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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
最終章:覚醒の錬金術師

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176.偉大なる母の加護

「セレスティア、こっちにいらっしゃい」


 ……懐かしい声がした。

 その声に反応するように目を開けると、そこには両手を広げるお母さんの姿があった。


「はい、お母さん!」


 元気良く返事をしながら私の横を通り抜けてお母さんの腕の中に飛び込んでいくのは、幼い頃の私だった。年齢的には10歳の頃だ。

 ああ、懐かしい。これは私の記憶だ。すぐにそう認識できた。

 この記憶を見るのは百数十年ぶりだろうか。生前のお母さんの部屋の雰囲気も、変な曇った丸眼鏡をかけたお母さんの姿も、何もかもが懐かしく感じる。


(そうか、私が最後に死んだのは、もうそんなにも前だったのね)


 思い返すと本当に懐かしい。

 私が最後に死んだ直後くらいにミューダとスぺチオさんがティンクを連れて屋敷にやって来たんだっけ。そこからアイン、ニーナ、サムス、クワトルが当時のマイン公爵に連れられて屋敷にやって来て、皆で暮らし始めたんだった。

 それから私は特殊ゴーレム化技術の開発に成功して、肉体を作り替えたことで不老になれた。そして今日まで私が死ぬことはなかった。

 ……まあ、ついさっき殺されてしまったけどね。


「今からセレスティアにプレゼントをあげるわ」

「ほんと!?」

「本当よ。さあ、目を閉じて」


 記憶の中の私は素直に目を閉じる。

 そしてお母さんは私の胸に手を近付け、魔術を発動させた。

 しかし特にこれと言って何かが起こるわけでもなく、お母さんはすぐに魔術を解除して手を離し、目を開けるように言う。


「……今のがプレゼント?」

「そうよ。セレスティアにプレゼントしたのは、私の加護。大魔術師であるこの私、『ノルン』直々の特別な加護だから、この先何があってもこの加護がセレスティアを助けてくれるはずよ」

「えー、私何も貰った感じしなかったよ! 私そんな形の無いものじゃなくて、新しい実験道具とかがほしいッ!」


 今振り返ると、なんて可愛げの無い要求をする子供だったのだろうか。

 自分の過去なのに見ていて恥ずかしくなってくる。


「ふふ、じゃあそれはお父さんにお願いしてみなさい。きっと用意してくれるわ」

「うん分かった!」


 元気よく返事をしてお母さんの部屋から出ていく私。

 記憶はそこで途切れて暗転する。


 ………………

 …………

 ……


 次の記憶は、約20年後。

 お母さんの遺品整理をしている場面だ。

 お父さんが亡くなった2年後に、お母さんもそのあとを追うように亡くなった。

 そんなお母さんが亡くなる直前に、「私の部屋の物はしっかり整理しておいてね」と言い残した。

 生前はあまり部屋の物に触らせてくれなかったお母さんにしては珍しい言葉だったので、この時の私はお母さんの部屋にある物を一つ一つ丁寧に見て調べていたのを覚えてる。

 そして私は、お母さんからのあの手帳を見つけたのだ。


「これは……遺書?」


 鍵付きの引き出しの中から見つけたのは、私宛の名前が掛かれた封筒と一冊の手帳だった。

 封筒を開けて手紙を読む記憶の中の私。私もその後ろから覗き込むようにして、手紙の内容を思い出していく。


 ――――――――――

 セレスティアへ。

 あなたを一人にしてしまう母を許してね。

 本当は私の口から直接伝えるべきなのでしょうけど、こうした方がいつでも見返すことが出来るから、文字に残すことにしたわ。

 セレスティアが子供の頃、私が特別な加護を与えたのを覚えてる?

 あれは元々私が自分自身に掛けていた魔術なの。それがあったからこそ、私は長い時を生きることが出来たわ。

 その魔術も今はセレスティアに託したから、上手く使いこなすのよ。

 詳しいことはこの手紙と一緒に置いてある手帳に記してあるから、しっかり読んでね!

