏切り者を許さない。もしあのオリジン・アーツが他者の手に渡ってしまえばブラックロータスの優位性は多少なりとも揺らぐことになるからね。だけど、僕には協力者がいたんだ」
「協力者?」
「そう。あの閉塞した環境の中で、僕と同じく外の世界への願望を持っていた奴が一人いた。アルヴィースって言うんだけど、君も知っているだろ?」
あの何を考えているか分からない男ね。
脳裏にグリーズベルの森でアルヴィースと対峙した時に痛感させられたあの敗北感が蘇り、リシュアは思わず唇を噛んだ。
「アルヴィースは僕の所属していた部隊の隊長で、親友でもあったんだ。僕が初めてその計画を打ち明けた時、あいつは直ぐに快く協力を申し出てくれたよ」
その後は、僕たちの描いた筋書き通りに進んだんだ、と、青年は地面に腰を下ろしながら語る。
「僕がブラックロータスを抜けだしたことは早いうちにバレたよ。そして直ぐに僕の追討部隊が編成されたんだ。追討部隊のリーダーはアルヴィースだった。ここまで言えば、後は想像できるんじゃない?」
「まぁ、そうね。大まかなシナリオは予想できるわ」
追討部隊の隊長が青年の協力者たるアルヴィースであれば、やり方はいくらでもあるだろう。死体を偽造して持ち帰るなり、部隊のメンバーを洗脳して口裏を合わせさせるなり。その方法までは分かるはずもないが、とにかく青年は今こうして生き延び、アルヴィースはブラックロータスのメンバーとしてタツミと交戦中だ。
「あいつは部隊内では優しい皆の兄って感じだったけど、部隊の外では冷静沈着で無口、魔法の才能もあって、如何なる任務でも冷酷に遂行するっていう、ある意味でブラックロータスの鑑的存在だったからね。追討任務で僕の死体を偽造しても、誰もあいつを疑わなかったらしい」
「なるほどね……。あなたがブラックロータスから離反した魔法使いっていうのはよくわかったわ。だけど、そんなあなたがどうしてブラックロータスの魔法使いを殺しに動いているのよ?」
折角アルヴィースの協力で組織からその存在を消すことができたというのに、なぜまた彼らと関わろうとするのか、今までの青年の話だけでは、その部分だけは不明のままだ。
「そうだね。確かに今の話とこの殺しは全く関係がない話だよ」
青年は立ち上がり、リシュアの手を握る。
「君達には本当に感謝しているんだ。無価値だと蔑まれて、ゴミ同然の扱いを受けていたあの子に初めて希望と生きる意味を与えてくれた。僕やアルヴィースの力だけではできなかったことを君達はやってくれたんだから」
「妹ってまさか…………」
「そうさ。僕がブラックロータスに敵対する理由はそこにある。レミィを傷つけられていた。兄として、それ以上の理由がいるものか」
リシュアは青年の眼の奥に静かに揺れる怒りの炎を見た気がした。
「ああ、そういえば名前をまだ言っていなかったね。僕の名はレスティ。改めて、妹を救ってくれてありがとう。」