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戦と駒と残虐の王

 「……グレン様。城より南東にて、先程よりもはるかに巨大な魔法陣の展開反応を感知いたしました。おそらくヴァルネロの大規模召喚魔法かと……」


「クク、やはり復活していやがったか。……だがまぁ、奴がいくら召喚したところで、その戦力には限度がある。だが、俺らの戦力はいくらでも召喚門から補給できる。まず物量の時点で俺たちの優勢は確実だ。容易く押し返せるだろうよ」


 ジルバの中心にそびえる城、ヴァルストル城の上層、王の間で、ガルアス軍中級幹部の悪魔グレン=ラインロードは玉座に足を組んで座り、部下の下級悪魔からの報告を気怠そうに流していた。


「……しかし、お言葉ですがグレン様、敵軍の将は剣聖とまで言われたあのヴァルネロ=ヴィルバッハ。いくらこちらの軍勢が巨大であるといえど、なにか万が一の備えをしておいた方がよいので……グギャア⁈」


 彼が最後まで言い終わるより先に、彼の命がグレンの一閃により終わりを迎えることとなった。瞬時に距離を詰めたグレンによる恐ろしく速い剣閃が彼の首を刎ねたのだ。部下の首は、まるで何が起こったのか理解できないといったように目を見開いたまま宙を舞い、傍に控えていた十数人もの下級悪魔たちの目の前にベシャりと落ちた。


「……万が一だと? 俺が奴に負けるとでも言いたいのかこのクズが……! おい、そこのお前! その薄汚い首をさっさと捨ててこい!」


「は、はいぃっ!」


 怒声に部下の一人が怯えながらすっ飛んでいく姿で苛立ちを多少抑えながら、グレンはドッと玉座に腰を下ろした。


「言っておくが俺はヴァルネロから奴の剣技をすべて習得している。奴の戦術も剣捌きも、俺はすべて熟知している。仮に奴がここまで攻めてきたとして、俺が負ける要素はほぼゼロ。そして、この一手で完全なるゼロになる。ジーラフ! アレ持ってこい!」


「は、ただいま」


 ジーラフという名のグレンが最も信用し優遇する部下がうやうやしく礼をして、王の間から出ていく。その後ろ姿を眺めながら独り、グレンは笑みを浮かべた。


「さぁヴァルネロ、早く俺に斬られに来い……!」


*  *  *


 同時刻、グレンのいるヴァルストル城まで一キロ強といった位置の広場まで進軍したレイト達は攻撃前の最後の作戦会議の真っ最中であった。彼らの前にはヴァルネロの召喚した軍勢が通りを埋めるように整列し、主たるヴァルネロの号令を待っている。


 その数およそ千。グレンの所有する軍の規模には軽く及ばないものの、その一人一人が、魔王ルドガーの時代より前、まだ魔族も人間も関係なく、いたるところで戦争が起きていた時代をヴァルネロとともに駆け抜けた兵達である。


 正直なところ、レイトは視界に広がる光景に圧倒されていた。生まれてこの方一度も戦というものの片鱗すら知らない彼にとっての初めての戦場。そして、あろうことか魔族同士の戦いの中にたった一人、人間の自分がいるという尋常でない緊張感。


 が、それでも、レイトはギリギリのラインで踏みとどまりながら、目の前で作戦を話し合う二人と、目の前に整列する軍勢の姿をその目に焼き付ける。それがレイトなりに今できる最大の努力だった。


 そんな彼を他所に、ヴァルネロとリシュアの作戦会議は最終段階へと入っていた。


「敵将グレンが占拠しているあの城、ヴァルストル城はかつて独裁者ともいえる領主が建造させた城だ。それゆえあの城の地下には、反逆者を幽閉し拷問するための巨大な地下室が存在する。私の勘が正しいならば、私の、この街の人々はそこに囚われているに違いない。リシュア殿とレイト殿には、私の軍勢のうちの十数人とともに彼らの救出をお願いしたい。状況が状況だ。人間であるレイト殿がいた方が彼らも少しは安心するだろうからな」


 ヴァルネロのその言葉はほんの少しだけ憂いを帯びているようだった。


「……わかった。ヴァルネロは敵将グレンを直接叩きに行くってことね。でもグレン=ラインロードって剣術の指南役でもあったあなたの一番弟子だった奴でしょ? 大丈夫なの?」


