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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第五章:絡み合う思惑

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73.動き出す世界1

 モランとエイミーが出て行ったところで、私はアインから受け取った封筒の裏に書いてあった差出人の名前を改めて確認した。

 差出人は、オリヴィエ・マイン公爵。プアボム公国四大公の一人だ。彼女の祖先と私の家系は昔からの長い付き合いがある。


 以前の魔獣事件の時もそうだったが、オリヴィエが私に手紙を寄越すのは大抵私にお願い事があるときだ。だから多分、今回もそんな感じの内容が書いてあるに違いない。

 そう思いつつ、封筒を開けて手紙を取り出して目を通す。手紙にはこう書いてあった。



『セレスティアさん、この前はどうもありがとうございました。エイミーはそちらで上手くやっているでしょうか? できればエイミーのそちらでの様子など、一筆したためてくれれば幸いです。

 早速本題ですが、今回お手紙を書いたのは数日後に行われる“四大公会談”にセレスティアさんも出席していただきたいのです。

 つきましては明日、セレスティアさんの屋敷に伺いますので、詳しい話はその時に。


 ――――オリヴィエ・マイン』



「なんというか、またいきなりね……。まあ、オリヴィエらしいといえばらしいわね」


 手紙を読んで、ついそんな感想を漏らした私の横で手紙を覗き見していたアインも、私と似たような感想を口にする。


「マイン公爵様は行動力の化身のような方ですからね」


 オリヴィエの家からこの屋敷までは馬車で数日掛かる。前回の時もそうだったが、手紙に『明日伺う』と書いてあることは、オリヴィエは既にこの屋敷に向かう馬車の中ということだ。つまりこの手紙は、今日私の元に届くことを計算して出されているのだ。


 オリヴィエはじっとしていることが嫌いだ。じっとして相手の返事を待つくらいなら、先手を打った行動を起こして相手に有無を言わせる暇を与えないのがオリヴィエのやり方である。

 オリヴィエは基本的に肉体派だが、脳筋ではなく頭の回転は優れている方だ。というよりそうでなければ、四大公なんて立場が務まるわけがない。


「では私は、マイン公爵様をお出迎えする準備にかかります」

「お願いね、アイン」


 アインはペコリとお辞儀をすると、部屋を出ていった。

 オリヴィエが明日来るのは確定事項で、今さら拒否は出来ない。というより、オリヴィエが来ることを拒否する理由が私にはない。

 それよりも気にしないといけないのは、『四大公会談』の方だ。名称からして面倒事なのは間違いなく、考えれば考えるほど無意識なため息が口から漏れる。


「……まあ、どうするかは話を聞いてからでもいいか……」


 あれこれ悩んでもどうしようも出来ないと早々に結論を出して、その日は早めに寝ることにした。




 翌日――


「セレスティア様、マイン公爵様をお連れしました」


 そんな言葉と共に応接室に入ってきたアインの背後に続いて、威圧感を醸し出す屈強な筋肉……じゃなかった、オリヴィエが姿を現した。

 いつもは似合わない格式張った貴族服を着ているが、今日はそれとは真逆の動きやすいラフな格好をしていた。ハッキリ言ってオリヴィエには今の格好がよく似合うのだが、そうなると貴族ではなく、完全な格闘家になってしまう。そんなオリヴィエの姿を見て、昔にその事が悩みの種だと言っていたのを思い出した。


「セレスティアさん、お久しぶりです!」

「久しぶり、オリヴィエ!」


 そんな懐かしい思い出を一旦仕舞って握手を交わすと、オリヴィエは私の対面のソファーに腰掛けた。


「それにしても、今回も急な来訪だったわねオリヴィエ? お陰でもてなす準備があまり整わなかったわよ?」

「はは、忙しいところすいませんでした。どうもこれは私の性分でして、ついいつも通りのことをしてしまうんですよ」


 私の嫌みを軽く受け流すオリヴィエ。


「お詫びと言ってはなんですが、馬車に鉱石などの素材や新しい研究器具を積んできたので、それで許して下さい」


 ……まったく。この私を物で懐柔しようだなんて――


「アイン!」


 私が名前を呼ぶと、部屋の前で待機していたアインが入ってくる。


「お呼びですか?」

「オリヴィエの馬車に積み荷があるらしいから、それを私の部屋まで運んでちょうだい! それと、エイミーにお菓子も持ってくるように伝えて!」

「かしこまりました」


 アインは一礼すると、荷物を受け取りに行った。

 貰える物は貰える時に貰っておく。それが私の持論だ。


 しばらくするとエイミーがティーセットとお茶菓子を運んできて、私とオリヴィエのカップにお茶を注いでくれる。カップとソーサーがテーブルの上にカチャリと心地の良い音を立てて着地すると、お茶の良い香りが鼻孔を擽る。


「……相変わらず、エイミーの入れたお茶は美味しいわね」

「ありがとうございます、マイン様」


 それからオリヴィエとエイミーは久しぶりに再開したこともあり、近況を交えた雑談を少しだけ交わした。

 オリヴィエもエイミーも少し前まではお互いに毎日顔を会わせる間柄だったので、いざ会えなくなると寂しくなったのだろう。

 私は空気を読んで、二人の雑談が終わるまでお茶菓子を頬張り待つことにした。




 雑談を終えてエイミーが部屋から出て行ったところで、私は早速今日の本題を切り出した。


「さてオリヴィエ、私を“四大公会談”なんかに連れて行って、一体何をさせるつもりなのかしら?」

「そんな怖い態度をしないで下さいよ……」


 ……別に私は脅してるつもりはない。ただ、あまりにもいきなり過ぎる申し出をして来たオリヴィエの真意を確かめたいだけだ。


「四大公会談は、私達四大公が集まり国の方針を決めたりする会談のことです。その場ではいろんな議題を話し合うのですが、次の議題がストール鉱山に出現した魔獣に関してなのです。

