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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第三章:訪れる者達

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34.新たな来訪者6

「――それで私は気絶して、気付いた時にはアインさんに介抱されていました」

「…………」


 モランの話を聞いて私は頭を抱えた。そして再認識した。


 ――スペチオさん、バカなのか?


 スペチオさんが他人を驚かすのが好きなのは知っている。スペチオさんは他人が驚き、ビックリしている顔を見るのが大好物だ。

 だけど、スペチオさんはいつもやり過ぎる。驚かすために色々するのだが、それは大抵過激になり過ぎて洒落にならない。


 モランの背後に突然現れたのは、スペチオさんからすれば『背後から突然声をかけられビックリする』というシチュエーションのつもりだったのだろう。そして、竜の姿で現れたのは驚き度合いを上げる為だったのは間違いない。

 確かに人を驚かすのにそれは定番であり、鉄板のシチュエーションなのだが、竜の姿で現れたのが不味かった。

 モランからすれば、背後から突然声をかけられビックリしただろう。しかし振り返ってみれば、そこにいたのは生態系の頂点に君臨する『竜種』だったのだ。

 これはもはや『驚愕』を通り越して『恐怖』だ。


 更にスペチオさんは魔術を放った。多分、自分の凄さを見せつけて更に驚かせようとでも思ったのだろうが、ここで考えてみてほしい。モランからすれば、伝説に語られる程の圧倒的強者の存在である竜種というだけでも恐怖を覚えるというのに、それが自分に向けて魔術を放とうとしていればどう感じるか? ――きっとそれは『死』だっただろう。


 幸いにもスペチオさんの魔術はモランには直撃はしなかった。そこはスペチオさんが上手くコントロールしたお陰である。

 しかし、モランは魔術が放たれた瞬間、本能が死を悟って気絶してしまったのだ。

 そんな経験をしてしまったモランは、スペチオさんという存在そのものがトラウマになってしまったという訳だ。


「あー! セレスティア様たち、もう食べてるー!」


 モランの話を聞き終わったところで、食堂の扉を開けたティンクが、私達が先に夕食を食べていたのを見て声を上げた。


「ティンクも一緒に食べたかったのにー!」

「ごめんねティンク。でも、あなた達の特訓はいつもいつ終わるか分からないから私達も待てなかったのよ。それで、特訓はもう終わったの?」

「いいや。今日はティンクも疲れてるようじゃしの、特訓の続きは明日、万全の状態ですることにしたのじゃ」


 私の質問に答えるようにティンクの後ろからスペチオさんが現れて食堂に入って来た。

 スペチオさんの言葉に「なるほど」と納得し、私はクワトルにティンクとスペチオさんの食事を用意するように言った。

 ティンクは自分の席に座り、スペチオさんがその隣に座ろうとしようとしたところで、私はスペチオさんの腕をつかんでそれを止める。


「……何のつもりじゃセレスティア?」

「スペチオさんには食事の前に話があるの。……ちょっと来てくれるかしら?」

「何故じゃ? ワシは今からティンクと一緒に食事を――」

()()()()()、くれるわよね?」


 私はそう言って、ニコッと笑みを浮かべて丁寧にお願いしてみる。

 すると、私の天使の様な笑みと丁寧な言葉使いにスペチオさんも心を動かしてくれたようで、「……なるべく手短にな」と言って、降ろしかけていた腰を浮かせてくれた。


「全く、そんな怖い顔をされたら断れんじゃろうが……」


 怖い顔とは失礼な! こんなにも優しい笑顔でお願いしたというのに!

 だが、ここでそれを突っ込んだら話が進まないような気がしたので、私は華麗にスルーしてスペチオさんを連れて食堂を出た。


「……セレスティア様、目が全然笑ってなかったね。何かあったのモランちゃん?」

「ええと……なんだろうねー? あははは……」




「それで、話とはなんじゃセレスティアよ。こんな所まで連れて来るとは、他の者に聞かれたら不味いことなのか?」


 スペチオさんを連れてやって来たのは、私の自室だ。特別実験室に向かう階段を降りた地下1階に私の自室はある。

 もちろん食堂からわざわざここに来たのは、スペチオさんの言う通り、この話を他の人に聞かれないようにするためだ。

 だが、この話を聞かれたら不味いのは私ではなくスペチオさんの方である。


「他の者と言うより、正確にはティンクに聞かれたらと言うべきかしらね。そして、もし聞かれたらティンクの中でスペチオさんの評価が下がるかもしれないから、そうならないようにわざわざ私の自室まで連れて来てるのだから、ありがたく思ってほしいわね」

「な、なんじゃと!?」


 スペチオさんにとってティンクからの評価は一番大切にしていることなので、私の言うことが本当であるなら、それはそれは一大事だろう。現にスペチオさんは、私の言葉を聞いて目を見開き、声には明らかな焦りの色があった。


