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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第五章:絡み合う思惑

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74.動き出す世界2

「ふっ! はぁああああ! でやあああああーーー!!」


 シュッ――! シュバッ――! ザシュッ――!!


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 月明かりに照らされる訓練所の中心で、短剣片手に肩で息をする男が立っていた。男の名は、パイクス。マイン領主軍の双璧と称される将軍の一人だ。

 パイクスの目の前には、短剣で切り刻まれ、無惨な姿となった訓練用の木人形が転がっていた。


「まだだ……、この程度じゃ、まだ……足手まといだ!」


 パイクスは新しい木人形を設置すると短剣を構えて、戦闘体勢を整える。


「ふぅー……、ふぅーー……」


 荒い呼吸を無理矢理整えて、神経を研ぎ澄ませ、集中力を高めていく。

 そうして全身に力を行き渡らせると――


「――ッ!!」


 フッ――


 パイクスの姿が一瞬で掻き消えた。


 ズガガガガガガガ――――ッ!!!


 次の瞬間、乾いたけたたましい音が訓練所に響き渡った。それと同時に木人形の全身に、切り傷と刺し傷が目にも止まらぬ早さで刻まれていく。

 そして数秒もしない内に、木人形は衝撃に耐えきれなくなり、粉々に砕け散った。

 パラパラと木屑になって崩れ落ちる木人形を、パイクスは荒い呼吸を整えながら見つめていた。


「はぁはぁ、……くそッ! まだだ! もっと速く、もっと強くならないと!!」


 悔しそうな口調で自分の未熟さを怒るパイクス。


「こんな時間まで何をしている、パイクス?」


 そこに突然、冷や水をかけるような言葉が聞こえてきた。

 パイクスが声のする方に振り向くと、そこにはパイクスと同じく双璧と称されるもう一人の将軍、ピークが木剣片手に立っていた。

 ピークの登場で昂っていた感情を強制的に抑えられたパイクスは、「チッ!」と聞こえるようにわざと舌打ちをして不快感を示す。


「何の用だピーク」

「お前に伝えることがあって探していた」

「そうか、なら早く用件を言え。俺は忙しい」


 興味無さげにそう言ったパイクスは、また新しい木人形を設置する。

 パイクスは再び集中力を高めて木人形のに技を叩き込む準備をしていたが、突然ピークが木人形とパイクスの間に入り、手にしていた木剣で木人形を叩き飛ばした。


「……何のつもりだ、ピーク?」


 思うような成果がでないことと修行の邪魔をされたイライラで、静かな怒りと殺気をピークに向けて放つパイクス。


「俺は忙しいと言ったはずだ。さっさと用件だけ伝えて出て行け!」

「俺もそのつもりだったが……気が変わった」

「なんだと?」

「なぁパイクス……ただの的でしかない木人形より、丁度良い練習相手が目の前にいると思わないか?」


 そう言ってピークは、木剣をパイクスに向けて構える。

 ピークの意図を理解したパイクスは、先程のイライラが何処へ行ったのかと思うくらいのニヤッとした笑みを浮かべる。


「……ああ、そうだなピーク、確かにその通りだ!」


 パイクスも短剣を構え、二人は対峙する。

 お互いに相手の隙を伺うがうが、二人の構えに隙らしい隙はなく、静かな時間が流れた。

 そんな状況に先にしびれを切らしたのはパイクスだった。


「――ッ!!」


 脚に貯めていた力を解放してバネのように勢いよく飛び出し、ピークとの間合いを一瞬で詰めると、大きく振りかぶった重い一撃を叩き込んだ。

 パイクスのこの攻撃は、鉄の鎧をも簡単に変形させる威力のある一撃だ。鉄より強度の低い木剣なんかでまともに受けたなら、木剣は一撃で粉々である。そして例え奇跡的に壊れなかったとしても、攻撃の衝撃によって受け止めた側の体勢は崩れることになり、大きな隙を作り出すことができる。

