策士は天より笑う
死霊兵の頭上を行きながら、リュウカを探すと、彼女は死霊兵を操る術者たる魔族のいるボロ船、そのすぐ近くで薙刀を振り回しているのが見えた。
敵が一気に強化されたせいか、決して劣勢ではないものの、今のリュウカに最初ほどの勢いは無い。
「リュウカ!」
「ん? レイトか! くたばってねぇようで何よりだ。ちょっと手伝ってくれ!」
片腕で薙刀をぶん回し、もう片方の腕をレイトに向けて振りながらリュウカはニッと笑った。
「はぁっ!」
頭上からの一撃で死霊兵を両断し、レイトはリュウカのすぐそばの地面に降り立った。身体を縦真っ二つに叩き斬られた死霊兵がどさりと音を立てて倒れるが、やはり他の死霊兵には今までの怯えや恐怖といった感情は無く、倒れた死霊兵を踏みつけて襲いかかってくる。
「リュウカ、この死霊兵達は……」
「あぁ、言わなくても分かってるさ! こいつらの中身は戦いとは無縁の世界で生きた奴らの魂だってことくらいな!」
薙刀で四、五人の死霊兵の首をまとめて刎ねながらリュウカは苛立った口調で答えた。
「ついでにこの召喚術の術者が目の前のあのボロ船の天辺で気取ってるあのフード野郎ってことも分かっているさ」
「え!? だったらどうして術者本人を倒しに行かないのさ。マストの上のアイツさえ倒せばこの死霊兵達も解放されるんだろ!?」
「へっ。簡単に言ってくれる。私だって最初のうちは船に乗り込もうとしたさ。だが、あいつめ、船の周囲にやたらと強力な障壁を何重にも重ねて張っていやがるのさ。まずはここにいる全員を復活するより早くぶっ倒さなけりゃあどうしようもねぇのさ」
また数体の死霊兵の首が飛ぶ。怒っている。リュウカの薙刀裁きを見て、レイトは直感した。
冷静ではある。冷静ではあるものの、倒されては起き上がり、起き上がっては倒されることを繰り返す死霊兵という理不尽な存在に。そして、その死霊兵達を生み出しながら、障壁の中から高みの見物を決め込む、あの術者の存在に、リュウカの中で怒りの数値は少しずつ上がっている。
そして、それはリュウカだけではなく、レイト自身もそうだった。
マストの上の男が指を鳴らした時、死霊兵達の中にある魂の、最後に残った意思の欠片は砕かれたに違いない。意思を失い、完全な駒となり果てた死霊兵達。そんな彼らを安全地帯から操るという、あの男の卑劣さ加減は、純粋に許せなかった。
だからこそ、ここで死霊兵達に同情はできない。死霊兵に宿った魂を本当に救いたいのなら、術者を倒して、彼らを解放することが先決だ。
「リュウカ。今度は俺が障壁の破壊をやってみる。強化魔法を使ってるこの状態ならいけるかもしれない……!」
「おお、わかった。障壁は一枚剥がしても即座に復活するんだ。何枚あるか知らねぇが、全部まとめて叩っ斬るつもりでぶちかませよ……っとおぉぉぉぉぉぉぉおりゃぁぁぁぁァッ!!!」
そう言いながら、リュウカは船のある方向へ薙刀を思い切りぶん投げた。
高速で回転しながら一直線に船を目掛けて飛ぶ薙刀は、その前に立ち塞がる死霊兵達を次々と斬り飛ばしていくが、船の周囲に張られた魔力障壁を破るには至らず、
ギィンッ!!!
と、そんな金属質な音を響かせながら明後日の方向に弾け飛ぶと、偶然落下地点にいた不幸な死霊兵の身体を貫いて地面に突き刺さった。
「今だレイト! お前の渾身の一発を叩き込めッ!!!」
既に武器を大太刀に切り替えたリュウカが、数人の死霊兵をまとめて切り伏せながら、叫ぶ。
薙刀の投擲によって死霊兵達の壁には穴が開き、今、レイトの前には船へと続く道が一本、まっすぐに伸びている。
このチャンスを逃す手はない。
全身に力を込めて、地を蹴る。強化の紋様で既に黒色に染まりつつある身体は軽やかに、レイトはさながら一陣の黒い疾風となって船へと走った。
その様子を、マストの上の男、現魔王軍の参謀たるベルエル=グレムリアスは、薄ら笑いを浮かべて眺めている。