人と魔王と物量差
「さて、いよいよ魔王討伐の第一歩を踏み出したわけだけど、次の目的地は決まってるのか?」
ランドーラを出発してから一時間。二人は再び雪深い山林を歩き続けていた。
「そりゃあもちろん。何もなしに思い付きで雪山に遭難しに行くほど馬鹿じゃないわよ」
そう言いながらリシュアは先頭に立ち、ときたま冒険者手帳の自動手記機能によって移り行く地図と睨めっこしつつ、雪をかき分け枝を払い、ズンズン雪山深くへと進んでいく。
「まずは私の知り合いを仲間に引き入れようと思うの」
「知り合いってことは魔族か?」
「えぇ、そうよ。ヴァルネロって言うアンデッドの剣士でね。かつては父に仕えていた魔王軍の幹部の一人なの。今私たちが向かっているのは彼が私の父から統治を一任されて赴任しているその赴任先の街、ジルバよ」
「……統治、ねぇ。」
統治。その言葉に、村に攻め込んで強引に武力支配して村人から食料や物資を搾取しまくる魔王軍という絵面がレイトの脳内にぼんやりと浮かぶ。そんなイメージから出たつぶやきにピクリとリシュアの耳が動き歩みを止めると、レイトの思考を読み取ったかのように、ジロリと睨みつけてきた。
「なによ。言っておくけど、統治と言ってもおそらくあなたが想像してるような武力支配的な統治じゃないわよ? 前にも言ったでしょ、私の父は歴代魔王の中で一番の平和主義だって。まぁ散々伝承やら歌やらで魔族を恐怖の象徴みたいに教えられてきた人間がすぐに納得できないのもわかるけどね」
苦笑とともに小さく溜息をついて、リシュアは再び歩き出す。
「私が仲間に引き入れようとしているのはヴァルネロ含め、父に仕えた魔王軍幹部の中から四人。それぞれがこの大陸の各地に自分の統治する街を持っているわ」
「だが、その幹部っていうのが今回お前を追放してソルムまで飛ばした張本人達なんじゃないのか?」
レイトの質問にリシュアは再び歩みを止めると、近くに生えた巨大な木の幹に爪で何やら図を描き始めた。
「幹部と言っても色々あるのよ。今回私をこんな目に遭わせたのは将軍ガルアスを含めた魔王直属の親衛隊の四人。通称四将」
おそらく魔王の位置を表しているであろう大きな丸の下に四つの中くらいの丸が描かれ、それぞれが魔王の丸と線で結ばれる。
「で、私の言っている幹部ってのはこっち」
今度は魔王の丸の左右に二つずつ、四将を表した丸と同じくらいのおおきさの四角形が追加される。四将とは違って線で結ばれない、それぞれが独立した四角形で表されている。
「この四人は四帝と呼ばれて、魔王からもらい受けた国や街を彼ら自身の判断、手腕で統治する役目を持っているわ」
「それってつまりは地方への左遷とかそういうものなんじゃないのか?」
「いいえ、実際はその真逆。四帝は魔王から最も信頼の厚い幹部の中から選ばれるの。私の父は四帝に、自分の思想に賛同する者達、同じ平和主義を掲げる幹部を選出したのよ。そしてガルアスをはじめとした過激派の幹部は自らの力で押さえつけるために敢えて四将という位置に置いたってわけ」
「なるほど……。しかし、いくら平和主義者だからって、魔族が人間の街を統治なんてすれば国が黙っちゃいないはずだと思うんだが」
「そうね……でも、もしもその街や村が国から見放されたような滅びかけた場所だったら?」
クスリとリシュアは悪魔じみた笑みを浮かべる。
「国から……見放される?」
国家間での戦争こそすれ、仲間同士で裏切る。ましてや国の住人が国自身によって捨てられるなど、穏やかな田舎で育ったレイトにとって想像すらしてこなかったことだ。
「そ、あなたはあの温かな雰囲気の村でずっと暮らしてきたからピンと来なくても無理はないわ」
でもね、とリシュアの声のトーンが暗く落ちる。
「巨大な権力を握った人間は案外簡単に切り捨てるものよ、弱者を。そして彼らを生贄にして利益を追求するの。伝承に残る「魔王によって残虐の限りを尽くされて滅ぼされた国の話」なんて、魔王側からしてみたら、その多くが疑わしい内容なのよ。真相の蓋を開けてみたら、実は腐敗した国家の内乱ですでに人も街もズタボロ、魔王軍はそのとどめを刺しただけ。みたいなオチも珍しい話じゃない」
そう語るリシュアの声に嘘偽りは一切感じられない。かわりに憂いとも怒りともとれる暗い感情が一言一言、一文字一文字を包んでいるような。そんなイメージをレイトは抱いた。
「今から向かうジルバもそう。民衆を稼ぎの道具、歯車にしか考えないクズみたいな領主による圧制が続いていた街でね、もちろん国は領主からの賄賂をたんまり受け取って見て見ぬ振り。そこにに百年ほど前に手を差し伸べたのが魔王ルドガー=ヴァーミリオン。私の父だった」
少し誇らしげにリシュアは続ける。