 リシュアの問いにヴァルネロはうつむいてしばし沈黙した。あたりに満ちる張り詰めた空気のせいか、永遠の如き長さに感じられるほんの十数秒を終えて、ヴァルネロはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「……私は奴にこのような虐殺行為をするために剣を教え、強く育てたわけではない。奴はそれを忘れて私の教えた剣であなたとルドガー様の、そして私の願いを斬り捨て踏み躙ったのだ。……安心なされよリシュア殿。奴がしたことのドス黒さは、はるか昔に過ぎ去った師匠と弟子の関係程度では全く薄まりはしない。私はルドガー様、そしてあなたの信念と願望に忠誠を誓う者。それを傷つける者はこの剣に誓って許しはせん」


 自分の中にわずかに残った躊躇いを消し飛ばすように、殺気と気迫の籠った声でヴァルネロはそう言い放ち、手にした剣を高らかに掲げ、叫ぶ。


「聞け! 我が臣下、百戦錬磨の戦士たちよ! これより先は生死の境界線、久方ぶりの戦場である。敵は無限にも等しい兵力を有する魔王軍、相手にとって不足無し! 剣を抜け! 槍を構えよ! 我らの力を信念を存分に敵に刻み込め! 全軍、進撃を開始せよ!!!!!!!!!!」


「ウオォォォォォォォオオオオオォォォォォォォオオオォォォォオオオッ!!!!!」


 ヴァルネロの大号令に、先刻の数倍はあろうかという咆哮が、周囲の空気をビリビリと震わせる。


 抜剣の音が鳴り響き、ヴァルネロを先頭に彼の軍勢が一気にヴァルストル城目指し地響きを立てて進軍を開始する。


「ほら! ぼさっとしない!!! 私たちも行くわよ、レイト」


「あ、あぁ。行こう」


 リシュアの言動に不思議な安心感を感じながら、レイトはヴァルネロ達を追って駆け出した。


*  *  *


 ヴァルネロ軍の進撃は、グレン=ラインロードの想定をはるかに超え、無限に湧き出る魔族兵を切り倒しながら、確実にヴァルストル城へとその切っ先を進めていた。城の周囲を十重二十重に取り囲むように布陣するグレン軍に対し、ヴァルネロ軍はまるで一本の巨大な槍のような陣形で、ヴァルストル城の正面の一点突破を狙う形である。


 実際に戦闘を行えるグレン軍は城の正面に布陣し、槍と対峙するごく一部の兵のみであり、それ以外に布陣した者はもはや兵としての機能がほぼ死んでいるも同然だった。


 「申し上げます! 敵軍はわが軍の布陣を突き破りながら、城の前方五十メートル付近まで迫っております! こちら側の死者多数! 敵軍の被害はほぼ確認できません。未だ勢いを保ったままです!」


「なにぃ⁈」


 想定よりもはるかに速いヴァルネロ軍の侵攻速度とその屈強さにグレンは顔を歪ませる。


 遅かれ早かれヴァルネロ軍がこちらの布陣を突破し、城に攻め込んでくることはグレンも予想はしていた。してはいたが、目の前に迫るヴァルネロの軍勢の勢いと速さはその予想を遥かに上回っていた。


「クソッ! 魔法兵達に伝達しろ。城の前方を殲滅攻撃魔法で一掃しろとな」


「ですがグレン様、それでは味方が…………!ヒィ⁈」


 グレンの攻撃命令に口を挟んだ一人の部下の首筋に恐ろしい速さで刃が当てられる。


「所詮奴らは使い捨てのコマ、いくらでも補充は効く。それとも何か? お前が先にあの世で奴らの先導役になってみるか?」


「も、申し訳ございませんっ! 直ぐに魔法兵に攻撃の手配を!」


 逃げるように飛び出していく部下の背中を眺めながら、グレンは王座の横に立てられた黒い無骨な棺に手を触れて焦る気持ちを静め、ニタリと笑う。


「……そうだ、何を焦っているんだ俺は。奴らが攻めてきたところで、俺にはこれがある。これがあればヴァルネロは俺には手出しできないはずだ。その前にあの殲滅魔法で消えるかもしれねぇがな……」








 

 







 


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