漆黒の覚醒
ギャィン!!!
ギムレーが放った二爪の鉤爪の斬撃がスミゾメと交錯し、火花を散らす。
速い……!!
、ギムレーの攻撃は恐ろしく速く、そして重いものだった。強化状態のレイトだからこそ、彼の動きをその目で捉えることが出来てはいるが、これが強化無しの状態での対峙ならどうなっていたか、考えるだけでも嫌な汗が噴き出る。
流石は四将かと、レイトは歯を食いしばる。
キチキチと音を立てて鍔ぜり合う鉤爪と刀。その向こうでギムレーは笑っていた。余裕の笑みというよりは、戦えることに対する悦びが零れ出しているような、そんな狂気染みた笑顔。
「いいねぇ! 今の斬撃もしっかり受け止めてくれるとは。今回はなかなかに楽しい戦いができそうだ!!!」
お互いに刃を弾き合い、二人は再び距離をとり、今度は同時に地を蹴った。ギムレーの二爪、六の刃が描き出す銀の軌跡と、レイトのスミゾメが描き出す漆黒の軌跡、それらが幾度となく交わっては火花を残して離れ、再び交わる。
「レイト! 何やらヤバそうな雰囲気だけど、私はこいつらの相手で手が離せねぇ! もう少し耐えてくれ!!」
「ああ! 分かってる!!!」
死霊兵の集団の向こうからリュウカの声が聞こえた。やはり彼女の助けは来ず、四将の相手を一人でしなければならない現状は変わらないらしい。
「おいおい。意識が他所向いてんぞ!!」
「うぁっ!?」
リュウカの言葉に集中が切れたその瞬間を狙ってギムレーが放った力任せの横薙ぎを、レイトは辛うじて受け止めたものの、その衝撃を受け止めきれずに大きく吹き飛ばされて地面を転がる。その上からギムレーの追撃。
「ッ!!」
鉤爪の振り下ろしを紙一重で転がって回避しながら掌で地面を蹴り、大きく横方向に跳んで、レイトはどうにか立ち上がる。だが、ギムレーはレイトが体勢を整える時間を与えることを許さず、すぐさま方向を変え、着地したばかりのレイトとへと距離を詰めようと恐ろしい速さで突っ込んでくる。
それを受け止めようとスミゾメを構えかけて、迷う。このまま受けの戦いを続けていても勝負はつかない。むしろ失神という致命的な副作用を抱えている分レイトの方が圧倒的に不利で、そもそも体勢が半分崩れた状態でギムレーの一撃を受けきれる保証もない。
このままじゃ、ダメだ……。ここは無理をしてでも攻勢に出ないと終わる……!
覚悟を決め、迫りくるギムレーを睨みつける。
引けば十中八九敗北。剣での攻撃は間に合わない。だが、ここは何としてでも一撃喰らわせなければならない。
「シャァァァァァァァァァッ!!!!」
二爪の鉤爪が斜め下と斜め上から挟み込むように六の銀閃を残して殺到する。
瞬間、
「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
絶叫と共にレイトは崩れた体勢のまま全力で地面を蹴り、迫るギムレーに対し、逆にその懐へと頭から飛び込んだ。半ばヤケクソのタックル。
鉤爪の刃が肩と腕を深く斬り裂き、鋭い痛みが走るが、今のレイトにとってはどうでもいい事だった。あのまままともに斬撃を喰らって死ぬよりはましだと、痛みを絶叫で塗りつぶしながら、レイトはギムレーの腹部に身体を思い切り激突させた。
「ぐぁっ!?」
予想外の一撃をもろに腹部へ食らい、吹き飛ばされたギムレーは胃液を吐き散らしながら宙を舞う。しかし、流石は四将と言ったところか、即座に空中で姿勢を制御し、レイトと五、六メートルの距離を置いて軽やかに着地する。そこで生まれる一瞬の隙を、逃さない。
「ハァァァァッ…………」
深く息を吐く。重心は低く、剣は地を撫でるように。
閃光。疾風を越えた超速の一閃をレイトはその脳裏に描き、脚に力を流し込む。
だが、その理想を行動に移そうとしたまさにその刹那だった。
……マズいッ……!!
