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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第五章:絡み合う思惑

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75.動き出す世界3

「ラセツ、今戻ったぜ!」

「おお、よく戻って来たなタイラー!」


 受付に案内されてやって来たタイラーを、ラセツは椅子から立ち上がって出迎える。タイラーと握手を交わし来客用のソファーに座らせると、その向かいにラセツも腰掛けた。

 身長が3メートルを越えるラセツが同じソファーに座ると、どうやってもタイラーを上から見下ろす形になり、そこに威圧感が生じる。タイラーは馴れているのでそれに対しては何も思わないが、ラセツと面識が少ない人はその威圧感に押し潰されそうになる。

 ラセツもそれを分かっていて、わざとやっている。血気盛んになりがちなハンター達を簡単に黙らせるにはこれ以上にいい手段はないからだ。


「それで、どうだった?」

「大方の予想通り、ワイバーンの群れが峡谷の中に住み処を作っていた」

「やはりか……」

「これがそのワイバーン達が縄張りにしている範囲だ」


 そう言って、ワイバーンの縄張りの範囲を赤い線で正確に記した地図をテーブルの上に広げ、ラセツに見せる。ラセツは食い入るようにそれ見て、しっかりと隅々まで細かく確認する。


「……峡谷の大部分が縄張りか、かなり広範囲だな。それほどの数のワイバーンが群れていたのか?」

「ああ。ワイバーンの雌雄、そして子供も合わせれば、125匹の大集団だ」

「なんだと!?」


 タイラーが口にした数を聞いて、目を見開き驚くラセツ。

 それもそのはずだ。ワイバーンは生態系ヒエラルキーでも上位に入る種族だ。例え一匹でも、人類からすれば脅威の対象でしかない。子供でも人の大人を簡単に殺せるほど強いのだ。それが125匹、それも一匹一匹の“個”ではなく、群れという“集団”で見つけたと言うのだから、冗談にしても笑えない。それは最早、人類全体の脅威になりえるレベルの戦力であった。

 そんな驚異的な情報に戦慄するラセツ。しかしそんなことはお構いなしと言った風に、タイラーは追い討ちのごとくもう一つの爆弾情報を投下した。


「驚くのはまだ早いぞ? 普通そのだけの数のワイバーンが一つに纏まって暮らせると思うか?」

「ま、まさか……!?」

「そうだ、その数を率いているのはワイバーンキングだ!」

「ッ!!??」


 この情報には流石のラセツも頭を抱えて下を向いてしまった。

 ワイバーンの頂点に立つのがワイバーンキングだ。その強さは通常のワイバーンとは比較にすらならないほど強大で、『Sランクハンター10人で互角かどうか』と言われている。

 現役で活動をしているSランクハンターはタイラーとムゥを含めて6人しかおらず、人数が足りないので普通に考えて勝ち目はない。Aランクハンターも加えて戦力の底上げをするという手も無いことはないが、ワイバーンキングを相手にするとなると、Aランクハンターをいくら集めたところで圧倒的戦力差が覆るわけなく、足手まといにしかならない。まさに焼け石に水である。


「……タイラー、もし、SランクとAランクハンター全員と、貿易都市の戦力全てを投入したとして、そのワイバーンキングに勝てるか?」

「正直言って分からない。例え勝てても被害は尋常じゃないだろうな」


 タイラーの100点満点の解答に、「それもそうだな」と納得するしかないラセツ。


(……ならば貿易都市だけではなく、各国からも戦力の投入を打診するよう八柱に頼むべきか?)


 などとラセツが難しい顔をして考えていると、タイラーの口から考えの根底を引っくり返すほどの思いもよらない話が飛び出してきた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だラセツ。実はな、俺達は既にそのワイバーンキングと接触して友好的な関係を築くことに成功した! その時に、貿易都市と峡谷に住むワイバーン達との間に『相互協力不可侵協定』を結ぶ約束も取り付けてきている。あとはこの話を聞いて“上”がどう判断するかだけだ」

「なっ!? ちょっ、ちょっと待て! それはどういうことだ!?」

「そのままの意味だ」


 あまりにも突拍子すぎるぶっ飛んだ内容に、ラセツの頭は処理能力の限界を超え煙を上げてオーバーヒートした。

 ソファーに勢い良くもたれ掛かり天井を見上げるラセツ。ソファーがラセツの巨体に押されミシミシと小さい悲鳴を上げたが、ラセツにそれを気にするだけの余裕は無かった。

 そのまましばらく無言の時間が続き、その間に頭をクールダウンし終えたラセツは姿勢を戻すと、タイラーをじっと見据えた。


「タイラー……言いたいことと聞きたいことは山ほどあるが――」

「せめて一つにしてくれ」


 タイラーのわがままに、ラセツの口が一瞬止まった。


「――じゃあ、これだけ言わせろ。ワイバーンキング相手に勝手に接触するなんて、それがどれだけ危険な橋だったか分からないお前じゃないはずだ! 何故そんな無茶な行動を取った!?」

