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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第四章:セレスティア一派活動日誌

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64.それぞれの日々・クワトル&ティンク編5

「……いたな」


 物陰に姿を隠すタイラー達の視線の先には、2体のワイバーンが門番の様に谷を挟んで鎮座していた。


「これで、7ヶ所目か……」


 地図に新たな赤丸を追加するタイラー。その位置は、タイラーが指差して予想した位置とほぼピッタリ重なった。


「タイラーの予想通りだったわね」

「こうなってくると、この後の予想は簡単に出来ますね」

「ああ。おそらく、次はこの辺りだろう」


 タイラーは次に、ワイバーンが門番をしているであろう場所を指で示す。

 ムゥとクワトルもタイラーと同じ予想をしており、頷いて同意の意思を示した。


「よし、行くぞ」

「――えっ……待って!?」


 次の予想地点に移動しようとしたその時、周囲の索敵に専念していたティンクが慌てた様子で全員の足を止めた。その様を見て、全員がまた物陰に隠れる。そしてそれぞれ武器を構えて、臨戦態勢をとった。

 咄嗟の事だったが、事前に索敵担当のティンクが異常を察知したら直ぐに臨戦態勢をとると決めていたので、全員の動きに迷いはなかった。


「何があったティンク?」

「……何かがこっちに向かってきてる」

「ワイバーンか!?」


 全員の武器を持つ手に力が入る。


「ううん違う、もっと小さい。大きさからして、多分……人。10……ううん、11人! 森の方からこっちに真っ直ぐ向かって来てる!」

「人だって!? 何でこんな所に!」

「しかも11人ですか……」


 この峡谷は街道から外れて森に入り、獣道を歩いてこないと辿り着けない秘境である。正直言ってタイラー達みたいに用事でもない限り、ホイホイと簡単に足が向く場所ではない。

 それに人数が11人という大人数で、迷った素振りもなく真っ直ぐタイラー達のところに向かっていることから、目的があってこの場所に来たことは明らかだった。


「何者でしょうか?」

「私たちと同じハンターなんじゃね?」

「いや、それはない。俺達が依頼を受けた時に、ラセツがこの峡谷周辺に立ち入らないように他のハンター達に警告を出すと言っていた。あの組合長直々の警告を無視できるハンターはいないだろう」

「「「「「「確かに……」」」」」」


 タイラーの意見に全員が頷いた。


「とりあえず、ワイバーンと鉢合わせする前にそいつらを止めるぞ。事情を聞くのはそれからだ」


 向かってきている11人の姿はまだ見えていない。今からタイラー達がその集団の方に向かって移動すれば、ワイバーンから離れた位置で鉢合わせできて、安全に話が聞ける。

 ムゥとクワトルもタイラーと同じ考えでいたようで、行動は直ぐに開始される……はずだった。たった一人、違う意見を出さなければ。


「それはダメ!」


 そう言って止めたのは、ティンクだった。


「こっちに来てる人達、何かおかしい……。一人は強い力を持ってるけど、残りの人達の魔力は普通じゃない……。嫌な感じがする……。上手く言えないけど、魔力の形は人だけど人じゃない感じだよ……」



 ◆     ◆



「フー、シュルル……!」

「フシュゥゥゥ……!」


 谷間を挟んで鎮座していた2体のワイバーンはゆっくりと立ち上がると、目を細めて谷間の先の一点を鋭く睨む。

 息を長く吐くような鳴き声には、明らかな警戒の色が籠っていた。


「おやおや、どうやら当たりのようですね」


 ワイバーンの睨んでいた方向から、白いフードで全身を隠した人物が現れた。その人物、声からして男だが、狂暴なワイバーンを目にしても動揺や驚愕した様子はなく、むしろ目にできたことを喜んでいるようだ。

 その不気味な男の背後には、男と同じ白いフードを身に付けた人物が10人、隊列を組んで男の後ろを付いて歩いていた。


 そんな怪しげな男を見て、ワイバーンは警戒の色をより一層濃くすると、声を鳴らして威嚇をし始めた。しかし男はワイバーンの威嚇音が聞こえていないのか、臆した様子もなく、むしろ嬉々とした足取りでワイバーンに近付いていく。

 それは勇気ではなく、ただの無謀である。自殺志願者なのではないかと、常人の目には満場一致でそう見える行動だった。

 だが男からは恐怖や絶望といった暗い雰囲気は感じられず、それとは真逆の絶対的な自信から来る明るい余裕があった。

 “異常”……それ以外に男を体現する言葉はなかった。


 そんな男に対してワイバーンは攻撃体制に移るために、翼を大きく広げて上空に飛び立とうとした。


「おっと、させませんよ」


 だがそれよりも早く、男の方が動いた。

 男は手をかざすと一瞬で魔力を手の平に集めて、片方のワイバーンに向けて魔力弾を発射した。

 勢いよく打ち出された魔力弾は男の狙い通り正確に飛んでいき、ワイバーンが広げた強固な翼をあっさり撃ち抜いた。


「ギャウウウウウーーーーッ!?」


 あまりにも突然で予想外の出来事に、翼を貫かれたワイバーンは痛みで体勢を崩し、もう一匹のワイバーンはその様を見て驚いた。そして自分の翼も撃ち抜かれないように、咄嗟に翼を小さく畳んで姿勢を低くする。


「空を飛ばれたら仕留めるのが面倒ですからね。大人しくそこに座っていてください」


 男は丁寧な口調でそう言ったが、そこに慈悲や優しさなんて物はなかった。男はワイバーンを獲物としか見ていない。狩られるだけの得物に慈悲を掛ける狩人はおらず、男もその例外ではない。

