参謀の読み(中編)
緋色の疾風が紅蓮の残像を残して巨人達の肉体を斬り裂いていく。
「ハァァァァアアアアアッツ!!!」
怒りの感情に任せた斬撃の嵐を吹き荒らしながら、リュウカは巨人達の林の間を止まることなく縦横無尽に駆け抜ける。
「シャァッ!!!」
出鱈目な大太刀の横一閃で、彼女の身体を叩き潰そうとした巨人の腕が吹き飛んで派手な血飛沫の演出と共に砂と帰す。
「っらぁっ!!!」
返す刀の逆一閃で、真横から突進してきた巨人の両足が斬り飛ばされ、土台を失った巨体がリュウカの真上へと倒れ込む。それを下段から上段への縦一文字の斬り上げで二つに切断し、倒れた肉体を踏みつけて再び天高く跳躍すると、大きく身体を捻り、さながら独楽のように高速で横回転をしながら、その姿を捉えようと一斉に腕を伸ばした三体の巨人の首と胴と脚を次々に水平に両断して着地する。
……すげぇ…………
周りで次々と倒れ、風に散っていく巨人達の姿に、レイトの頭にはそんな語彙力の無い短い感想しか浮かばなかった。一体どこが彼女の力の限界点なのか、もはや見当もつかない。
勢いでいえば、リュウカの動きは圧倒的だった。自分よりもはるかに大きく、動きもそれなりにある巨人達相手に、ただの一瞬も恐れを抱くことなく目の前の敵を斬り裂いていく、文字通り戦闘の鬼。その気になれば巨人の足元を走り抜けて、一気に障壁を破壊することも出来るだろう。
だが、リュウカはそれをしない、否、できないのだ。疲労でろくに動けない自分がこうして巨人達の間にいるから。
今。レイトにできる事は、唇を噛みながら、肝心なところで力が切れた自分の悔しさに耐える事だけだった。後数分もすれば、普段と大差なく動けるまでには回復しそうではあるが、その数分が恐ろしく長い。
「へっ、情けない顔すんなよ、レイト!」
唐突な呼び声に顔を上げると、全身返り血まみれのリュウカが目の前で笑っている。彼女の背後では、細切れになった巨人の肉片が地面に降り注いでいた。これで、少なくともレイトの周りに生み出された巨人は全て倒されたことになる。
「ひとまず、お前を襲いそうな距離にいたデカブツは全員ぶっ倒した。どうだ? そろそろ動けそうか?」
「……あぁ、いや。ごめん、まだもう少しだけ無理そうだ…………」
本当は大丈夫だと言いたかった。しかし、どれだけ頑張ってみても、全身の倦怠感は抜けず、剣を握ろうにも寝起きのように力が入らない。
「ま、初めてアレだけの力を使ったんだ。無理に動いてまた体ン中ぶっ壊れでもしたら、それこそ元も子もねぇよ。それに、元はと言えばこれは私の国が売られた喧嘩だ。面倒ごとに巻き込んじまって、謝るのは私の方だよ」
ニッと笑って、リュウカがレイトに向けて掌を翳すと足元に深紅の魔法陣が生まれ、そこから溢れ出した光がレイトを守るようにドーム状の障壁が形成された。
「とりあえず、その結界内で力を回復させとけ。そいつは桜花の領主の血筋に代々伝わる秘伝の防御妖術だ。少なくともあの船に張られた障壁全部を合わせたくらいの耐久はあるはずだから、安心してくれ。まぁ、私が死んだら解除されるから、その時は勘弁な」
「そんな縁起でもないことを……」
「とにかくだ。こっから先は私達鬼の戦いだ。それじゃあ、行ってくる」
そう言ってリュウカはレイトに背を向け、船のある方向へと向き直った。船の周囲には一体、また一体と、新たな巨人が生み出され、リュウカを目指して地面を揺らしながら突進を開始している。
「さて、と。これでもう、気にするものは何もなくなったな」
誰に言うでもなく、一人呟いて、リュウカは大きな深呼吸を一つして、迫りくる巨人達へ向けて、静かに一歩を踏み出した。
一歩、二歩、三歩。
徐々に歩幅が広がり、踏み出す速度が上がる。
四歩、五歩、六歩。
彼女の周囲の空気が、尋常ならざるさっきと魔力にビリビリと振動を始める。歩はやがて早足に、そして駆け足へと変わり、再び緋色の風となって、巨人へと吹き抜ける。
「行くぞ、魔王軍の参謀とやら。お前が土足で踏み込んだのは私の、桜花の将たるこのリュウカの戦場だ。覚悟はいいな。いざ、紅蓮の鬼が推して参る!!!」
名乗りも高らかに、リュウカはたった一本の大太刀を手に一人、押し寄せる巨人の波へと斬り込んでいった。
彼女の怒りに満ちたその声に、ベルエルは涼しい顔のまま耳を傾けている。