母上とトカゲ
「久しぶりね、リシュアちゃん。そして初めまして、レイトさんにレミィさん」
音もなくスゥッと畳の上を歩き、各々のお膳の横に、氷菓の盛られた淡い桜色の硝子の器を置きながら、カムイの妻、スミナギは優しい声色で言う。
「スミナギ様! その、「ちゃん」呼びは恥ずかしいです……」
「あら、でも私にとってリシュアちゃんはリシュアちゃんですもの。あの頃の面影はしっかり残っているわよ?」
「…………!」
カァッと頬を赤らめるリシュア。いくら魔王と言えど、この母の力の前には無力らしい。
「へへ、まだ子供だってよ、リシュア」
そんなリシュアの様子に、リュウカがクスクス笑いながら、イーッと舌を出して威嚇みたいな事をするリシュアをすっかり無視して、置かれたばかりの氷菓にさっそく手を伸ばすその動きが______
「ああ、そういえばリュウカ。ライナさんとあの人は何処へ?」
ピシッと、それこそ時間停止か、あるいは凍結魔法でも浴びたかのように固まった。そのま、ままばたき一つせず、視線を自らの母の笑顔から逃がしながら、ここにいない誰かを哀れむような溜息を一つ吐いて口を開く。
「え……あー、まー……ライナはまだ父上との修行から戻って来てないと……思うけど……」
何ともぎこちない返答だった。これまでのリュウカのキャラからは想像できない変貌っぷり。これまでの彼女をドラゴンとするなら、今の彼女はまるでそこらの岩陰でチョロチョロ動き回る蛇かトカゲだ。
「あら、あら、あら……それは仕方ないわねぇ……。それじゃあライナさんの分は溶けないように冷却庫に仕舞っておきましょう。あの人の分は……ここにいる皆さんで分けましょう」
そういうとスミナギは聖母の微笑みを浮かべたまま、カムイの分の氷菓を丁寧に五等分し、レイト達の器にスプーンでそっと移していく。そうしてレミィの前にスミナギが来たところで、彼女がふと口を開いた。
「あの……スミナギさんはここで一緒に食べないんですか?」
ピクッと一瞬スミナギの動きが止まり、「えっ?」といった様子でレミィの顔をまじまじと見つめる。その向こうで、何故かやたらと早口でリュウカが喋り始めた。
「あー、そのことな! そうだ、母上、レミィはさっきも母上の事を心配してたんだ。この時期中々外に出てこられないって話で、母上が病気なんじゃ無いかって。今の質問も含めて、母上の口から説明してやって欲しいんだけど……」
妙に早口で言うだけ言って、リュウカは今度こそ目の前の氷菓にスプーンで切り込んでいった。
「あらあらあら……、心配してくれるだなんて、レミィさんは優しいのね。それじゃあ、折角私がここにいることだし、ちょっとだけ話をしましょうか。別にそんなに重い話でも無いから、そのデザートを食べながら、気楽に聞いてくださいね?」
「は、はい!」
聖母の優しい眼差しに、レミィの返事は少し裏返っていた。