街と滅びと孤高の剣士
「……ひでぇ。一体何があったんだ……」
荒らされた田畑を通り過ぎ、ジルバの入り口にたどり着いた二人は目の前のあまりの凄惨さに改めて言葉を失った。
煙の燻る焼け跡の瓦礫の下からはみ出た焦げた手足に、決死で敵と戦おうとしたのであろう、武器を握りしめたままの死体。もはやリシュアの語っていた稲作の盛んなジルバの街の面影はその片鱗すらなく、死と滅びの空気が街中に満ち満ちている。
「……見て、レイト」
リシュアが指さした方向、焼け崩れた民家のすぐそばで、まだ乾ききっていない血だまりの中に二つの死体が転がっていた。一つは人間の少年で、もう一つは青い鱗のリザードマンのものだった。剣を握りしめ、少年をかばうように覆いかぶさった姿勢で絶命している。二人から流れ出た赤と青の血が混ざりあい、血だまりは鮮やかな紫色に染まっている。
「このリザードマン、ヴァルネロの臣下の一人だったはずよ。……それにまだ死んでからそれほど時間はたっていない……。おそらく昨晩から今日の早朝の間に襲撃されたんだわ。多分ガルアスの魔王軍の仕業ね。そして襲撃してきた奴らはあの城に陣取っているはず……」
魔法で生み出した純白の名もなき花を二人の亡骸の間に供えながらリシュアは淡々と語る。
「ガルアスは父に表面上従いながらも彼の思想を真っ向から拒絶していたから。その父の思想の結晶ともいえるこの街と、同じ思想を抱いていたヴァルネロ達四帝が目障りなのよ、きっと」
悲しみや怒り、悔しさが入り混じったそんな口調。いくら魔王で、偉そうにしていても中身はまだ大人になり切れていない少女なのだとレイトは改めて思う。
少しでも気を緩めれば、心に渦巻く感情が一気に溢れて圧し潰されてしまうような。そんな雰囲気が今のリシュアにはあった。
「……もしかしたらまだ息がある人がいるかもしれない。まずは彼らを探して少しでも敵の情報を得るしかないわ」
そうして二人はジルバの街の中を生存者を探してしばらく歩いたものの、どこにも生の気配はなく、街はひっそりと死んだままだった。
勿論このままガルアス側の魔族が占領しているであろう城に乗り込むのも可能だが、いくら最強の魔王の血を引くリシュアがいようと、さすがに多勢に無勢。開けた場所ならまだしも、構造のわからない城内では、どこから狙われるかもわからないのだ。
「さっきの結界を張ったまま乗り込むってのはどうだ?」
先のゾンビとの戦闘時にリシュアが使用した結界術を思い出してレイトは尋ねた。
「うーん、正直なところ、あの城にいる奴らの強さが分からないからあまり使いたくないのよね……もしガルアスの直属の部下なんかが来てたら、相当な高位の魔族のはずだから、なかなか効果が表れない可能性が高いし。それにあの結界術、縛るのは地に足つけてる奴だけだから、飛ばれたらそれこそ無駄な消耗になるだけよ」
二人で攻めるという選択肢も消え、とうとう二人は街の端に作られた墓地にたどり着いた。街の中で最も生存という言葉の対局に位置するような場所に。
「……酷いわね。死者の眠る場所さえ破壊するなんて」
街を襲った魔族たちは墓地すら破壊対象にしていたらしく、あちこちに砕かれた墓標が散らばり、掘り返され、開かれた棺桶からは、腐りかけや、既に白骨化した遺体が無残に引きずり出され転がっている。
「……行きましょう。少なくともここに私達以外の生者はいないわ」
そう呟いてリシュアは墓地の出口に歩き出し、レイトも後を追って歩き出そうとした時だった。
「お、おい! 待ってくれ! その声はもしかしてリシュア殿か!?」
そんな声とともに、出口の横に積まれた白骨死体の山の頂上から髑髏がカタカタと震え、そのままコロコロと骨の山から転がり落ちて、リシュアの足にぶつかって止まった。
「髑髏が喋った……!?」
思わず後ずさりするレイトを他所に、リシュアは足元に転がるその髑髏を拾い上げ、まじまじと見つめ、アッと声を上げた。
「あなたもしかして……ヴァルネロなの?」
