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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第五章:絡み合う思惑

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81.帝国へ2

「そろそろ日が落ちる頃ですね……。今日はこの辺りまでにしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 地平線の向こうに落ちつつある太陽を見てそう言ったクワトルの意見に全員が頷き、一行はそのまま街道から離れた林の中で野営をすることにした。

 野営に適した適度な広さのある場所をクワトルが見つけ火を起こし、パイクスとピークは隅にある樹に乗っていた馬を繋いで餌と水を与え、ティンクは夕飯の食料を探しに行く。

 ティンクが食用の野草と野兎4頭を素早く狩って来てクワトルに手渡し、クワトルが夕飯の準備をしようとした時、馬の世話を終えたパイクスとピークがやって来てこう言った。


「クワトルさん、夕飯前に少しいいか?」


 真剣な表情でそう言ったピークの顔を見てクワトルは二人の言いたいことを察した。


「別の目的について、ですか?」

「話が早くて助かる」


 依頼確認の時にピークが「別の目的は帝国に向かう途中で話す」と言っていた。ここに来るまでにパイクスとピークからこの話題が出なかったのは、野営するこのタイミングを待っていたからだろう。


 クワトルは立ち上がってパイクスとピークの二人に向き直る。その様子をティンクは静かに見守っていた。

 クワトルとティンクは今回の依頼についてセレスティアから、使者として帝国に向かう表向きの目的と別にもう一つの目的があることは事前に聞いていた。しかし、その別の目的の内容については何も聞かされておらず、ただ一言「彼らの要求にしっかり答えてあげて」とだけ言われていた。


「それで、別の目的とは一体何なのでしょうか?」

「クワトルさん、あんたの腕を見込んで頼みたい。……俺達に、稽古を付けてくれ!」

「頼む!」


 パイクスとピークはそう言うと、揃ってクワトルに深く頭を下げた。

 “双璧”と称される二人の将軍のその行動にクワトルも若干の戸惑いを見せたが、すぐに二人に頭を上げるように言って話を詳しく聞くことにした。


 二人の話を簡単に纏めるとこうだ。ストール鉱山の魔獣事件で自分の未熟さ無力さに気付いた二人は、毎日人目を忍んで特訓をしていた。しかし、二人とも思うような成果を得ることは出来なかった。

 その様子を見ていたヴァンザルデンとマイン公爵は何とかしようと考え、強い相手と手合わせさせようと思い付いた。そこでその相手として、魔獣とやり合える実力のあるクワトルに白羽の矢が立ったのだ。

 そして丁度その時、魔獣事件の事でブロキュオン帝国に使者を出そうと考えていたマイン公爵は、それを上手いこと利用する形で今回の計画が立てられたとの事だった。


 二人の話を聞いて、クワトルは思案した。

 クワトルとしてはセレスティアから頼まれているので、パイクスとピークの二人に稽古を付けることを反対したりはしない。しかし、そこには一つだけ問題があった。それはクワトルではパイクスとピークの二人に実のある稽古が出来ないと思っていたことだ。

 というのもクワトルの力はゴーレム化によって二人より上回っているが、料理長として包丁しか握っていなかったので、戦闘経験の面ではほぼ素人と言っていい。技術不足を力でゴリ押ししてるクワトルが稽古を付けたところで、将軍を任せられる程の実力があるパイクスとピークの成長を促すことは難しいのだ。


 クワトルは考えた。パイクスとピークの意思、マイン公爵の計画、そしてそれに協力した主人であるセレスティアの思惑、それら全てが求めている最善の結果を……。

 そしてクワトルは、クワトルが何を考えているのかをじーっと見て考えを読もうと必死に頭を回していたティンクと目があった。


「……その手がありましたね」

「クワトルさん?」

「ああ、すみません。稽古を付けてほしいとの事でしたね?もちろんお引き受けします」

「おお、じゃあ早速――」

「ですが、生憎と(わたくし)は人にものを教えることがどうにも苦手でして……。稽古の相手は代わりにティンクがお相手します」

「「なっ!?」」


 この提案にパイクスとピークは仰天して口を開け、ティンクはまさかの提案にキョトンとしていた。


「いいのクワトル?」

「ええ、構いませんよ。寧ろ、この件に関してはティンクの方が適任でしょう」

「わかったー!」

「ま、待ってくれ!」


 出番ができたことに両手を挙げて喜ぶティンク。しかしピークはたまらずそれに抗議した。


「俺達が相手をしてほしいのはクワトルさんで――」

「おや、魔獣を倒せるティンクでは力不足だと?」

「そうじゃない! ティンクの実力を疑ってはいないが、ティンクは魔術師で俺達は戦士だ。戦い方が違いすぎて稽古には向かないと言っているんだ!」


 ピークのこの言い分は尤もである。パイクスとピークの目的は、ヴァンザルデンの様な強者と手合わせすることでその技術を吸収することだった。その為には手合わせの相手は二人と同じ戦士系のクワトルでないとダメなのだ。

