妖術の技法
感情をエネルギーに変える……。私の今の気持ちって何だろう。
リシュアの時よりも一回り大きな岩の前に立ち、レミィは心の中で呟く。
真っ先に浮かんだのは自分を無能だと切り捨てた兄や一族の顔。
でも…………,
違うでしょう? と。心の内に現れたもう一人の自分が囁く。
分からないよ。
リシュア達に出会うまで、鍵をかけ、隠し、閉ざし続けてきた自分の本当の心が見えない。リシュア達といる時に感じる心のざわつきが何なのか、分からない。
その答えは今すぐに捻り出せるようなものではなく、もっと時間をかけて見つけなければならない。そんな気さえしていた。
だが、タツミの言う通り、妖術の発動には何らかの感情と、イメージが必要で。
私はどうしたら…………!
目を閉じ、ぐぬぬと唸りながらひたすら思考を巡らせるレミィ。そんな彼女の周囲を漆黒の靄が取り巻き始めていくのを、当然彼女自身は気付いていない。
「……ねぇねぇ、なんかヤバそうなオーラが滲み出してるけど……あれ、大丈夫なの……?」
見るからに内なる自分に集中しているレミィに聞こえないよう、リシュアはタツミにそっと耳打ちする。
「……ええ、多分……。感情の方向性が定まってない時によく起こる現象なんです………………けど」
「……けど?」
「あそこまで密度の濃い靄は初めてですよ。なんていうかほら、もうあれだけで十分な威力を持った妖術閉じて完成しつつあるんじゃないですかね…………。ブラックロータスの人間だとは聞いてましたけど、ここまで凄いと流石に嫉妬しちゃいますよ」
冷や汗を頬に伝せ、ハハハ、とタツミは笑う。その間にも靄はさらに密度を増し、レミィの周りに満ちていく。その様子はまるで
彼女を守るように蜷局を巻く一匹の蛇のようにもみえる。
一方のレミィ本人とはいえば、相変わらず靄には気付かず、目を閉じて憎しみ以外の感情を探していた。
……そもそも私って、どうしてリシュアさん達について行ったんだっけ……。
感情の探索はやがて今の自分の存在理由にまで達していた。
それでもまだまだしっくりくる感情は見つからず、心の奥を掻き分ければ搔き分けるほど、余計にゴチャゴチャとした雑多な感情の塊がゴロゴロと転がり出てくる。
……うぅ。わかんないよ……。折角もっと強くなれるチャンスなのに……!
妖術を使いこなす以前に、最初の一歩目で足踏みするしかない自分が情けなくて、閉じた目に少しずつ涙が溢れてくるのが分かる。
「……大丈夫ですか……? レミィさん……」
背後からタツミの声。
……ほら……。私がうだうだしてるから、タツミさんも痺れを切らしてるんだ……。
折角ブラックロータスの呪縛から抜け出しつつあるというのに、またここでも足手纏いになってしまう。そんな嫌な考えが浮かび、レミィは小さく身震いした。
なんで私はいつもこうなんだろ……。ずっと引きずって、肝心な時にうじうじして……。もっと強くなりたいのに……、役に立ちたいのに……!
苛立ちと遣る瀬無さを心の中で叫んだ。その瞬間。
ゴォォッ!
自分を取り囲むように鳴り響いたのは風の音。それもそよ風などではなく、地の底から響くような轟音。
……え?
驚いて目を開いたレミィは、さらに驚愕した。目の前に聳えていたはずの岩は粉々に砕け、石ころと姿を変えて散らばっている。
リシュアのような灼熱の光で焼き溶かしたのではない、純粋に巨大な力の塊を衝突させて砕いたかのような破壊痕がそこにはあった。
「レ、レミィさん……やっぱり想像以上の才能を持っているみたいですね……」
タツミの声に振り返れば、何重にも張ったドーム状の障壁の中でリシュアと二人揃って歪んだ笑顔をレミィの方へと向けていた。
「凄いわ、レミィ。タツミの障壁が無かったら今頃私達肉片よ?」
「といっても、かなり重ねた障壁の半分以上持ってかれましたし、いやはや、万が一に備えて発動準備をしておいて良かったですよ……」
「あの……自分じゃ全く何が起きたか分かってないんですけど……」
「あぁ、成る程……。つまり今のは偶然の暴発……そんなところですかね。今の一撃、一言で言えば、突風です。恐ろしく高密度の負のエネルギーを秘めた黒い風、それを無意識に全方位へとぶちまけたって感じです」
「本当、外から見てて凄かったわよ。真っ黒な風が岩を粉々に砕くところなんて、何それ私も使いたい、ってなったもの」
タツミの説明とリシュアの賛美に、レミィは喜べなかった。
「でも……」
そう、今のはあくまで暴発。自分の意思で、自分のコントロールで発動できなければ魔法も妖術もただの神秘現象に過ぎない。下手をすれば仲間まで巻き添えにしかねないとなれば尚更だった。
「大丈夫ですよ、レミィさん。暴発は誰しもが体験する、いわば、必須科目みたいなものですし……まぁリシュアさんはすっ飛ばしましたけど。それに、さっきの貴女の様子から察するに、きっと感情の方に集中し過ぎて、肝心の術のイメージが疎かになっていたんじゃないですか?」
「は……はい。多分そうです……」
タツミの言うことは図星だった。途中から自分への苛立ちばかりに呑まれて、術をどういうものにするか、その意識が丸々すっぽりと抜けていた。
レミィの返答にタツミは微笑みながら大きく頷いた。
「それなら、大丈夫です。まだ特訓は初日の数時間しか経ってないですから。焦らずじっくり、自分の心と向き合えば、自ずと感情は見えてきます。正の感情を使うのか、それとも負の感情にするのか、それはレミィさんの好みです」
「じゃあ……私もタツミさんみたいに妖術を使いこなせるようになれますか?」
「ええもちろん! 僕だって初日は……いや、この話はやめときましょう。それじゃあ、ここからは本格的に術のイメージを構築する練習から行きましょうか」
「「はい!」」
パンッと一度手を打ち鳴らして、宣言するタツミに、リシュアとレミィの声の揃った返事が採掘場跡に木霊した。