幻想を捕まえて
レイトがリュウカ達二人の鬼教官にしごかれている頃、タツミに連れられた二人、リシュアとレミィは桜花の東の端に位置する採掘場跡で、丁度別の意味での地獄を見終えた所だった。
「はぁ……ようやくこれで準備完了ってことね……レミィはどう? ちゃんと魔力はすっからかんになった?」
「……え、ええ。一応は出し尽くしました……もう火球の一つも撃てません……」
辺りに転がる岩の一つ、その上に腰掛けて大きな溜息をつき合う二人の目の前の地面には、まるで無数の隕石でも降り注いだのかというような、大小無数のクレーターが刻まれている。
「よし、普通の人の十倍以上の時間を使ったけど、二人とも無事に魔力を使い果たせたみたいですね」
今まで宙空からリシュア達の様子を見守っていたタツミが軽やかに二人の前へと降り立って、竹の弁当箱を一つずつ手渡しながら言う。
タツミ曰く、妖術とは似て非なるもので、そのエネルギーの源は魔力とは別であると。そしてそれを会得する修行の準備段階として、身体に染み付いた「魔法」から一度離れる為に、体内の魔力をからにする必要があるのだと。
彼の言葉に従って、リシュアとレミィはこの採掘場跡に到着してすぐに、魔力の大量消費を始めたのだ。治癒魔法に五大属性魔法、果ては暗黒魔法まで。それはもう手当たり次第に魔力消費の激しいヤツをそこら辺の岩や空にぶっ放しまくった。
そこいらの魔法使いなら十発撃てるかどうか分からないような規模のものばかりである。
だがしかし、流石は最強の魔王の娘と、魔法に特化した一族の一人。その身体に溢れる魔力量はタツミの想像を軽く飛び越え、彼の予想では十分もあればとっくに空になっているであろう二人の魔力は三十分過ぎてもまだまだ減らず、ようやく底をついたのは、二時間を過ぎようとしている時だった。
そんな長時間にわたる最強クラスの魔法の嵐の結果が、採掘場跡に刻まれたクレーター達なのだ。
「なんにせよ、これで妖術訓練の最初の一歩は完了。とりあえず軽く朝食と。それを食べた後はいよいよ訓練のメインに突入としましょう」
「「はーい」」
弁当箱の中には綺麗な球形をした握り飯が二つ。その表面には数枚の桜の花弁を象った小さな海苔がペタリ。
「それ、リュウカ姉さんが作ったんですよ」
「え、本当に⁈ あのリュウカがこれを?」
丁寧に切って作られた海苔の桜を食べるのが惜しくて、慎重に食べ始める位置を見定めながらリシュアは聞いた。
「ええ、なにやら兵の中に気になる人が出来たみたいで……最近は母上に料理の手ほどきを受けるほどなんですよ……あ、この話は本人には内緒ですよ? 姉さんの拳骨の跡はは鬼の治癒力をもってしても二、三日は消えませんから」
「あはは。別に言わない言わない。…………それにしても、そこらの男の人より男らしかっああいつがねぇ……」
気になる人……かぁ。
タツミの言葉を頭の中で半分無意識に呟く。モワモワと現れたのはレイトの顔で、何故か顔が少し火照っているような感覚がやってきた。
「どうされました。リュウカさん。少し顔が赤いような…………」
「ん? ああ、いえ、大丈夫。久し振りに冬の桜花に来たから、ちょっと風邪気味ってだけよ」
「そうでしたか。では後で漢方でも届けさせますね。あれならどんな風邪でも一発ですから」
「え、ええ。よろしく頼むわ」
恐ろしく不味い漢方と引き換えに、どうにかそっち方面の話題を回避できたとリシュアは手の中の真ん丸を見つめながら、ホッと溜息をついた。
思い返してみると、ここ最近、日常会話を交わした異性はレイトしかいなかった。ここ最近というか、城にいた頃はずっと事務的な会話しかしていなかったような気さえしてきた。
そりゃあ一人目にレイトが出てくるわけよね。
少しばかりの引っ掛かりを見ないふりして頭の中のレイトを掻き消すと、握り飯を一口。ふわりと甘辛い匂いが口の中に広がった。
「へえ……」
握り飯の具は、鳥の肉とキノコを甘辛く炊き込んだ物で、パラパラとふり混ぜられた香草の鮮やかな緑が食欲を加速させてきた。
「こんな料理初めてですけど、美味しいですね、リシュアさん!」
隣では朝食前の重労働だったこともあって、余程お腹が空いていた様子のレミィがパクパクと一つ目の握り飯を食べ終え、早くも残ったもう一つに手を伸ばすところだった。
「そうね。後でリュウカにはレシピを教えてもらおうかしら」
そう言いながら、リシュアはもう一個の握り飯にフライングして、一口。城にいた頃なら教育係から「はしたない」だの言われそうだが、そんなことは知ったこっちゃない。これが私の二刀流。
わぁお……。
一つ目の甘辛い味付けとは真逆に、柑橘系の爽やかな香りが鼻の奥へ駆け抜けた。炭で焼いた白身魚のほぐし身に果汁を纏わせたもののようだ。
自分の知るリュウカの粗っぽい性格とは真逆を行く繊細な味付けに驚き、舌鼓を打ちながら、リシュアもまた、レミィに負けず劣らずの早さで握り飯を口の中へ運ぶ。ものの五分としないうちに、二個の握り飯はすっかり二人の胃の中に収まってしまった。
「「ごちそうさまでしたっ」」
二人揃って手を合わせ口を揃えて言う。その様子にタツミは嬉しそうにうなづいて、空になった弁当箱を重ね合わせて腰のポーチに仕舞った。
「口にあってよかったです……って、僕が言っても仕方がないか。出来れば後で姉さんに感想を伝えてあげてください。多分明日はもっと豪華になるかもしれませんし……。と、雑談はここまでにしておいて、お二人の魔力がまだ少ないうちに、実際に妖術を発現させる訓練に移りましょう」
今までの柔かな表情から、真剣な面持ちに戻って、タツミはおもむろに抜刀の構えを取った。
だが、彼の腰には抜き放つべき刀は無い。
完全なる無。側から見れば剣士の真似事をする子供に見えすらするこの状況で、タツミの表情は真剣だった。彼は抜刀の姿勢のまま、微動だにせずただ一点を見つめている。
まるで目の前に今から斬る相手がいるかのように。
「リシュアさん、レミィさん。見ていてください。妖術に最も必要なものは、イメージ力です……」
刹那、無を握っているはずのタツミの手の中から、紅蓮の炎にも似た真紅の光が溢れ出した。
溢れた光はまるで見えないなにかに引き寄せられるように、集まり、一つ一つの粒子から線、線から平面へと繋がり、重なり合って、やがて彼の手の中に一振りの真紅の刀を生み出した。
「無から幻想を具現化すること。それが妖術の本質なのです」
光の刀をすらりと抜き放ち、タツミは言った。