「おぉ、リシュア殿。このような姿での再会で申し訳ないが、私こそが四帝の一人、ヴァルネロ=ヴィルバッハでございます。……しかしあなたがここにいるということは、やはり四将ガルアスの反乱は本当だったのだな……」
リシュアの掌の上で髑髏がカタカタと音を鳴らして喋る。
「そんな姿じゃ四帝の威厳もへったくれもないわよ……。でもまぁ、あなたに再開できて本当によかったわ。一体何が起きたのか、知りたかったところなのよ。あ、あとついでに、こっちはレイト。私の魔王討伐の旅のお供で、あのブラン=ローランドの息子よ」
ヒョイっとリシュアは髑髏をレイトの方に向ける。
「なんと、あのブラン殿のご子息であられたか、やはり縁というものは存在するのやもしれぬな。レイト殿、いろいろ我がままで面倒くさがり屋で傲慢なリシュア殿ですが、どうかこれからも面倒を見てやっていただけるとありがたい」
「お、おぅ。できる限り努めさせていただきます……」
「口調、おかしくなってるわよレイト……。というか、ヴァルネロ、あなた私の保護者か何かなの?」
「それはもう、リシュア殿が生まれたときから私は傍にいましたからなぁ。ハッハッハッハ、あがっ……顎がっ……顎ぉ……」
「……その姿でよくそこまで喋れるわね……」
ガコンっと外れた顎を戻してやりながらリシュアが呆れたように言う。
「おぉ、そのことだ。リシュア殿との再会で忘れていたが、一つ頼みがありまして。私の捨てられた骨を探し出して貰いたいのです。奴ら、私の胴体をバラバラにして、墓地のあちこちに埋めていったのです。いくら私が不死身のアンデットとはいえ、ここまでバラバラにされたうえに各部位の骨を離れた場所に埋められては再び一つに戻るのは難しいのだ」
「……わかったわ。情報交換はそのあとにしましょう。それで、どうやって探せばいいのかしら。さすがにこの骨だらけの墓地からあなたのパーツを正確に見つけ出すなんて、仮にできたとしても一日がかりになるわよ……?」
「あぁ、その点は問題ない。この私を持ったまま歩き、骨の埋まっている近くに行けばおそらく私の身体同士が呼応しあってその位置を教えてくれるはずだ。主要な大きな骨さえ揃えば残りの細かい骨はここに散らばる死者から拝借して補うことができるはず」
「……はいはい。それじゃあ早速宝探しを始めましょうか」
* * *
リシュア達が探し始めてから一時間ほどして、ようやくヴァルネロを構成する骨のうち、手足や背骨、肋骨などの主要な骨がすべて発掘された。
「こんな感じでいいのかしら?」
ヴァルネロの指示通り、二人は集めた骨を地面に並べ、欠損だらけの人体模型を作り、その頭部にあたる部分にヴァルネロの髑髏を置いた。
「おぉ、それで問題ない。本当にありがとう。ではお二人とも、少しばかり離れていただきたい」
二人が一メートルほど後ろに下がったのを確認し、ヴァルネロは、レイトはおろかリシュアにすら聞き取れない特殊な呪文を唱え始めた。直後、並べられた骨の下に蒼色の魔法陣が展開され骨が浮き上がり、立体的な骨格の配置に並び替えられていく。
そして、墓地中に散らばる骨の一部が蒼く光を放ち先と同じように浮き上がると、今度は一瞬にして粉々に砕け散り、その骨粉が一気にヴァルネロの骨格に流れ込み、瞬く間に抜けていたパーツが形成されていき、完全な人体骨格が出来上がった。
「リシュア殿、レイト殿、お二人には感謝してもしきれぬが、今はこうして礼を述べることしかできぬ。ありがとう。そして、改めて名乗ろう。我が名はヴァルネロ=ヴィルバッハ。ヴァーミリオン家の忠実な家臣にして四帝が一人である。以後、お見知りおきを」
そう言いながらヴァルネロは二人の前で胸に手を当て、深々と頭を下げた。
ヴァルネロ=ヴィルバッハ。魔族において知らないものは誰一人としていない、ルドガー=ヴァーミリオンの全盛期を支えた高位のアンデッドであり、魔族の中でも最強クラスの剣士が、今ここに再び剣をとろうとしている。