黒蓮華は四将に咲く(後編)
「後ろだ!!!」
門をくぐるや否や、タツミが叫び、振り向きざまに障壁を展開する。その僅か数秒後、突如飛来した灼熱の火球が障壁とぶつかり、爆音と熱風を撒き散らして爆ぜた。
「あっれぇ。おかしいなぁ。今のは結構全力だったのに」
「あ、あんた達は……!」
タツミの張った障壁の向こう側にいたのは十二人の全身黒尽くめの集団。フードの下から覗く頬には黒蓮華のタトゥーがあった。レミィが予想した通り、ブラックロータスの面々が目の前にいた。
そして、集団の一番手前に立つ二人が、リシュアには見覚えがあった。否、忘れるはずはない。たかが魔法の一つを使えないというくだらない理由だけでレミィを殺しかけた三人の中の二人、ロンディルシアとアルヴィースの顔は。
「あれ。やっぱり死んでなかったんだね。出来損ないのレミィ。それに元魔王さんも」
「ええ。その節はどうも」
「やだなぁ、そんなに殺気を剥き出しにしちゃって。まぁ、今から殺し合いをするんだけどさ。あの時殺しそびれたおかげで、お偉いさんからすっごい怒られたんだ。だから、今度はきっちりレミィの死体を持ち帰ってあげるよ」
グリーズベルで遭遇した時と変わらない、狂気染みた笑顔でへらへらしながら、ロンディルシアはレミィを指差して言った。
「念のためだけどレミィ、あんな奴の言ってること、気にしちゃだめよ。貴方には私達がいるんだから」
リシュアの言葉に、それまで俯いていたレミィは顔を上げ、無言のままニッコリと笑って見せた。そして、ロンディルシアの方をまっすぐに見つめて、静かに言葉を紡ぐ。
「ええ。ありがとうございます、リシュアさん。私はもう大丈夫です。リシュアさんにレイトさんに、ライナさん。そしてタツミさん。皆さんのおかげで私は行て、ここに立っている。それに比べれば、あんな過去のことなどちっぽけなものです。だから、ロンディルシアの相手は私がします」
今のレミィには、一族から逃れ、自分の力の無さに嘆いていた頃の弱さはない。一人の魔法使いとして。一族の名前に縛られることのない一人の人間として、ロンディルシア達に真っ向から立ち向かう、その勇気と覚悟を全身に秘めている。
その強さが、ロンディルシアは気に入らないようだった。チィッと舌打ちをし、掌に埋め込まれたあの眼をレミィに見せつけるように構えて叫ぶ。
「へっ。言うようになっちゃって! オリジン・アーツも使えない出来損ないに何ができるのさ。アルヴィース、それと皆。あの出来損ないの望み通り、あいつの相手は僕がする。いや、僕一人で十分だ。皆は他の二人を潰せっ!!」
「「「「は!!!」」」」
ロンディルシアの指示で、後ろにいた十人のブラックロータスの魔法使い達がその手を一斉にリシュアとタツミの方へ向けて構える。だが、それをアルヴィースは手で制して新たに指示を飛ばす。
「待て。お前達ではあそこの桜花の鬼を相手にするのは厳しかろう。奴の相手は俺が任されよう。お前達はそこの元魔王様を殺せ」
「「「「は!!!」」」」
「じ、十人がかりとは、私の実力もなかなか有名になったものじゃない……!!」
十人の魔法使いから一斉に殺気立った視線を浴びせられ、リシュアは正直なところその場から逃げ出したい思いで一杯だったが、隣で揺るぎない勇気と覚悟を纏うレミィの存在に、手足の震えを無理やり抑えて立つ。
そうよ……! 私はあの最強の魔王の娘なのよ。しっかりしなさいリシュア=ヴァーミリオン! こんな日の為に、自分一人置き去りにされない為に、こうしてこの地で特訓してきたんじゃないの。ここは自分を信じていくしかないわ!!!
「いいわ。十人がかりでも二十人がかりでも、相手してやるわよ!」
挑発気味な台詞と共に、リシュアは翼を大きく羽ばたかせ、宙高くへと飛び上がった。そのまま城とは逆方向へ身体を向けて、飛翔する。
「へぇ。威勢のいいことを言ったわりにはすぐ逃げるんだね。まぁいいや。皆。あの弱虫魔王を逃がさないでよ!!!」
「「「「応!!!」」」」
唐突に戦場からの飛び去ったリシュアの姿に勢いづいた魔法使い達は、再び放たれたロンディルシアの指示に頷くと同時に、転移魔法を発動させ、その場から消えた。
…………いいわ。そのまま追ってきなさい。レミィやタツミの目につかない場所まで…………!
風を切って飛びながら、魔法使い達の転移魔法の発動を感知したリシュアは心の内でそう叫ぶ。
目指すは平原の向こうに広がる深い森。幼いころ、リュウカと二人で迷い込み、後で父ルドガーからひどく心配され、ひどく叱られた、ある意味で思い出の場所。あの深い森の中でなら、だれにも見られることは無い。
十対一という不利な状況を覆す唯一の方法を頭に描き、リシュアは速度を上げた。