紅蓮の大太刀
「桜花流抜刀術・神炎…………紅疾風ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!」
瞬時に障壁へと肉薄したリュウカが、戦場の空に声を轟かせ、渾身の一撃を抜き放つ。深紅に輝く、刃だけの大太刀。鍔もなく、柄もなく。ただ敵を斬るという概念だけを体現したような大太刀が、音を越え、光の領域に近い速度の斬撃が、ベルエルの張った障壁へと吸い込まれ、
キィィィィィィン!!!
そんな、美しいとさえ感じる音を奏でながら、百は優に超える枚数の障壁を、ベルエル曰く最強最硬の最後の一枚を含めた全てを消し飛ばした。
ズガァァァァァァッ!!!
リュウカの斬撃は、障壁を打ち破るだけでは収まらず、その奥の船体を真っ二つに切断し、さらにその向こうに広がる海を長く深く割り裂いた。
船の切り口は斬撃が通った瞬間に発火し、生まれた紅蓮の炎が甲板を走り、マストを昇り、一瞬の内に船を包み込み、喰らい始める。
「チッ……こうなれば潔く下がるしかないか…………!」
炎上し、沈みゆく船から飛び降りながら、ベルエルは落下する途中にセシリアが作り出したものと同じ、時空の裂け目を生み出した。後は裂け目に飛び込めば撤退は完了する。だが、その逃亡をリュウカが許すはずもない。
「桜花の民の魂まで弄んでおいて、無傷で帰れると思ってんのか?」
裂け目に逃げ込もうとするベルエルの姿を目で追い、リュウカは感情を押し殺した声で告げ、再び抜刀の構えをとる。
「はっ! いくら化け物染みたお前でも、その距離から私を止められるものか!」
既に片足を裂け目の中に沈ませて、ベルエルが叫ぶ。彼の言う通り、リュウカとベルエルの距離は直線にして二十メートル以上。おまけに彼は空中にいる。リュウカの速度で跳躍したとしても、ベルエルの脱出には間に合わない。
しかし、リュウカはそんなベルエルの最後の勝利宣言に何の反応も示さず、ただおもむろに右脚を勢いよく踏み込み、その場で大太刀を抜刀した。
「桜花流抜刀術・神炎・紅扇……!」
抜刀の瞬間、大太刀の刀身から炎が溢れた。
炎は瞬く間に大太刀を包み込み、長く巨大な新たな刃を作り出す。その長さはおよそ三十メートル。余裕でベルエルに届く。
刹那、灼熱の炎の刃が大きな弧を描き、時空裂け目ごと、ベルエルの右腕を肩口からバッサリと斬り飛ばした。
「貴様ぁぁっ……!」
片腕と逃亡の為の出口を同時に失ったベルエルは、怨嗟の声を上げながら地面へと落下し、転がった。傷口は炎の刃に斬られたせいでドロドロに溶け、刀身から迸る熱波によって全身の皮膚が火傷を負って爛れている。
「ふぅ。これで少しは気分が晴れるってもんだ。なぁ、魔王軍の参謀さんよ」
腕を失くし、全身を焼かれ、起き上がることで精一杯のベルエルへ向けて、リュウカはこれまでの彼から受けた舐めた態度への仕返しといわんばかりの挑発的な口調で語りかけながらゆっくりと近づいていく。全身から放たれる深紅の輝きは消え、髪から舞っていた火の粉も今はもう見えない。
彼女がベルエルの目の前にまで近づいた時には、全身を覆う溶岩のような鎧以外はすっかり元のリュウカの姿へと戻っていた。
「ふ、またそんな大口を叩いていいのか? こう見えて私は不死身でね。いくら切り刻まれようと、死にはしない」
片腕でどうにか身体を起こしたベルエルが再び余裕の表情を浮かべて言う。不死身というのは嘘ではないらしく、全身の火傷は徐々に治癒し、溶けた肩口からは、新たな腕と成るべく、表面の細胞がウネウネと蠢いて増殖と伸長を開始している。
「あぁ、らしいな。確かに私じゃお前を完全に殺すことは無理そうだ」
だけどな。と、熱を失った大太刀を無造作にベルエルの首筋を掠めるようにして地面に突き刺しながら続ける。
「お前がこの桜花で眠ってる魂を勝手に奪って利用した時点で、たとえ私があのまま死んでいたとしても、お前の結果的な負けは決まってたんだ。お前はこの桜花で絶対に起こらせてはいけない人を、絶対にやってはいけないことをして怒らせちまったんだからな」
そう言い放ち、リュウカはおもむろに天を仰ぎ見た。