 しかし、そんな事はクワトルでも分かっている。そして同時に、仮初戦士の自分では不適合なのも分かっていた。だからこそティンクなのだ。


「ではこうしましょう。まずティンクと手合わせをして、先にティンクを倒すことができた方から(わたくし)が相手をしましょう。それまでに(わたくし)は夕飯の準備をしておきます。ティンク、美味しい夕食を用意しておくので頑張ってくださいね」

「やったー! 任せて!」


 クワトルの提案に喜ぶティンク。


「いやだから、俺達は――」

「いいじゃねぇかピーク」

「パイクス!?」

「要は、ティンクを倒せないようじゃ稽古をする価値がないってことだろう? 分かりやすくて良いじゃねぇか!」


 パイクスの言っていることはクワトルの思っていることとは少し違ったが、取り合えずクワトルは流れに合わせて「そういうことです」と言って頷いておいた。


「お前が嫌なら、俺から先に始めるぜ!」


 パイクスはそう言ってティンクの前に立って向かい合う。


「それで、ルールはどうするんだ? そっちが決めていいぜ!」


 戦士と魔術師の一対一の対決。普通に考えれば魔術師が不利なので、パイクスはルールをティンクに決めさせて、バランス調整をしようとしているのだろう。

 ルールを任されたティンクは「う~ん」と少し考えてクワトルの方をチラリと見た。クワトルは既に夕食の準備を始めており、ティンクの視線に気付いたクワトルは一言だけ「好きに決めていい」とだけ言った。

 クワトルのその言葉に頷いたティンクは、錬金術を発動させて近くの木を一本切り倒し加工して、あっという間に二本の木剣を作り出した。

 その様を驚いた様子で見ていたパイクスとピークだったが、パイクスはティンクの意図をすぐに読み取った。


「戦士の俺相手に、剣での勝負をするつもりか? いくら何でもそれは無茶だぜ!」


 いくら魔獣を倒せる強い魔術師といっても、ティンクの見た目はか弱な少女だ。流石のパイクスもそんな相手と剣で手合わせするのは気が引けたようだった。

 しかしティンクはパイクスの言葉を首を横に振って否定すると、二本の木剣をパイクスとピークに一本ずつ投げ渡した。

 ティンクのこの行動に訳が分からないといった顔でお互いを見つめ合うパイクスとピーク。


「ルールは簡単! パイクスさんとピークさんが私に魔術を使わせるか、一撃でも加えることが出来たらそっちの勝ち。出来なかったらティンクの勝ちだよ!」

「「えええっ!?」」


 パイクスとピークが驚くのも無理はない。ティンクが提示したルールは簡単に言うと、戦士相手に剣も魔術も封印して素手で戦うと言っているのだ。常識的に考えて、魔術師が圧倒的に不利な条件であった。


「なんでそっちがハンデを負ってるんだよ!?」

「そうだぜ! そんなの簡単に終わっちまうじゃねえか!?」


 パイクスとピークはティンクにそう抗議したが、それにすぐクワトルが反論した。


(わたくし)はそれで問題ないと思いますよ?」

「なっ!?」

「クワトルさん!?」

「むしろその条件でティンクに勝てない様では、(わたくし)と手合わせするなんて夢のまた夢ですよ?」

「……分かった。それでいい」

「おいパイクス――」


 ピークが何か言おうとしたが、パイクスはそれを手を挙げて止めた。


「お前の言いたいことは分かるぜピーク。……だがな、向こうも引く気はないみたいだし、なにか考えがありそうなのも確かだ。ここは乗っかってみるのも悪くないだろう? それに、魔獣を倒せる魔術師が一対一で俺達相手に素手だけでどんな戦いをするのか興味もある!」


 パイクスの目は既に闘士と興味でメラメラと燃えていた。その目を見て何を言っても無駄だと察したピークは、口から出かけた言葉を渋々と飲み込んだ。


「……分かった。先行は譲ってやる」

「よしっ、こっちの話は纏まった! そのルールでいいぜ!」


 そう言って木剣を構えたパイクスを見て、ティンクは満面の笑みを浮かべてギュッと拳を握りしめた。


「いくぜぇ!」


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