古城にて
どうも、作者です。今回は最新話の更新ではなく、1話の前のプロローグを書いてみました。出来るだけ丁寧な場面の描写を心がけてみたのですが、よければそのあたりの感想などいただけると喜びます(_ _)
雲を貫き聳える険しい山脈。大陸を東西に二分するその一角。名もない山の頂上にその城はひっそりと建っていた。
冬空の下で煌々と輝く月明かりに照らされた古城は、おそらくこの世のいかなる城よりも荘厳で美しい城だろう。だが、人間は決してその城を訪れてはならない。この世界に生きる人間なら赤ん坊でさえ知っていることだ。
数千年前より悠久の歴史を経て、城の主は古今変わらず人ならざるもの。遥か昔に人の道を外れ、邪悪に身を堕としたと語られる種。
―魔族―
と、人がそう呼称する種族とその王たる魔王がその城には棲んでいる。
故に、人間はその山に寄り付かない。もし、それでもなお山を登り、城へ近づこうとする者がいるのなら、それは二種類の人間。魔王を倒し、勇者の称号を手にせんとする冒険者か、そうでなければ人生に絶望した自殺志願者くらいだろう。
そんな孤独な古城の最上に位置する塔の窓から深紅のドレスを身に纏った1人の少女が身を乗り出し、何をするでもなく空を見上げている。山を撫でる風の音以外は静寂が支配する空間で、流れるような白銀の髪を風になびかせながら空を見る少女の姿はまるで絵画の世界に迷い込んだのかと錯覚するほど、それほどの神秘的な雰囲気を纏っている。
無論、少女は人間ではない。
月明かりに照らされた彼女の顔、その肌は薄っすらと紫を帯びて青白い。
ドレスの背、ちょうど肩甲骨の下あたりに開けられた二筋のスリットと尾骶骨の上の小さな穴からは蝙蝠の羽根に似た大きな黒い翼と先の尖った黒く艶やかな細い尻尾が伸びている。
「リシュア様。ガルアスですが、入ってよろしいでしょうか」
リシュアと呼ばれたその少女の背後、部屋の扉の向こうからそんな恭しい言葉遣いの低い声が聞こえてきた。
「……いいわ。入りなさい」
自分一人だけの時間を破った声に若干の苛立ちの表情を浮かべてリシュアはそう静かに答えた。
「……失礼します」
ゆっくりと扉が開き、ガルアスと名乗る一人の屈強なオーガが、上枠をくぐるようにして部屋に入ってくる。
「……本当、失礼極まりないわよ。せっかくの静かな時間が台無しじゃない……。それで? 私の時間を邪魔してまで伝えたい要件は何かしら。まぁあなたがこの時期に私に言いそうなことなんて一つしか思い浮かばないけれど」
「でしたら話は早い。リシュア様。どうか戦争の件、お考え直「いやよ」」
ガルアスの言葉をリシュアは不機嫌そうな口調で遮る。
「あなたがいくら言おうと私の考えは変わらないわ。……私は戦争はしない。いい? これは王たる私が決めた決定事項よ?」
「リシュア様! 考えてもみてください。あなたの父上。先代の王ルドガー様を殺したのはいったい誰かを! 紛れもない人間です! 今こそあのお方の仇、人間共を討つ時ではございませぬか!」
「……いったい何度言えばわかるのかしら。あの日からかれこれ十数年間、毎年欠かさず父の死んだこの日にあなたはそう言って声を荒げて私に意見するけど、いい加減そろそろ諦めなさいよ。第一、あの状況を「人間が殺した」と言い張るとしても、仇なんて父は絶対に望んでない。むしろそんな理由で現状の平和を崩される方があの人は悲しむわよ。それくらい、家臣である以上はいい加減に理解してほしいんだけど……」
「しかし……」
「……何度も言わせないで。私が、このリシュア=ヴァーミリオンが王である以上、絶対に他種族相手に戦争を仕掛けるつもりはない! 分かったら早くこの部屋から出ていきなさい。今私は一人でいたいんだから」
そう強く言って、リシュアはその場に立ち尽くすガルアスに背を向け、再び夜空を見上げ始めた。
「……さようでございますか。確かに、あなた様の意思にはきっと私の言葉は永遠に届かないのでしょうな……」
リシュアの背中を見つめながら独り言のように言葉を溢しながら、ガルアスの口の両端が少しずつ吊り上がっていく。
「あぁ、あぁそうだ。結局あなたはルドガー様の娘。あなたの下では私の願望は成就しないのだ……。……ならば……」
うるさい! とリシュアが怒鳴るのとガルアスが魔力を帯びた両手をリシュアに向けるのは同時だった。
「!?」
咄嗟に窓の外に逃げようとしたリシュアだったが、時既に遅く、足元から出現した幾本もの魔力の帯に手足と翼の自由を奪われその場に倒れこむ。
「いったい何のつもりよガルアス!! 脅しのつもり!?」
口元に怪しげな笑みを湛えて自分を見下ろす家臣をリシュアはにらみつけて怒鳴る。
「脅し? 寝ぼけたことを言うなよ小娘が。お前のその父親譲りの平和ボケっぷりにはいい加減疲れたってことだ」
もはやお前は仕えるべき主ではない、とばかりに荒々しい口調でガルアスは言う。
「そもそも魔族と人間は相容れない種族だ。こちらから戦争を仕掛けずとも、いずれ向こうから仕掛けてくるのさ。あの冒険者の人間のようにな。ならば先にこちらから奴らを潰しておくのが賢明な策だ。違うか?」
「えぇ違うわよ。そんなの賢明でも何でもないわ。ただ野蛮なだけじゃない!」
「クク……どうせそう言うだろうと思ったよ。元、魔王様」
ガルアスのその言葉と同時に、床の上のリシュアを中心に魔法陣が展開し、溢れた光が彼女を包み込んでいく。
「いったい何をするつもりよ……!」
「なに、殺すつもりはない。ただまぁ……お前が王である限り、我らがそのバカげた主義に縛られるというのなら、お前を追放して私が新たな王となる。それだけのことだ。じゃあな魔王様。さらばだ」
「な!? 待ちなさいガルア……ひゃあああっ!?」
一瞬、部屋を真昼のような明るさが照らし、叫び声を残してリシュアは消えた。
「…………さぁて、始めるとするか」
主の消えた部屋で、ガルアスは一人満足げにニヤリと顔を歪めた。