「それはもちろん理解している。……言い訳に聞こえるかもしれないが、ワイバーンキングとの接触は成り行きでそうなった」

「成り行きだと!? どんな成り行きがあればそんな事になるのか、言ってみろ!」


 そうしてタイラーの口から語られた成り行きを聞いて、ラセツはまた頭を抱えることになった。


 ………………


 …………


 ……


「……大体の経緯は分かった」


 疲れた顔でそう声を漏らしたラセツ。

 タイラーの話を聞けば聞く程頭が痛くなる気分に襲われたラセツだったが、慣れというものはかくも偉大で、ラセツは一生分の驚きをこの短時間で味わった事により、多少の事では動揺すらしない強靭な精神を獲得するに至っていた。


「しかし今の話、いくらSランクのお前の証言があったとしても、ワイバーンキングと協定を結ぶことになったなんて報告を“上”が簡単に信じるとは到底思えないな……。

 そんな突拍子のない話をすんなり信じるくらいなら、話している方の頭の状態を疑う方が何倍も簡単で楽だろうからな」

「まあ、そうだろうな」


 タイラーはラセツの言い分をあっさり肯定した。同じ立場だったら自分もそうすると思っているからだ。

 ワイバーンの調査に行ったらワイバーンが襲われている現場に遭遇し、それを助けたら群れのボスである脅威度が計り知れない魔物であるワイバーンキングから感謝され、友好的な話し合いができ、ついでに協定を結ぶ交渉をしてきたなんてとんでもない話、簡単に信じる方がどうかしている。


「そう言われるだろうと思って、こんな物を貰ってきてる」


 そうなることを予想していたタイラーは、収納魔術が付与されたアイテム袋から深緑色の塊を取り出して、テーブルの上にドンと置く。


「これは!? ま、まさか!」


 多少の事では動揺しなくなったはずのラセツだったが、タイラーが取り出した物を見た瞬間、心臓がビクリと跳ね、目を見開き驚いた。

 タイラーが取り出した物体は全体が光沢のある深緑色をしていて、片手には収まらない程の大きいだった。見た目は平たく滑らかに整形された石みたいだが、ラセツはそれが一体何なのか正確に見抜いていた。


「ワイバーンキングの鱗か!?」

「ああ、そうだ」


 ラセツは自分の言ったこともタイラーの肯定も信じられない気分に陥っていた。そんな気分を否定するために、ラセツは鱗を手に取って実感を感じようとした。

 手にしてみると、鱗の重さは見た目と反比例しているように軽かった。次に鱗を軽く叩いてみる。その軽さを証明するかのように、コンコンと軽快な音が鳴り響く。しかし同時に、ラセツは叩いた感触からその強固さも感じることができた。感触から推測して、鋼よりは遥かに硬いとラセツは推測した。

 そうして出た結論は、一つしかなかった。


「……どうやら本当に本物の鱗のようだな。なるほど、これを出されたら確かに信じるしかないな」


 ラセツはそう呟いて鱗をテーブルの上に戻すと、非常識な現実を噛み締めるように腕組みして、ソファーに体を預ける。


「この鱗はお前に預ける。だから、“上”にこの話をいち早く伝えて、早急な返事を出すように要求してくれ! ワイバーンキングの鱗を見せれば、嫌でも納得せざるをえないだろうからな!」

「ああ、分かった。ここから先は俺の仕事だからな、任せておけ!

 それじゃあ改めて、依頼達成ご苦労だった! 報酬は両パーティー分とも特別ボーナスを付けて受付に用意させておく! 明日には用意させるから受け取りに来るようにと、ドラゴンテールの二人にも伝えておいてくれ!」

「了解だ!」




 タイラーが部屋を出て行ってすぐ、ラセツは服を綺麗な服に着替え直し、髪を櫛で解かして身だしなみを整え始める。

 ラセツはこれからすぐにでも“上”、つまり上司である“八柱(オクタラムナ)”にタイラーから聞いた内容を報告しに行かないといけない。普段は服装に無頓着で自分好みの自由な服装を好むラセツだが、上司に合う手前服装や身だしなみはきちんとしておかなければならず、こうして着慣れない似合わない服でも着ないといけないのだ。


「……しかし、ただの調査依頼だったのがとんでもなくデカイ話に化けたもんだな。まったく、胃が痛いぜ……」


 そう言って腹の辺りを軽く押さえて擦るラセツ。しかし、ものは考えようだとすぐに考えを改めることにした。


「そうだな……、百を越えるワイバーンと戦うことになるよりかは、こんなもの百分の一くらいマシってもんだな」


 そう考えると不思議と気分が落ち着いていくような気がして、腹の痛みも少しは引いてきた。

 そうして準備を整え終えたラセツは、タイラーから預かったワイバーンキングの鱗を袋に仕舞って部屋を後にした。目指すは八柱が集まる重要拠点、そして貿易都市のシンボルでもある“中央塔”だ。


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