一つの終結。そして休息
「では、私は祠の方に戻らせて頂きますね。リュウカ、あとは任せましたよ」
死霊兵の姿が完全に風に消えるのを見届けて、スミナギはフフっと今度はしっかり温かな微笑みを浮かべて言うと、リュウカの反応を待たずに、空中に生み出した渦の中に姿を消した。
後に残されたのはレイトとリュウカ。そして遠くの方で地面に座り込む、桜花の兵士達。それ以外に動く者は無い。
「リシュア達の方は大丈夫かな…………」
澄み切った空を眺めながら、レイトは独り言のように呟いた。
「あっちは大丈夫だろ。何しろタツミが付いているんだ。それにリシュアの魔力もしっかり感知できてるよ」
へへへと笑って、リュウカは地面の上に仰向けに倒れ込んだ。その拍子に彼女の胸を覆っていた鎧が砕け散り、その下からリシュアのそれとは比べ物にならないくらいに主張の激しい乳房が露になった。
「ちょ、リュウカ。胸! 胸が!」
普段のレイトなら即座に両手で目を覆うところだが、今回ばかりはそんなことをしている場合ではなかった。
「は? おい!? そんなまじまじ見るなよレイト。ぶん殴……うわ……やっば……」
リュウカ自身も慌てて両手で胸を隠そうとするが、ピチャ、という音でその手を途中で止めた。
鎧が外れたことで傷口が開いたのか、二つの丘の丁度真ん中から鮮やかな赤色が泉よろしく湧き出していたのだ。
レイトは急いで自分の服の袖を破って、なるべくリュウカの胸を見ないようにして傷口があるだろう部分にあてがい、押さえる。だが、泉の勢いはますます激しくなるばかりで、押さえた衣服の繊維の間からジュブジュブと滲み出してくる。
「やめとけよ、レイト。もろに心臓をぶっ刺されてんだ。そんなことで止まるかよ」
「いや、でも確かさっき「心臓貫かれたぐらいじゃ死なねぇ」みたいなこと言ってたよな!?」
「バカ。あんなもん啖呵をきっただけに決まってんだろ。そりゃあ身体が頑丈ってのは嘘じゃないが。普通心臓を貫かれたら死ぬだろ。さっきは変化の時に体温で傷を無理やり溶接して塞いでたんだが、それが剥がれたらしい」
へらへら笑いながら他人事のようにリュウカが言った。とても胸からどくどくと血を溢れさせている奴の言う台詞ではない。
「いや、でもどうするんだよ……このままじゃあ死ぬじゃないか…………」
自分に治癒魔法が使えたらと。今日ほどそのことを悔やんだことは無い。どうすることも出来ず、リュウカが息を引き取るところを見届けるしかないのか。本日二回目のそんな絶望。
だが、一人でネガティブな思考を巡らせるレイトの隣で、リュウカは何事もなかったかのように両手を傷口に翳し、治癒魔法を使い始めた。僅か十秒足らずで傷口は塞がったらしく、出血は嘘のようにピタリと止まっていた。
「は?」
これには思わず苛立ちの乗った声が出た。そういえばリュウカがリシュア並みの治癒魔法を使えることを完全に忘れていた。
「治癒魔法が使えるんなら変にもったいぶらずに早く使ってくれよ…………」
「ははっ。わるいわるい。だが、今のは単なる応急処置だよ。一本ならまだしも、何本もぶっ刺されたせいで骨も筋肉も、ついでに他の内臓もやられちまってるからな。こうなったら他の誰かにしっかりと治療してもらわねぇとどうしようもねぇ。というワケで、城に戻ってリシュアに治してもらうとしよう。ほら、背中貸してくれ、レイト」
「えぇ……。ここに来た時みたいにテレポートできないのかよ……」
「あんな激しい移動方法なんて使ったら、また一気に傷口が開いて今度こそ母上の体内行きだぞバカ。それに、さっきので血を失いすぎてろくに動けねぇんだ。ほら動け、さっさと動け。道案内はしてやるから」
動けないという割には軽やかな跳躍でレイトの背中に乗ったリュウカがバシバシと頭を叩いて急かす。
ああ……テレポートの修行を積んでおくんだった。
確か転移魔法の適正はあったよな、と。そんなことを考えながらレイトは仕方なく城へと向けて重たい一歩を踏み出した。