「父は使い魔にジルバの偵察をさせた後、ヴァルネロを一人、単騎でジルバに送り込み、半日を待たずに領主とその下で甘い汁を吸っていた人間達を討ち、街の統治権を掌握したのよ。今ではヴァルネロの配下の魔族も移り住んで人間と共に暮らす、父の理想の最終形を体現する街になっているわ。四つの街のうち、一つはすこし事情がちがうけど、残りの二つはジルバと同じようなものよ」
「……やっぱりお前の親父、立派だと思うよ」
「……ありがとう。でも、その言葉は私にじゃなくて、ガルアスを倒し、魔王の座を取り戻した後で、城に眠る父に直接言ってあげてね」
「……」
振り向かずに溢したリシュアの言葉にレイトは無言のまま小さくうなずいた。そのまましばらくの間、二人は無言のまま、雪を踏む音だけを鳴らしてただただ前へと進んだ。
* * *
あれから四時間ほど歩き続けた二人は山を二つ越え、うっすらと雪が積もる林に入った。入ったはいいが、手帳に示された地図を見るに、どうやらジルバの街はまだまだ先、地図の限界表示範囲が半径二十キロであることを考えると少なくともこれからそれ以上の距離を歩かなければならないのは明白だった。
「地図を見た感じ、途中に小さな村がいくつかあるみたいだから、今日はそこで宿を取りましょう。」
「その村すらここから十五キロ先なんだが……さすがに少し休憩しないか……魔族の体力は知らないけど、俺はそろそろ限界だ、というかもう足がヤバい」
「……はぁ、仕方ないわね。でも休憩するよりこっちのほうが早いわ」
ポゥとリシュアの右掌に青色の光が灯る。
「ちょっと衝撃がすごいと思うけど、我慢して、ねっ!」
言い終わらないうちに右手を腰の位置まで引いて溜め、レイトが避ける動作に移る暇もなく、恐ろしいスピードで掌底をレイトの胸目掛けて撃ち込んだ。
「グハァッ!?」
もろに胸の中心に一撃をくらって、レイトは盛大に後ろに吹き飛び、雪を跳ね上げて背中から着地した。木の幹に突っ込まなかったのはリシュアの技量とレイトの強運の合わせ技といえるだろう。
「……っはぁ!? げほっ……っ……いきなり何すんだ! 死ぬかと思ったぞ」
「あらあら、まさかそんなに吹き飛ぶなんて、人間ってつくづく貧弱よね。それで、レイト、体の調子はどうかしら?」
「どうって、あんな即死級の一撃くらわせておいて、よく言えるな……って、あれ」
不思議と掌底を撃ち込まれた胸は全く痛みがない、それどころかついさっきまで棒のようだった足も、まるで今朝の出発前と同じように調子が戻っているうえに、心なしか疲労感も消え去っているような気がした。
「リフレッシュっていう高位の治癒魔法に私なりのちょっとしたアレンジを加えた治癒魔法よ。効果はオリジナルの二倍以上だけど、その代わりに体の奥まで浸透させるにはさっきみたいに勢いつけて押し込まないといけなくなっちゃったのよね……」
「助かったが……次からはそのオリジナルのリフレッシュにしてくれ……別の意味で心臓に悪い……」
「はいはい、次からは気を付けるわ。それじゃ、行きましょうか。あ、そうそう、ここら辺結構出るらしいから、任せたわよ」
「出るって何が」
「何って、地図に表示されてるでしょう?」
ほら、とリシュアが見せた手帳の地図の下に小さな赤い文字で確かに書かれていた。
『周辺、夕方よりゾンビ多発エリア』
慌てて自分の地図を見ると、確かに同じ内容がページの隅っこに表示されている。
「……気づくか」
と、そこへまるでタイミングを見計らったように、どこからともなく
「「「オオオオォォオォォオオオォォ」」」
という嫌な叫び声が聞こえてきた。
「さぁレイト。あなたのレベルアップには最適な奴らのお出ましよ。噛みつかれたらガンガンリフレッシュで回復してあげるから、安心して戦いなさい!」
高笑いとともに木の上に飛んで避難したリシュアの悪意百パーセントのにっこり笑顔を心の内で呪いながら、レイトは仕方なく剣を抜いた。敵の気配はザっと見積もっても二十を超える。おまけに周囲のいたるところから湧き出てきているようだった。
「……勝てる気がしないんだが……」
などと弱音を吐いているそばから早速一体目のゾンビがレイトの、生者の匂いを嗅ぎつけて突進してくるのが見えた。もはや殺るか殺られるか。その二択しかない究極の夜が始まろうとしている。
レイトは大きく溜息をついたあと、カッと目を見開き、自分への鼓舞とリシュアへの恨みを込めて咆哮した。
「ウオォォォォォォォオ!来るなら来やがれゾンビ共ォォォォォォォッ!」
レイトの長い夜はまだまだ始まったばかりだ。
いかがだったでしょうか。そろそろ序盤も終わり、戦闘シーンや新しいパーティーメンバーの加入などの話をどんどん入れていこうと思っています。
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