黒と白
「……はぁ…………。残虐なキャラを演じるのって結構疲れるものなのね…………」
地面に倒れ伏した十人の魔法使い達の姿を見回して、リシュアは大きく溜息をついた。異形化を解除し、徐々に元に戻っていく身体をさすりながら、地上へと降下する。
「あー、やだやだ。あんな醜い姿、二度と御免だわ。…………それにしても、流石にやりすぎたかしら。ショック死とかしてないわよね……」
ブツブツと独り言を溢しながら、リシュアは近くに仰向けで倒れた魔法使いをひっくり返して胸に手を当ててみた。口から泡を吹き、白目をむいて完全に気を失ってはいるものの、心臓はしっかり動いているようだった。
残りの九人も皆完全に白目をむいて意識を手放してはいるが、生命反応自体は残っている。
「ふぅ。とりあえず、これだけ恐怖を体験してもらえば、多少は思い知ってくれたはず……ってことにしておきましょう」
リシュアはもう一度、今度は小さく溜息をついた。そして、おもむろに背後を振り返って、茂みの向こうに声を掛ける。
「さて、それで? さっきからじろじろと私の事を観察してたようだけど、何の用かしら」
「おやおや。もしやとは思ったが、バレていたのか。流石は本当の魔王の血族ってところかな?」
茂みからひょっこり顔を出したのは裾が足首まである真っ白なロングコートを纏い、肩に魔導狙銃を担いだ眼鏡の青年だった。青年は両手を上げて降参の意思表示をしながらリシュアの下へと近づいてくる。
「なにその真っ白なコート。もしかしてブラックロータスのライバル組織とかそんな感じの人?」
「ま、そんなところかな。いやぁ、そんなことより見事な幻術だったね。外から見ていたけど、彼らがいきなり泡を吹いて倒れるところなんて見物だったよ。一体どこからが幻術の始まりだったんだい?」
「褒めてくれてありがと。私が幻術を使ったのは、最初に奴らが一斉攻撃を仕掛けて来たあの瞬間よ。まさかあそこまで簡単に嵌まってくれるとは思わなかったけどね」
「ま、己の力を過信しすぎた者達の末路ってところかな。でも、どうして殺さなかったんだい? あの姿ならわざわざ夢の中で死を体験させるなんてまどろっこしいやり方なんてしなくても、実際にあの触手で突き刺せば楽に殺せてただろう?」
「まぁ、そうかもね。だけど私は別にこいつらを殺したいわけじゃないし、そもそも殺し自体好きじゃないのよ」
「ふぅん。なるほどねぇ。道理で………………っと、まぁこの話は置いておくとして、君の考えを否定するようで悪いんだけど、僕は僕の仕事を片付けさせてもらうよ」
そう言って青年はコートの内側から二丁の連装式の魔導銃を取り出してその照準を倒れた魔法使いの頭部へと向けた。
「ちょっと!? あなたまさか……!?」
「ああ。そのまさかさ。僕の仕事はこいつらを殺すことだからね」
そして、青年は微塵の躊躇もなく、魔導銃の引き金を引いた。
目にもとまらぬ早撃ちだった。青年の両手に握られた魔導銃から連続して放たれた魔弾は一発一発が恐ろしいほど正確に魔法使いの頭部のど真ん中に突き刺さり、内部から頭を吹き飛ばす。
バチュッ。という、果実を握りつぶすような音を響かせて、十人の魔法使いの命はあっけなく二度目の、今度は正真正銘現実の死を迎えた。
「あなた…………いったい何者なの……?」
何もなかったかのように銃をコートに仕舞う青年にリシュアは聞いた。フランクな口調とは裏腹に全身から漂う強者の雰囲気といい、今の早撃ちといい、少なくともこの青年がただモノではないことは確かだった。
「僕の正体か。まぁ、君や君の仲間達とは今後も関わることになりそうだから、教えておいてもいいかな」
青年はおもむろにコートを脱いで、その下に着こんでいたシャツのボタンを上から二つ程外すと、胸元をはだけ、そこにあるものをリシュアに見せた。
「そ、それは…………」
青年の胸元には、ブラックロータスの人間の証とも言えるあの深紅の眼が一つ埋まっていた。