 どちらに転んでもパイクスに有利な状況になる……はずだった。しかしピークはその一撃を、木剣でいとも容易く受け止めてみせた。


「ははっ、流石だぜピーク! これを受け止めて何ともないとはな!」

「ふん、お前の攻撃はいつも単純だからな! 衝撃の逃がし方さえ心得ていれば、どうってことはない!!」


 そう言うと同時にパイクスを押し返して反撃の一撃を繰り出したピークだが、パイクスは素早く後方に飛んでそれを回避する。


「へっ! だったらいつも通り、その余裕をなくしてやるぜ!」

「出来るものならやってみろ!」


 そうして二人の激しい攻防のゴングが鳴った。

 まず攻撃に転じたのは、またしてもパイクスの方だった。先程よりも更に速く、最高速まで一気に加速してピークに襲い掛かる。しかしピークもその動きに冷静に対処して、またも攻撃を受け止める。


「おりゃああ!」


 そうなることを予想していたパイクスは、すかさず手が空いていた左手でピークの顔面に拳を突き出した。両手で剣を持ちパイクスの攻撃を受け止めていたピークにそれを防ぐ手はない。

 防げないなら避ければいい。咄嗟にピークは首を目一杯傾けて、パイクスの拳が描く軌道上から顔面を外す。パイクスの拳がピークの耳の横を掠めて、風を切る音と共に通過して行った。

 ピークは首を傾けた勢いをそのまま利用して体勢を変化させると、パイクスの横っ腹目掛けて膝蹴りを叩き込む。しかしパイクスは身軽な体を捻って、ピークの攻撃をあっさりと躱す。

 そのまま一度距離を取ると、再びパイクスが素早い動きで近づき攻撃を始める。疾風怒濤のパイクスの連撃を一つ一つ冷静に捌き、一瞬出来る隙を逃さずに反撃に転じるピーク。その反撃を全てを躱し、受け流して、またパイクスの連撃がピークに襲い掛かる。

 そうして攻守がコロコロと入れ替わりながら、二人の模擬戦は更に激しさを増していく。


 こういった模擬戦をパイクスとピークはよくやっている。二人がおこなう模擬戦は実戦形式であるため、基本的に何でもありで時間も無制限である。ただ一つ、決着方法だけはルールとして明確に決めてあり、その内容は『相手に一撃を入れるか、先に降参した方の負け』である。


 パイクスは獣人としての高い身体能力と身軽な体を活かし、素早く動いて相手を翻弄しながら速くて重い連撃を叩き込む戦闘スタイルだ。

 一方ピークは、幼少より磨き上げた達人級の剣術と武術、そして研ぎ澄まされた高い集中力で敵を冷静に処理する戦闘スタイルである。

 パワーとスピードのパイクス。技術と精神のピーク。全く違う戦い方をする二人だが、その実力は同等で拮抗している。それは、数十分経っても未だに勝負に決着の付かない様からも見てとれる。


