悪魔的レミィ
「夕餉の支度が整いましたので……」
布団の上で胡座をかいたまま、ウトウトしていたレイトが、新入りらしい世話係のぎこちない知らせの声に起こされたのは、それから三十分ほどしてからだった。
「ん、あぁ。ありがとう、すぐに行くよ」
軽くお礼を言ってから、横の布団でガーゴーと鼾をかくリシュアと、その向こうでうつ伏せで倒れたままの姿で眠りこけているレミィの方を眺め、レイトは小さく溜息をついた。
「おーい、起きろー。晩御飯の時間だぞ」
夢に全身浸ったままの二人を交互に揺する。
「んー……おはようごにゃいます……」
レミィの方は案外すんなりと起きてくれた。だが、予想通りというか、案の定というか、リシュアはビクともしない。どれだけ揺すろうと、頰をペチペチ叩こうと、にへらぁとした笑みで何やらブツブツ寝言を唱えるばかり。ラチがあかない。
「……もう放っておいて先に晩御飯食べにいってもいいか……」
あえてリシュアの耳元で言ってみるも、効果なし。余程疲れていたんだろう、とは思いながらも、ここはどうにか起こして連れて行かねば、後で何をウジウジ言われるか分かったものじゃない。
「参ったな……」
ちらりと世話役の方を見ると、彼もどうしていいものかわからない様子で、ただ部屋の入り口で直立不動だ。
シーンと静まり返ってしまった空気の中を、リシュアの訳の分からない寝言だけが這い回っていく。
そんな空気を変えるべく、動いたのはレミィだった。
「レイトさん、ちょっと試したいことがあるんですけど……いいですか?」
「え? 試すって何をだ?」
「ちょっとした妖術ですよ。今日の復習とリシュアさんの目覚ましを兼ねて、一発試してみたいんです」
悪戯をしようとする子供のような弾んだ声で、レミィは何も知らないリシュアの横に正座して、彼女の顔の上で、見えない球を持つように、掌を向かい合わせて目を閉じた。
「ふぅーっ…………」
大きく息を吐くレミィ。それと同時に彼女の向かい合わせた掌の空間、そのちょうど中心にゴポッと音を立て、何処からともなく透き通った水が湧き始めた。
どんどん湧き出る水は、彼女の掌の間に一つの球となってその大きさを増していく。
「⁈ レミィ、まさか……」
リシュアの頭上でデカくなっていく水の球に、レイトはレミィの次の行動が読めた気がした。
「ええ、そのまさかですとも……っとと、まだ集中が難しくて……」
と言いながら、レミィが手の中の水球をリシュアの顔へと降ろしていく。
ところどころ波打つものの、雫一つ落とさずに降りていく水球。レミィの慎重な作業のもとで、ついにリシュアの鼻先が球の表面に触れた。
だがリシュア、起きない。そのままズブズブとリシュアの顔が水球の中へと沈んでいく。
そして、ついには水の中に顔を完全に突っ込む形になり……
「ゴボッ⁈ ゴボボボッ⁈」
そこまで来てようやく、口からゴボゴボと泡を吐き出し、真っ青な顔になったリシュアが、聞き取れない悲鳴とともに跳ね起きる。と同時にレミィが両掌をグッと握りしめ、その動きに合わせて、リシュアの顔を覆っていたはずの水球が一瞬のうちに霧散して消えた。
「ゲホッ⁈ な、何事⁈ なんか凄い溺れた感がしたけど、生きてる? 大丈夫? 私生きてるわよね⁈」
寝ぼけ半分で叫びながら、リシュアがアワアワと周囲を見回す。その姿にレイトはレミィと顔を見合わせてから、リシュアの肩に手を乗せた。
「ああ。生きてるよリシュア、おはよう。早速だけど、飯の時間だ」