 ですが、正直なところ魔獣の生態は謎が多く、私達四大公のみでは情報不足で有益な会談にならないと判断しました。

 そこで! 会談を有意義に進める為にも、是非セレスティア様にアドバイザーとして出席していただきたいのです!」


 なるほど……と、説明を聞いて私は小さく呟いた。オリヴィエの言い分は理にかなっていて、おかしな所はない。

 ……しかし、私は一つだけどうしても聞かないといけないことがあった。


「……本音を言ってみなさい?」


 私のその言葉を聞いたオリヴィエは、容姿に似合わず体がビクッと小さく跳ねると、目線がスーっと逸れていく。

 私は分かっている。オリヴィエが今みたいに口を熱くして説明口調を使う時は、大抵それで何かを隠そうとしているのだ。だから私はオリヴィエの我慢が早く限界を迎えるように、疑いの目でじっと睨み続ける。

 私の睨みを受け続けて視線を逸らしながら汗をだらだらと流すオリヴィエだったが、すぐに限界を迎え、諦めた様子で語り始めた。


「……実は、ストール鉱山でセレスティア様を見た者達には口止めをしっかりしたのですが、私の立場上仕方なく、四大公には事実を包み隠さず話したんです……。

 最初はセレスティアさんのことをある程度は隠そうとしたのですが、他の三名から『魔獣を倒せるほどの力を持った存在を自分だけの味方にするつもりなのか!?』と問い詰められてしまい……。それでもなんとか誤魔化そうとしたのですが、四大公協定の『情報提示の義務』を持ち出されてしまって……」

「……つまり他の四大公達が『私に会わせろ!』、『連れて来い!』って言っているのね?」

「単的に言えば、そういうことです……」


 見た目と似合わない、弱々しい声で申し訳なさそうにそう打ち明けたオリヴィエ。……流石にかわいそうになってきた。

 オリヴィエもそうだが、マイン公爵家は今までずっと私に面倒が降りかからないように、情報を上手く操作して頑張ってくれていたのは知っている。

 ただ、ストール鉱山の魔獣に関しては、あれは私に頼らなければマイン領やプアボム公国全体に大打撃を与える可能性が高い、非常に危険な案件だった。だから私を頼る判断を下したオリヴィエを責めるつもりはない。

 それに、その後の情報規制の手際をみてもオリヴィエは完璧にこなしていた。


 それでもオリヴィエが他の四大公に事実を話した理由は、オリヴィエも言っていたが、オリヴィエの立場を考えれば仕方ないことだった。

 国というのは、普通であればトップに立つのは一人だけだ。しかしプアボム公国は、オリヴィエを含む四大公と呼ばれる4つの大貴族家がトップに立つ国だ。トップが複数いる場合、全員の立場が同等でなければ国を動かすことなんてできない。だから四貴族家の立場は同等で、情報の秘匿は基本的に御法度なのだ。

 もし今回のように他の四大公から情報の提示を求められてそれを断りでもしたなら、良くて制裁措置、最悪の場合は四大公の立場を剥奪された上にお家取り潰しである。


「……はぁ、わかったわ。四大公会談に出てあげるわ」

「ありがとうございます……!」


 申し訳なさそうな声で深々と頭を下げるオリヴィエ。


「オリヴィエの為だもの。それに私が関係ある以上、オリヴィエだけに全てを任せるわけにはいかないわ」


 そう、こうなったのはオリヴィエの所為じゃない。私が魔獣を倒すのに派手にやり過ぎただけなのだ。もしあの時、鉱山に集まっていた戦力全員で魔獣と戦っていたなら、私の存在は戦闘に参加した強者の一人程度で済まされて、他の四大公から注目されて呼ばれることもなかったはずだ。

 しかしそうしていたなら、あの魔獣の強さを考えれば最低でも数十名の死者が出ていたのは間違いない。被害を最小限で押さえるために私とクワトルとティンクの少数精鋭で挑む判断をしたのは、今考えてみても間違いなく正解だった。

 だからこうなることは、ある意味で予定調和、もしくは自業自得というものだった。


「それで、私はいつ、どこに行けばいいのかしら?」

「私の馬車に乗っていただければ、四大公会談の場まで一緒に向かいます。時間は……そうですね、明日の朝にここを出発できれば十分間に合うと思いますよ」


 私の質問にオリヴィエは考える時間をほとんど使わずサッと答える。


「……オリヴィエ、まるでこうなることを予想してたような返答の早さね?」

「常にどんなことにも対応できる手を打っておくのは、上に立つ者の責務ですから」

「それもそうね。それじゃあお言葉に甘えて、乗せてもらおうかしら?」

「お任せください!」


 四大公会談に出席することを決めた私は、すぐにオリヴィエと四大公会談の打ち合わせをおこない、ミューダに出かける事を伝え、その日は早めに床に就いた。

 そして翌朝、私とオリヴィエを乗せた馬車は四大公会談が開かれる会場に向かって走り出した。


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