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参謀の読み(後編)

 斬撃が走る。飛ぶ。舞う。


 巨人の集団の真っ正面から突っ込んだリュウカの勢いは止まらない。彼女にとっての唯一の懸念材料であった回復中のレイトが秘伝の結界で守られている今、もはや後ろを振り返る必要は無く、ただひたすらに、前へ、憎き魔王軍の参謀ベルエルが寛ぐ船へ向けて、一匹の獣の如く激しさで巨人の身体を斬り進む。


 どれだけ巨人の身体が目の前を阻もうと、どれだけ巨人の手足が振り下ろされようと、リュウカは足を止めず、むしろその度に速度を増して、鋭く正確無比太刀筋でそれを両断していく。船の前では次から次に新たな巨人が生み出されるが、いくら生み出されようとリュウカの迫る速度には到底及ばない。


「ッシャァァァァッ!!!」

 

 とびきり大きな咆哮と共に横一文字に放たれた斬撃に、船の前方を守るように立ち塞がっていた最後の巨人の両足首が吹き飛び、その巨体が崩れ去る。


 これで、障壁への道を阻む巨人は無く、リュウカの目の前にはベルエルにとっての最後の砦であろう多重の障壁が露になった。


「おやおやおや。あれほどの巨大な死霊兵達をこれだけあっさりと倒されるとは。かなり耐久にも力を入れて形成したんだがな……」


 ベルエルはまだ余裕の表情を崩さず、逆にリュウカをさらに挑発する。


「っせぇよ。あんあデカブツ、私にしてみればただの動く大木だ。刀で木を切り倒す特訓は、大昔に飽きるほどやってんだよ。今度こそその鬱陶しい障壁ぶち抜いて、お前に一太刀浴びせてやるから、覚悟しろよ……!」


 叫ぶや否や、大太刀が日を受けてギラリと煌めき、昇った。超高速の斬り上げに、障壁の一枚がキィンと金切り音を響かせて砕け散る。


「まだまだぁっ!!!」


 返す刃での振り下ろし、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟。その滑らかさたるや流水の如く、止まることなく次々に繰り出される剣技を前に、障壁は次々に音を立てて砕け散っていく。


 だが、この状況になってもなお、ベルエルは立ち上がることすらせず、まるで他人事のようにマストの上からリュウカの猛攻を眺めているだけだ。


「オオォォォッ!!」


 さらに一枚、二枚、三枚と、障壁が次々に砕け散る。そして、


 ガキィンッ!!


 今までとは明らかに異質な、鋼鉄と鋼鉄を打ち合わせたような音を響かせて、リュウカの大太刀が初めて止まった。


「フフ……。流石のお前でも、その一枚は容易には打ち砕けまい。それは私を守る障壁の最後にして最強最硬の一枚。そこの青年の化け物染みた力ならばいざ知らず、お前の様なただの鬼の攻撃で破れる代物ではない。そして、そろそろこちらも反撃に出させてもらうぞ」


 不敵に笑いながら、ベルエルは再びその腕を天に掲げた。リュウカの背後の地面に無数の魔法陣が生まれ、普通のサイズの死霊兵達が一斉に召喚されていく。


「それで反撃のつもりかよ」


 ベルエルの姿を睨みつけ、リュウカは言う。背後に現れた死霊兵達が一斉攻撃を仕掛けようとしていることは、背を向けていても分かる。


「さぁ、やってみなければ何事も分からんだろう?」


 掲げていた腕を、ベルエルが勢いよく振り下ろす。それが攻撃の合図。


「――――――――!!」


 絶叫を連れて死霊兵達がリュウカの背後から飛び掛かった。当然リュウカもそれは想定済みで、即座に右脚を引き、その勢いで身体を回転させて、襲い来る死霊兵達に真横からの斬撃を浴びせ、全員を斬り飛ばすはずだった。だが、


「な……!?」


 群れの端にいた数体の死霊兵を斬ったところでリュウカは攻撃の手を止めた。止めるしかなかった。


 黒いローブに身を包んだ死霊兵の中に混じって、着物姿の幼い子供の鬼の姿があった。それは間違いなくこの桜花の、リュウカ達が守るべき大切な存在の中の一人だった。


 動きを止めたリュウカを見て、ベルエルは口元を釣り上げ、邪悪な笑みを顔いっぱいに湛えて立ち上がる。


 瞬間。


 笑みに歪んだその目の先で、十を超える剣と槍がリュウカの胸を貫いた。


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