「モランとアインから聞いたけど、スペチオさん、モランを驚かせるのに竜の姿で現れたそうね」

「ああ、あの翼人族の少女か。そうだが、それがどうした?」

「実はスペチオさんが竜の姿で現れたせいで、モランが驚きすぎちゃって、それでスペチオさんを恐がってしまってるの。簡単に言えば、スペチオさんがトラウマを作ったということね」

「それで、それとティンクがどう関係するのじゃ?」


 スペチオさんのその言い方には反省の色というのが微塵も感じられなかった。

 まあ、スペチオさんは基本的にティンク以外は気にかけたりしない。ここでそれを指摘しても話は進まないので、その事は今はスルーすることにした。


「モランはここに来て日は浅い。だけど、ティンクとは既にかなり打ち解けていて、見ている限り友達と呼べる間柄になっているわ。感性も近いものがあって、ティンクにとってモランは初めて出来た『対等に話せる友人』よ。その友人が自分の父親にトラウマを植え付けられたと知ったら……高い確率でティンクはスペチオさんを非難するでしょうね。『お父さん! モランちゃんに酷いことするなんて最低!!』……なんて言われるかもしれないわね」


 私の話を聞いて、ようやく自分の犯した過ちに気付いたのか、顔面蒼白になり、スペチオさんは目で見て分かるほど大量の冷や汗を流していた。


「もしティンクにそんなことを言われたら……スペチオさんは耐えられるのかしら?」


 私のその言葉がトドメになったようで、スペチオさんはその場に膝を付いて崩れ落ちると、悲痛な声で叫んだ。


「そんなの耐えられんんんんーーッ!!」


 ………………


 …………


 ……


「……ワシは、どうしたらいいのじゃ……?」


 気の籠っていない声でスペチオさんはそう呟いているが、こればかりは自業自得と言わざるをえない。だけど、このままにしておけば、確実に泣き付かれて鬱陶しい事になりそうで放っておくわけにもいかない。なので、私はスペチオさんに解決策を提案することにした。……まあ、元々そうするつもりでここに呼んでるんだけどね。


「スペチオさん、一応私に考えがあるのだけど……どうする?」

「た……頼む、教えてくれ! ワシに出来ることなら何でもするぞ!」

「それじゃあ、スペチオさん……モランに謝りなさい。それも誠意をたっぷりとしっかり込めてね!」


 私のその提案にスペチオさんは迷うことなく「わかった!」と即答した。

 スペチオさんの返事を聞いた私は、食堂にいるアインに『念話』を繋いで、モランに私の自室に来るように伝えるように頼んだ。




 ――コン、コン。


 アインに頼んでからものの一分足らずで、扉をノックする音が自室に響いた。

 それに続いて、モランの声が扉の向こうから聞こえてくる。


「セレスティア様、モランです」

「入りなさい」


 モランは扉を開けて私の自室に入って来ると、スペチオさんの姿を見て一瞬ビクッと肩が震えた様に見えた。それでも、モランは必死で平静を保ち言葉を紡ぐ。


「……セレスティア様、御用は何でしょうか?」

「ああ、それは――」

「モランちゃん、驚かせてスマンかったぁ! このとおりじゃあッ!!」


 私が言い終わるより早く、スペチオさんが動いた。

 跳躍してモランの目の前に着地したかと思うと、そのまま両膝を床に付け、両手を前に出し、勢いよく頭を下げた。

 それは、あまりにも洗練された無駄のない動きの土下座だった。


 ……そこからが大変だった。まず私は、突然の出来事に困惑してワタワタと慌てて気が動転したモランを落ち着かせて、見事な土下座を決めたスペチオさんをなんとか説得し起き上がらせることに成功する。

 それからモランに事情を説明して、スペチオさんがモランを恐がらせてしまったことを謝罪するつもりであることを伝えた。

 そんなこんなで、私が上手く仲介したことにより、モランはスペチオさんの謝罪を受け入れた。

 これでスペチオさんの人柄を知ったモランは、スペチオさんを見る目が変わるだろう。モランのトラウマもマシになって、多少はスペチオさんと普通に接することが出来るようになるはずだ。


 ……それにしても、なんで私がここまで必死になって色々仲介してるのだろう? よくよく考えたが、結局のところ全部スペチオさんが原因だという結論に至った。

 ……後でスペチオさんに「貸し一つ」と言っておこう。


 こうして、この一件は無事に解決したのだった。


スペチオの一件はこれでお終いです。


しかし時系列で見ると、たった一日の間に魔獣と戦い、屋敷に戻ってスペチオの一件を解決する……。どうしてこんなに内容の濃い一日になってしまったのか……。


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