 ――だが長く続いた勝負も、ついに決着の時を迎えた。


「そこだッ!」

「しまっ――!?」


 ピークの攻撃を受け止めたパイクスの態勢が一瞬だけ崩れたのだ。その隙を見逃すピークではなく、間髪入れずにパイクスの軸足を蹴り飛ばして完全に地面に転ばせた。

 パイクスはすぐに起き上がろうとするが、それよりも早くピークが木剣をパイクスの喉元に突き付けた。


「……俺の、負けだ……」


 パイクスが降参したことにより、ピークの勝利となった。


「これで88勝87敗5引き分けで、俺の勝ち越しだな」

「ふざけるなピーク! 89勝89敗2引き分けだろうが!? さば読んでんじゃねぇぞ!!」


 パイクスはそう叫ぶとピークの胸ぐらを掴む。


「お前より頭のいい俺がそう言ってるんだ、間違いがあるとでも?」


 そう言葉を返してピークもパイクスの胸ぐらを掴み返す。


「勝負ことに関しては堅物のお前より、俺の方が物覚えはいいんだぜ?」

「ああ……?」

「やんのか……?」


 敵対心剥き出しの目でお互いを睨む二人。一触即発の空気が流れ、二人は手にしていた武器を手離す。


「第二ラウンドと行こうじゃねぇか……?」

「望むところだ……!」


 その言葉をゴングに、第二ラウンド(殴り合い)の幕が開いた。




「……それで、何を悩んでたんだ?」

「……何の話だ?」


 顔面がボコボコになり、服装もボロボロになった二人は、肩で息をしながら揃って地面に仰向けになり、夜空を眺めていた。


「さっきの模擬戦、お前の動きには迷いがあった。色々考えて動くなんて、いつも直感で動くお前らしくない」

「へっ、だったら俺からも言わせてもらうが、お前は時々焦ってるように見えたぜ。いつでも冷静沈着なお前はどこ行ったんだ?」

「「…………」」


 二人の間に沈黙が流れる。

 しばらくしてから最初に口を開いたのは、パイクスだった。


「俺は、足手まといなんかじゃない……。あの時だって、俺もヴァンザルデンさんと一緒に魔獣と戦えたんだッ!」


 悔しさを滲ませ叫ぶパイクス。その目は微かに湿っていた。

 パイクスにとってヴァンザルデンは憧れだった。『ヴァンザルデンさんのように強くなる!』、その一心でヴァンザルデンに弟子入りして、毎日毎日血反吐を吐くような猛特訓に明け暮れた。

 その甲斐もあって、パイクスはヴァンザルデンに次ぐ“二将軍”の地位まで上り詰め、ヴァンザルデンの強さにはまだ及ばないにしても、共に戦えるぐらいにはパイクスは強くなった。

『これで、ヴァンザルデンさんの役に立つ男になった!』と、パイクスは思っていた。……しかし、ストール鉱山で魔獣と対面した時、魔獣の強大さを思い知らされた。『勝てるか分からない……』、それが魔獣を見た時のパイクスの正直な感想だった。

 それでも自分も戦えると強がってアピールしたが、ヴァンザルデンから投げかけられた言葉は、“足手まとい”の一言だった。

 パイクスにとってその言葉は残酷だった。しかしそれは疑い様のない正論であり、その言葉はストンッとパイクスの胸の中に落ちた。


 そこで初めて、パイクスは自分の驕りに気が付いた。

『役に立てなかった。悔しかった!』、魔獣と戦うヴァンザルデンの勇ましい姿を遠くで見ながら、パイクスの心の中には自分の弱さを嘆く行き場のない感情だけが渦巻いた。


 しかしそれが、パイクスの思考を転換させた。それからパイクスは真剣に考えるようになった。

 自分はどうして弱いのか? どこがダメなのか? どうすれば強くなるのかを……。そして、夜な夜な訓練所で特訓を重ねていたのだ。


「ヴァンザルデンさんに足手まといだって言われて悔しかった……。だからこうして特訓を重ねたっていうのに、結局はお前に負ける始末だ! ほんと、情けねぇぜ……」


 唇を噛んだパイクスの頬に、一筋の悔し涙が流れる。


「……お前は、強くなってるさ、パイクス」

「同情なんて要らねぇよ……」

「同情じゃない。ただ、俺の方がお前より強くなってただけだ」

「……どういうことだ?」


 パイクスはピークの言っている意味が分からなかった。答えを求めてピークの方に顔を向けると、ピークは上体を起こして木剣を握っていた。


「特訓をしていたのは、お前だけじゃないってことだ。……正直言って、俺はあの魔獣事件で強くなることを諦めた。どうやっても、魔獣とまともに戦える自分の姿を想像できなかったからだ。

 だが、お前は諦めなかった。夜な夜な密かに特訓を重ね、新しい強さを手に入れていくお前の姿を見て、俺は焦りに駆られたよ。お前に置いて行かれる気がしてな。

 ……だから俺も、お前に負けないように隠れて、お前以上の特訓をしてたのさ!

 だからこそ分かる。お前は間違いなく以前より強くなった! だがな、それよりもほんの少し、俺が強くなってただけだ」


 ピークの話を聞いて、パイクスはようやく理解した。ピークも自分と同じく、力が足りなかったことが悔しかったのだと。強くなろうと陰で自分以上に努力していたのだと。

 それが分かった途端、パイクスは心の(しこり)が取れたような気分になった。


「はは、なんだよ。俺達、似た者同士じゃねぇか」

「ああ、全くだよ」

「ふふふ……」

「ははは……」


 お互い可笑しそうにそう言うと、小さく笑った。先程までの危うさが漂う殺伐としていた表情は、もうそこには見受けられなかった。


「――そういえばピーク、俺に伝えることって何だったんだ?」


 笑ったことで思考が安定し、最初にピークが言っていたことを思い出したパイクス。

 あの時は結局、すぐに模擬戦を始めてしまったから内容を聞けていないままだった。


「ああ、それなんだが、マイン様が四大公会談に行かれる前に一度ここに戻るらしくてな。戻って来たらマイン様の執務室に二人で一緒に来いと、ヴァンザルデンさんからの命令だ」


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