魔王の本気(後編)
「ひ、怯むな! 撃ち落とせっ!!」
魔法使いの中の一人が叫びながら、上空より自分達を見下ろすリシュアへ大気中のマナを数十の炎の槍へと変化させ、射出した。彼の動きに続き、生き残った残りの七人も次々に槍状に変化させたオリジン・アーツを放つ。
合計数百の槍がリシュアへと宙を斬り裂き走る。だが、リシュアは一切の回避行動をとらなかった。その場から移動することなく、ただ無造作に右腕でなにかを掃う動作をしただけ。今の彼女にとってはそれだけで十分だった。
直後、リシュアの身体を覆う影が膨れ上がり形状を著しく変化させた。現れたのは千本近い無数の黒い腕。その一本一本が飛んでくるオリジン・アーツの槍を掴み、粉砕し、吸収していく。
「クソっ……この化け物が!!! もっとだ! もっと強力な一撃を食らわせろ!!」
魔法使い達は、オリジン・アーツに加え従来の魔法をも織り交ぜ始めた。暗黒魔法、光魔法、浄化魔法、無属性魔法。およそ彼らに扱えるありとあらゆる攻撃魔法がリシュアへと放たれる。が、そのどれ一つとして、彼女に届くことは無く、全て彼女を覆う影の腕によって阻まれ、霧散する。
そして。
「そろそろ私からも攻撃させてもらうわね」
霧散した魔力の残滓が煌めくその向こう側で、リシュアの額の眼が大きく見開かれ、同時に影から伸びていた腕が集まり、捻じれて螺旋槍の如く鋭利な先端を有した八本の触手を作り出した。それらはウネウネと蠢き、この場に立っている八人の魔法使いそれぞれに狙いを定めてピタリと静止する。
「クソッ……全員、一旦ここから退避しろ!!」
魔法使いの一人が指示を飛ばし、足元に異空間へのゲートを開こうとした。現実世界から隔絶された異空間であれば、どれほどの高威力であろうと、どれほどの攻撃範囲であろうと、上空に浮かぶあの化け物の攻撃は届かない。魔法使いはそう考え、即座に実行する。
彼らの足元の地面に亀裂が入り、異空間へと繋がる穴が生まれる。そして、そのまま重力に身を任せ、穴の向こうに広がる異空間へと落下する。
確かに魔法使い達の判断は正しい。リシュアの纏った影の槍は対象をどこまでも追いかけ、正確に狙い定めた場所を貫く一撃必中。それを躱すには異空間にでも逃げるしかない。
しかし、それはあくまでそれは、異空間へ逃げ込むことができればの話だ。
「な……身体が…………!?」
魔法使い達は折角生み出した穴に逃げ込むことができなかった。逆に、何かに引っ張られるように、その足は地面から離れ、ゆっくりと浮き上がっていく。そして八人はリシュアの目の前に並ぶように空中高くへと運ばれ、その胸の中心に影の触手の先端を押し付けられた。
「ま……まさか重力魔法まで……!」
「ええ。重力魔法の一つや二つ、使えて当然でしょう? あなた達が相手をしているのは、そこらの下級魔族でも偽物の魔王でもない。正真正銘の王の血を引く魔族よ? それをまぁ最初っから油断してかかって来るなんて、うちの魔法使いの方がよほど優秀ね」
「く……クソっ……アルヴィースさんが言っていた強さと全然違うじゃないか……!!」
宙に持ち上げられ、深紅に光る巨大な眼に睨まれて初めて彼らは自分達の油断を心底後悔した。アルヴィースの言葉を鵜呑みにし、十人なら圧勝だろうと、せいぜい戦場から落ち延びた将軍を殺す程度の軽い気持ちで彼女に挑んだことを。
油断などせず、対策をしていたとしても勝敗の結果は変わる気はしないが、それでも事前に逃亡策を用意していれば、全滅は免れたかもしれない。しかし、それももう後の祭り。身動きの取れない空中で触手の槍を突き付けられた今、彼らにできる事はただ訪れる死の瞬間を待つのみだった。
今までずっと狩る側だと思い込んでいた彼らは今まさに初めて狩られる側の恐怖を味わっている。
「た……助けてくれ…………。もうお前とは戦わないから……っ!!」
一人が涙目で言った。リシュアは声の主の顔を額の瞳で見つめ、嘲笑する。
「あらあらあら? 残虐無比で高名なブラックロータスの魔法使いもこうしてみじめに命乞いをするえ。ハハッ……アハハハハハハハハハハ………………死ね」
ドシュッ。音を立てて触手が魔法使いの胸を貫いた。
「ア…………なんで…………」
力尽きた魔法使いの肉体はリシュアの重力魔法から離れ、本来の重力に従って地面へと叩きつけられた。その身体は首があり得ない方向に捻じれ、内臓が破裂したのか、口と鼻から鮮血を垂れ流し、真っ赤な水たまりを作っていく。
「ちくしょう……! これでも食らい……ぐぁっ」
仲間の無残な死に様に、残った七人の内の一人が至近距離から魔弾を放とうと右手をリシュアに向けたが、リシュアはそれには見向きもせずただ一振り、新たに生み出した影の触手の薙ぎ払いで魔法使いの両腕を斬り飛ばし、そのまま胸に押し当てていた槍を押し込んで心臓を破壊した。
「なんて残酷な……!!」
「残酷? ふざけるのもいい加減にしたらどう? あんたらがあの子にしてきたこと、忘れたとは言わせないわよ。彼女の心に刻まれた傷の分、まずはあんた達の命で払ってもらうわよ」
「く…………そのことは……本当にすまないと…………「懺悔はあの世でしなさい」」
怒りに満ちた低い声でリシュアが死を告げた次の瞬間。命乞いも、懺悔も意味は無く、生き残った七人の胸は七本の影の触手によって貫かれた。