 生物界でも指折りの強さを持つワイバーン相手にそんな態度を取れるのは、男が自分の強さがワイバーンよりも勝っていると確信しているからだ。そしてそれは、実際にワイバーンの翼を撃ち抜いた事からも明らかだった。


「フ、フシュゥゥゥ……」

「ギャオ、ギャオ!?」


 もう一匹のワイバーンが翼を貫かれたワイバーンを心配するように声をかける。


「ギャゥゥ……! ギャオ! ギャオオオーー!!」


 翼を貫かれたワイバーンは滅多に味あわうことのない痛みと、格下である人に傷を負わされた屈辱に顔を歪めながら、もう一匹のワイバーンに向かって大きく叫んだ。


「――ッ!? ギャウ!!」


 もう一匹のワイバーンはその叫びを聞いて一瞬躊躇ったが、意を決した様子で翼を勢いよく広げて再び飛び立とうとする。


「やはり知能があっても魔物は愚かですね。大人しく言う通りにしていれば、苦しまずに死ねたものを……」


 男は手をかざして魔力弾を放つ。狙いは先程と同じでワイバーンの翼だ。放たれた魔力弾は一瞬にして最高速度に到達し、先程と同じようワイバーンが広げた翼に向かって正確に飛んでいき貫く……はずだった。


「ギャオオオオオーーーー!!!」


 ズドドドドドッ


 男の魔力弾の射線上に翼を貫かれたワイバーンが飛び出し、全ての魔力弾をその身で受け止めてもう一匹のワイバーンを庇ったのだ。

 翼よりも強固な胴体で攻撃を受けたため貫通こそしなかったが、直撃した部分は鱗が吹き飛び、肉が抉れて穴が空き、そこから大量の血が飛び散った。

 この捨て身の行動のおかげで生まれた一瞬の隙をもう一匹のワイバーンは無駄にはしなかった。翼を大きく羽ばたかせて一気に空に飛び上がると、ぐんぐん高度を上昇させて渓谷の奥に飛び去っていった。


「……まさか、仲間を逃がすために自らの身を犠牲にするとは……」


 翼に穴が空いて十分な浮力を得ることができずに谷底に落下してきたワイバーンを見て、男はワナワナと全身を震わせた。

 “悔しさ”? “怒り”? ……違う。それは――、“喜び”だった。


「素晴らしい! 素晴らしい行動です!! 同族の為に命を投げ出し守る! なんと知能溢れる勇気ある行動でしょうかぁ!!」


 男は歓喜に打ち震え、両手を高々と挙げて天を仰いだ。


「神よ……見ておられますか? この者は生まれ変わる資質を持っています。これよりそちらに行くこの者の魂を、どうかその慈悲をもって新しい“聖なる命”に生まれ変わらせたまえ……」


 男が片膝を付いて両手を組んで天に祈りを捧げると、男の後ろにいた10人も同じ様に祈りを捧げる姿勢を取った。


「ではこれより、“転生の儀”を執り行う! 下準備をしなさい!」


 男がそう命令すると、男の後ろにいた10人全員が立ち上がり一斉に剣を抜いた。

 そして男は満身創痍のワイバーンに近付き、子供をあやす様な優しい口調で説明し始めた。男がこれから行おうとしている儀式の説明を。


「あなたの行動はとても素晴らしいものでした。ただ殺すのは惜しいので、これからあなたを“聖なる命”……『人』に生まれ変わらせることにしました!

 “転生の儀”では、まずあなたの身体を生まれ変わる人に近づけます。具体的には、人には不必要な鋭い牙、尖った爪、大きな翼、太くて長い尻尾、全身の鱗を全て取り除きます! その際に痛みが多少伴いますが、人に生まれ変われる喜びに比べたら大したことはありません。

 どうですか? 嬉しいですか? 嬉しいですよね!? 私も嬉しいですよ! 新たな“聖なる命”が増えるのですからねぇ!!」


 熱のこもった役者のような動作で、興奮した様子で嬉々として熱弁する男。

 ワイバーンは激しい痛みと薄れていく意識の中で男の言葉を聞いていたが、男の言っている意味を理解することができなかった。ただ、自分の身体を使って良くない何かをしようとしている、そのことだけは理解できた。

 ワイバーンは知能が高い魔物で、人の言葉を理解できる数少ない魔物だ。ただ言葉を話す『声帯』が備わっていないので、会話が出来ないだけなのである。


 ワイバーンの傷は致命傷で、このまま放置されても確実に死んでしまうのはワイバーン自身理解していた。反撃しようにも既に大量の血を失っており、身体を動かすことすら出来なかった。


「フ……、フシュウゥゥゥ…………」

「おお!! そうですか!! あなたも嬉しいのですね!?」


 せめて嫌味の一言でも言ってやろうと弱々しい唸り声をあげてみたが、その意味を男が理解できるわけもなく勝手な解釈をされて男を喜ばせるだけだった。


「ワイバーンも今か今かと待っていることですし、儀式を始めましょう!」


 男の号令で剣を構えた10人が、ワイバーンに向かって歩みを進める。

 ぼやける視界でそれを見つめ、迫り来る死を感じ、ワイバーンは瞳を閉じた。

 その時だった――


 ドォーーン!


 突然、空気を切り裂く爆発音が木霊した。

 熱のこもった爆風がワイバーンを優しく撫でて、細かい砂が身体にパラパラと降ってくる。


「なっ、何事だッ!?」


 男が慌てて叫んでいる。

 ワイバーンは残った力を振り絞って再び瞳を開いてみた。

 そして目にしたのは、先程剣を構えていた10人全員が飛び散った砂や小石と共に、激しく回転して宙を舞っている光景だった。吹き飛んだ10人は録な受け身も取れずに、重力の赴くまま鈍い音を立てて地面に落下した。

 そして砂煙が晴れた向こう側には、7人の武装した集団が立っていた。


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