黒蓮華は四将に咲く(前編)
時を遡ること少々。レイトとリュウカが戦場に辿り着いたのとほぼ同時刻。魔王軍による襲撃の知らせは妖術修行中のリシュア達の下にももたらされていた。
「それで、敵の規模と被害状況は?」
「は。敵は西の港町、鈴嵐にアイゼンから強奪したと思われる船で侵入し、そこから各方面に死霊兵を召喚している模様です。鈴嵐へはリュウカ様が、それ以外の町にも精鋭部隊を編成して迎撃に向かわせていますが、城下町の東の平野に恐ろしく強い魔法使いの集団が現れたとの報告も上がっています。そちらに関しては、迎撃に向かった青龍隊の数十名が為す術無く全滅し、現在は野放しの状態だと……」
「そうか。ではその魔法使いの集団へは僕が向かおう。魔法の専門家が相手では、刀と槍がメインの青龍隊では歯が立たないのは当然だ。とりあえず君は城下町で町人の避難を急いでくれ、それと、懲りずに霊谷に向かった父上とライナさんを探して、襲撃の件を伝えてくれ。父上がいればとりあえず城下町と城は守れるはずだ」
「御意」
報告とタツミからの指示を受けた鬼の兵が頷くと同時に消えた。それを見届けてから、タツミはリシュアとレミィの方に申し訳なさそうな顔で振り向いた。
「すまない。二人とも。修行はいったん中断だ。僕はこれから件の魔法使いの集団の迎撃に向かうけど、二人は城へ避難していてほしい」
客人を戦に巻き込むわけにはいかない。タツミの思考は至極当然だった。だが、
「いえ、私も連れて行ってください」
タツミの言葉に、レミィとリシュアは同時に首を横に振った。
「ええ私も。魔王軍が攻めて来たってのなら、私が逃げるわけにはいかないわ」
「いや、でも。魔王軍がリシュアさんの命を狙って桜花に攻め入ったっていう可能性も考えられるんだ。わざわざ敵のいる戦場に連れて行くわけにはいかない。それに、レミィさんにしても、まだ感情の制御の不安定な妖術で戦うのは危険だ」
タツミの必死の説得にも、二人は決して首を縦に振ろうとはしなかった。
「魔王軍は、私達がアイゼンを訪れるより先に、あの街を襲撃して船を狙ってた。奴らの目的は私の命ではないはずよ」
「だからと言って……!!」
「お願いします。きっと、その魔法使いの集団っていうのはブラックロータスの人達です。今までの過去と決別するためにも、私はもう一度彼らと戦わなきゃならないんです……!」
涙をにじませる程の激しい感情を、レミィはタツミにぶつけた。一度は自分を死の淵にまで追いやったオリジン・アーツが怖くないといえば嘘になる。だが、真に新しい自分として歩みを進めるためには、彼らと戦い、完全なる決別をしなければならない。その為に妖術を学び、強くなろうとここまで来たのだから。
「…………分かった。だけど、決して無茶はしないこと。危なくなったらこの札を使って戦場を離脱することだけは約束してくれ」
レミィと、そしてリシュアの覚悟に圧され、タツミは懐から碧色の紋様が描かれた二枚の札を取り出して、二人に渡した。
「それは僕が開発した転移札だ。そこに魔力を流し込んで、目的地を強くイメージするだけで、その場所に転移できる」
「ええ、わかった」「はい。わかりました」
「よし。それじゃあ行こう。敵の現在地は不明である以上、転移門の目の前で鉢合わせする可能性も十分にある。どこから攻撃が来てもいいように構えておいてくれ」
そう二人に告げて、タツミは両手を顔の前で組み、一気に振り下ろした。彼の動きに合わせて目の前の空間に一本、碧い光の線が走り、左右の空間を押し開く。
こじ開けられた空間の向こうに広がるのは小さな集落のようで、いくつかの家屋と物見櫓があるらしかった。そして、その向こうにはやたらと複雑な構造をした桜花の城がうっすらと霞んで見えている。
「さぁ。此処から先はもう戦場だ」
両手に探知系の妖術を発現させたタツミに続き、二人は門の向こうに広がる戦場へと一歩を踏み出した。