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紅蓮の鬼

 「クク……やはり自国の民は斬れんよなぁ。ましてやそれが子供であれば、戦意が揺らぐのが心あるものの性というもの。結局、殺すだのなんだのと、アレだけ大口を叩いておきながらこのザマとは、まったく情けないにも程があろう。なぁ? 桜花の将よ!」


 ベルエルはマストの梁から甲板の縁に軽やかに飛び降りて、崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだリュウカに向けて自分が勝者だと言わんばかりに侮蔑の視線を送る。


「かはっ……て……めぇ…………桜……花に眠る魂まで……使いやが……ったな……オェ……」


 血の海に沈み、口から大量の血を吐きながら、それでも殺意を宿した目で、リュウカはベルエルを睨みつける。


「ああ、御名答。折角大量の死者の魂がそこかしこを飛び回っているのだから、これを利用しない手はないだろう? さぁ、お前も早く楽になるといい。お前の魂も、私が手駒として有効に使ってやるさ。それとも、命乞いの一つでもしてみるか?」


「はっ……ぬかせ……私の…………戦い……の、終わり……は……まだ……だ」


「そうか。ならばその中途半端な殺意と共に死ね」


 ベルエルが指を鳴らす。それを合図に、リュウカの周囲の巨人達が止めとばかりに一斉に飛び掛かかる。


 巨大な脚と拳が幾度となくリュウカの身体へ叩きつけられ、そのたびに砂煙に混じって飛び散った鮮血が地面に無数の花を咲かせる。


「やめろォォォォっ!!!」


 一方的にいたぶられ続けるリュウカの姿を、レイトは()()()()()()ただ叫び声をあげて見ていることしかできなかった。


(レイト君。あと一分だ。あと一分すれば完全な状態の幻影外套(ファントム)が使える。それまでは回復に専念するんだ)


 焦るレイトを脳内で影が諭す。


(だけどリュウカを助けないと……!)


 まだ完全に回復しきっていないのは自分が一番分かっている。しかし、今目の前で起きている惨劇を目の当たりにしながら焦らないというのは無理な話だ。


(気持ちは分かる。だが、今の君はまだ剣を振るえる状態ではないだろ?)


(クソッ…………)


 影の言う通りだった。現状、レイトの疲労はかなり回復し、おそらく走る分には問題ない。だが、肝心の武器を握る手の握力はまだ半分程度しか戻っていないのだ。


(まぁ、焦らなくていい。あの参謀は勝ちを確信しているようだが、あのカムイの娘はそう簡単に死にはしないさ。現に、彼女の張った障壁はまだ君と私をしっかり守っているじゃないか)


 影の言葉で、思い出す。リュウカは「私が死んだら障壁は解除される」と、そう言ったのだ。だが、影の言う通り障壁は健在で、全く消えそうな気配は無い。


 アレだけの攻撃を受け続けてなお彼女が死なずにいるという事実は、現在進行形で噴き出し続ける血飛沫を前にはにわかに信じがたい事だった。だが、障壁が発動し続けているということは、つまりそういうことだ。


 それから一分以上にわたり、巨人達の攻撃はリュウカに降り注ぎ続け、飛び散った彼女の血で巨人の身体や地面が全て赤黒く塗りつぶされたところでようやく止まった。あまりにも残酷で、見るに堪えない攻撃。だが、レイトを守る障壁は未だ健在だった。


 束の間の静寂の中を海風が吹き抜け、砂煙が晴れていく。晴れた視界の向こうに見えたのは、リュウカの身体に腕や足を叩きつけた状態で静止した十体近い巨人達。重なった腕と脚の隙間から、今なお鮮血が流れ出している。


 …………あの状態で……本当にリュウカは生きているのか……?


 障壁は健在。しかし、レイトにはやはりどうしても信じられなかった。


 もし、彼女の言葉が嘘だったら。そんな最悪の結末が脳裏をよぎる。この障壁が、彼女の死で解除されないとすれば。あの巨人の下で、リュウカはとっくに息絶えていることになる。


 …………行かないと……。


 レイトは立ち上がる。丁度、疲労の回復は済み、もう一度ファントムを使用する準備は整っている。


 リュウカの張った障壁を破り、彼女の亡骸に群がる巨人を全員殺し、船に張られた障壁を打ち砕き、ベルエルを倒す。一連の流れを覚悟と共に脳内に強く焼き付けて、剣を構える。


「もう一度、行くぞ。ファント…………」


 だが、ファントムが発動することは無かった。発動させる直前に、巨人の身体に異変が起きたのだ。


「……な、に……!?」


 それまで余裕の表情を見せていたベルエルの顔が、一気に歪んだ。


 何しろ、今目の前で起きている異変。巨人達の身体がリュウカに触れている部分からドロドロと融解していくという現象は微塵も予測はしていなかったのだから。


 「言った……よなぁ。私の戦いはまだだって……さぁ……」


 溶岩のように溶け落ちる巨人の中心で、同じく全身を深紅に発光させて、リュウカがゆっくりと立ち上がる。


 胸を貫いていた剣と槍は、彼女の身体に宿った超高温によって一瞬で溶け落ち、彼女の手の中へと集まり、一本の刃へとその姿を変え、液状となって降り注ぐ巨人の肉片は、その一つ一つが胸に、腕に、脚に、彼女の身体を覆う鎧へと変化する。


 印象的だった彼女の紅蓮の長髪は、髪の一本一本がその内部から深紅の輝きと共に火の粉を散らして燃え、額から伸びる二本の角は、普段よりも長く、禍々しく螺旋状に捻じれて伸びている。


「なぜ……なぜ生きている……!?」


 甲板の上を後ずさりし、再び障壁を幾重にも展開しながら、ベルエルは怯えた様子で溢す。


「私は子供ンときから頑丈なんだ。だいたい、心臓を一発ぶち抜かれたぐらいで死ぬようなら、隊長職なんざやってねぇよ」


 やけに落ち着いた声で、リュウカはベルエルを睨みつけて言う。彼女が一言発する間にも、無数の死霊兵が召喚され、武器を振りかざして飛び掛かっていくが、どれも武器の間合いに彼女を捉えるよりも先に、ジュッと音を立てて蒸発してしまっている。


「さて、と。悪いなレイト。変に心配かけさせちまったが、この通り。私はピンピンしてる。だから、安心して、私の背中を見てろ!」


 一瞬、レイトの方を振り返って二っと笑ってから、リュウカは生み出した抜身の大太刀を腰の鞘に納める仕草をして、姿勢を低く落とす。もう、彼女を止める者はいない。


「行く……ぜぇっ!!!!!!!」


 溶けかけた地面を蹴り、深紅の火の粉と残像を残し、リュウカは一瞬にして船を守る障壁へと、稲妻となって駆けた。




 


 


 








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