ギムレーの懐深く入り込み、スミゾメの一閃を叩き込む。その僅か数秒という時間を待たずして、強化魔法の効果が切れたのだ。
この修行の最中に幾度となく襲われたあの感覚。がくん、と膝を着く。手からスミゾメが零れ落ちる。全身の力が抜け、意識が混濁する。
……あと少しだってのに。こんなところで終わるのかよ……!!!!
暗くなる視界の向こうでは、ギムレーが好機とばかりに鉤爪を胸の前でクロスさせ、こちらへ疾走してくる姿が見える。が、見えるだけでどうしようもない。なにもできないまま、身体を斬り裂かれて終わるんだと、絶望と後悔が脳裏を回る。
その時だった。
(レイト君。絶体絶命のところ悪いんだけど、強化魔法のもう一つ先の力を手にする覚悟はできているかな?)
薄れゆく意識の中に、はっきりと陽気な声が聞こえた。間違いなく。精神世界に住まうあの影の声だ。
同時に視界の先の世界が制止した。ギムレーは大きく足を踏み込んだ姿勢のまま、リュウカによって吹っ飛ばされたであろう死霊兵は空中で妙にねじれた姿のまま、ピタリと止まっている。
(いや……覚悟も何も、まだ後遺症を克服できてないから、こうして絶体絶命の状況に陥ってるんだけど……)
そう、数日前に精神世界であった時、影は確かに「強化魔法を後遺症無しで使えるようになれば自分の正体を明かし、さらなる力を与える」と言っていた。が、実際レイトは使用後に意識を失うという後遺症のど真ん中にいるわけで、影の言いたいことがさっぱりわからない。
(フッ。レイト君。君は気付いていないだろうが、私の言う後遺症を君はもう克服しているんだよ)
(は?)
(私が言っていたのは、使用時に君の身体に生じる致命的な損傷のことさ。この地で久しぶりに君と会った時。確かに君の身体には少なからず損傷があったけど、今はそれがない。意識を失うのは君が力を使いすぎないように、人間という種族の本能的な自己防衛機能が働いていたまでの事だよ)
(いや、そういう重要なことはもっと詳しく言ってくれよ!!!)
(あはははは、悪いね。本当はもう少し引っ張っておきたかったんだけど、まさか四将が相手になる戸は想定外だった。状況も状況だから、こうして君の意識の表層に出張させてもらったってわけだ)
認識上の時が止まっているのをいいことに、影は呑気にまくしたてる。レイトにしてみれば、もっと早くに言ってくれと、全力でぶん殴りたかったが、あいにく相手は声だけだ。
(はぁ……まぁ何となくわかったけど、後遺症が無いってことはつまり…………)
(ああ、そうさ。…………君はもう、新たな力を手に入れる資格を得ている!!!)
レイトの確認に、影は急に声を張り上げ、そう告げる。その刹那、身体の奥底から再び力が溢れ出す感覚がレイトを包み込んだ。それも、今までの強化魔法使用時とは比べ物にならないほどの密度と熱量を有した力。
(さて、最終確認だ、レイト君。この力を手にすれば、もう君は純粋な人間ではいられなくなる。半人半魔として生きるか、はたまたその身を完全に魔族と化すか。そのどちらか一方を選ぶしかない。それでも君は、この力を欲するか?)
急にトーンを落とした影の声が脳裏に木霊する。最終通告。人の身を捨てるか否かの選択。
(ああ、そんなの、答えはとっくに決まってるよ。リシュアの夢は全ての種族が共に手を取り合える世界なんだ。だったら、人とか魔族とか、関係ない。俺はこの力を手に入れて、先に進むだけだ!!!)
(よく言った!!!! ならば告げよう! 我が名は―———————)
身体の中を暴れ狂う力の大波。その中でレイトは確かに聞いた。影の真名を、最強と謳われた一人の男の名を。そして——————————
(今此処に、新たなる力を授けよう。名は幻影外套。その力、存分に振るうがいい、レイト=ローランドよ!!!!!)
影の力強い宣言と共に、レイトの全身の紋様が蛇のように蠢き、そして、漆黒が溢れた。