原初の魔法と妖の秘術
「さて、それじゃあ僕もそろそろ殺させてもらうけど、いいよね?」
リシュアが飛び去り、彼女を追った十人の魔法使い達が転移し、残ったレミィとロンディルシア、タツミとアルヴィースが睨み合う中、真っ先に口を開いたロンディルシアが、左手の眼から無数の巨大な風の刃を生み出し、レミィ目掛けて投げつけた。
刃はレミィへ向けて一直線に飛来しながら、周囲の空気を巻き込み、巨大な螺旋の渦となって襲い掛かる。
原初の神嵐旋。ロンディルシアが使うことのできる風のオリジン・アーツを、逃げることなくその視界の中心に捉えたまま、レミィは妖術のイメージを脳裏に巡らせる。
一族の中にいた時から、攻撃的な魔法はあまり好きではなかった。ただ命令に従って何かを傷つける。その行為がレミィには納得できなかった。だからこそ、彼女の得意分野は防御系が中心で、だからこそ、傭兵たるブラックロータスの皆からはオリジン・アーツが使えないばかりか、ろくに人殺しも出来ない出来損ないとして虐げられてきた。
だが、それも今はもう昔の話だと、レミィは描いたイメージに、思いを重ねていく。
今は自分を受け入れてくれる皆がいる。だからこそ、皆を守れるだけの強さを。決して負けることのない、絶対の守護を……!
原初の神嵐旋の生み出した刃がレミィの身体に触れるよりも数瞬先に、彼女の身体から、増幅したイメージが実体を伴って溢れ出す。
「全てを護りし誓いの花園」
直後、数多の風の刃がレミィへと殺到し、家を、草を、木を。全てを凪倒す巨大な竜巻となって彼女の姿を包み込んだ。
「レミィさん!!」
タツミが大声で呼ぶが、返事は無く、ゴォと激しく風の吹き荒れる音だけが、その場を満たしている。
「余所見をしていていいのか? 桜花の将よ」
そんなタツミへ、アルヴィースは両手に生み出した無数の魔弾を投擲しながら言う。
「ご忠告どうも! だけど、流石にこれくらいの事でやられていては、桜花の名折れなんでね!」
振り向きざまに両手に生み出した光剣の一振りで魔弾を消し飛ばして、タツミはアルヴィースへ向けて地を蹴った。そのまま距離を詰めて光剣の縦一閃を、今度はアルヴィース本体へ向けて繰り出すが、アルヴィースはそれを紙一重で躱し、空中で宙返りをするほどの身軽さで大きく後方へと跳んで着地した。
「レミィの安否が気になるか? 桜花の将よ」
次の魔弾を両手に生み出しつつ、アルヴィースは意味ありげな笑みを浮かべる。
「ああ、君達が襲ってきたせいで中断する羽目になってしまったが、僕は彼女達の妖術の先生役を任されていたんだからね。生徒の安否を気にしないわけがない……さっ!」
撃ちだされた魔弾を跳躍で躱し、タツミはアルヴィースとの距離を詰めながら続ける。
「だが、さっきの一瞬で安心したよ。彼女は生きている。というかあんな破壊力だけの雑な一撃で突破されるような術を僕は教えていないからね……!」
「ほぉ。それは心強いな。聞いたかロンディルシア! お前の原初の神嵐旋は雑だとさ」
またもや光剣の横一閃を紙一重で躱し、さらに後方へと跳んで、アルヴィースは挑発するような口振りでロンディルシアへ向けて言った。
「へぇ……。だったらもっと破壊力を重ねてやるだけさ!!」
アルヴィースの言葉に苛立ったらしいロンディルシアは、そのイライラとレミィを一方的に攻撃できるということへの興奮に口元を歪に釣り上げて、未だ消えることのない竜巻へ両手を向けた。
「ここでどれだけ修行をしたかは知らないけど、尽きることのないオリジン・アーツの前には無力ってことをいい加減理解してほしいな!!! 原初の神嵐旋!!!」
叫びながら、ロンディルシアは風の刃を次々に生み出し、竜巻の中にいるであろうレミィに向けて撃ち続ける。竜巻は風の刃を吸収し、さらに大きく、さらに激しくその規模を急激に増していく。
家だった物がへし折れ、砕け、宙を踊る光景に、ロンディルシアは確信する。自分は勝ったと。あの出来損ないは今度こそ死んだはずだと。
「アルヴィース! こっちは終わったようだよ。加勢しようか?」
タツミの繰り出す斬撃を回避し続けるアルヴィースにそんな軽口を叩きながら、ロンディルシアは両手を竜巻の方へ向ける。アレだけの風の刃である。もうとっくに彼女の肉体はバラバラに千切れているかもしれないが、それでもその死体の一部を、特に彼女の掌にある飾り同然の眼球は回収して持ち帰りたいと、狂気としか言い表せない希望にワクワクしながら、ロンディルシアは竜巻を打ち消すべく、両手を打ち鳴らした。
竜巻は今までの激しさが嘘のように、急激にその勢いを弱め、小さくなっていく。
「え……?」
だが、風が収まり視界が晴れてゆくにつれて、ロンディルシアの願望はあっけなく崩れ去っていった。
「なんで……なんで出来損ないのくせに生きてるんだ!!」
幼い子供のように地面を踏み鳴らし、ロンディルシアは叫ぶ。
竜巻が完全に消えた時、そこにあったのは死体ではなかった。オリジン・アーツの猛攻をものともせず、悠然とそこに咲き誇る巨大な蓮華の結界。その内側ですらりと背筋を伸ばして立つレミィがそんなロンディルシアの姿をまっすぐに睨みつけていた。