 ――――――――――


 手紙に書かれていたのは、とても遺書とは思えないほどにいつも通りな明るい調子のお母さんの言葉だった。

 この時の私は、遺書くらい真面目に書けばいいのにと思ったけど、これはこれでお母さんらしいとも思って笑みがこぼれたのを覚えている。


 記憶の中の私はお母さんの手紙通りに手帳を開いて、中身を読み進める。

 そして、そこに記されていた内容に度肝を抜かれた。


「セレスティアに施した加護は『輪廻逆転』と名付けた私が開発した魔術。これは個人を構成する情報全てを魂に記憶し、その魂本体を別次元空間に保存するという魔術。その際、現実の肉体には複製された魂が宿る。もし現実の肉体が死亡した場合、複製された魂は消失し、魔力は魂本体を保存している別次元空間へ送られる。同時に別次元空間の魂本体が再び複製され、魂に記憶された情報通りの肉体を現実に再構築、そして複製された魂を宿して復活する……」


 そこに書いてあったのは、この世の常識すら塗り替える魔術だった。

 死。それは生き物にとって必ず訪れる終わりだ。

 どんなに長命な種であっても不死ではないので、死の運命から逃れることは出来ない。

 しかしこの手帳に記されている『輪廻逆転』という魔術は、その運命に逆らう為の魔術だった。


「馬鹿げてる……こんな魔術を私に?」


 記憶の中の私は、あまりにも常識外れな内容に混乱している。そして頭を抱えながらも、手帳を更に読み進めていく。


「ただし、魂には魔力を直接保存することは出来ない。その為、『輪廻逆転』は常時術者の魔力を別次元空間に転送する仕組みを組み込んでいる。この仕組みで保存した魔力と死亡時に送られた魔力は、復活時に全て引き出されて術者に還元される。尚、常時転送される魔力は日常生活に支障が出ない程の微量に設定してあるので、魔力不足を気にする必要はない……」


 私は集中して自分の魔力を感じてみる。


「……特に減ってる感じはしないわね。本当に魔力が転送されているのかしら?」


 そこから記憶の中の私は、無言で手帳をパラパラと捲っていく。

 時折内容の理解に時間を掛けながらも、手帳を最後まで読み進めた。 


「…………到底信じられない内容だけど、お母さんは私に嘘を言ったことは一度もない。じゃあ本当に、私は死んだら生き返ることが出来るの……?」


 お母さんの言うことは信じたい。でもそれを証明する為には、私は一度死ななければならない。

 でもそんなことをして本当に生き返ることが出来る保証なんてどこにもない。

 命は一つだ。もし間違いで本当に死んでしまったら、それこそ取り返しがつかない。

 そんな答えの出ない疑問をブツブツ呟きながら、記憶の中の私は思考を巡らせていた。


「…………とりあえず、この手帳を複製しよう」


 そして結局、記憶の中の私はこの問題を棚上げすることにして、手帳の内容を一字一句残らず紙に書き写し、それを本にして複製を作った。

 そして原本のお母さんの手帳は、防腐処理を施して厳重に保管したのだった。


 ………………

 …………

 ……


 二回目の暗転が終わった次の記憶では、私がベッドから飛び上がるようにして目を覚ました場面だった。

 目を丸くして両手を見つめながら、感覚を確かめるように手を何度も握っている。

 そしてすぐにベッドを飛び降りると、急いで姿見(すがたみ)の前に立った。


 そこに映っていたのは、幼い少女だった。

 いや、正確には幼くなった私だ。年齢的には10歳くらいだろう。

 体格に合わないぶかぶかの服を着たまま鏡の前で全身を確認している。


「……間違いない。小さい時の私だ。本当に、生き返った……!」


 私はこの時、ベッドの上で初めて寿命を全うした。

 そして同時に、初めて『輪廻逆転』による復活を経験したのだ。


「……ふっ、ふふふッ、すごい……これは凄いわ! 今までにないくらいの凄まじい魔力が私の中を流れてる。お母さんはやっぱり凄い魔術師だった!!」


 お母さんの手帳に書かれていた通りに生き返り、これが現実だという実感をようやく飲み込んで、記憶の中の私はうち震えている。

 そして次の瞬間には、服を着替えるのも忘れて部屋を飛び出して行った。

 向かった先は書庫だ。一目散に走って書庫の奥に辿り着くと、そこに丁重に保管してあったお母さんの手帳の複製を取り出た。

 それから記憶の中の私は寝食を忘れるほどの勢いで、貪り食うように改めて手帳の内容を読み返していくのだった。


 そして記憶がまた途切れ、私は最後の暗転をする。


 ――――――

 ――――

 ――


 私は足裏にざらざらした土の感触を感じて目を開ける。そこは広い平原だった。

 意識を徐々にハッキリさせながら、周囲を見渡して景色と記憶を一致させていく。


「……戻ってきたのね」


 記憶の振り返りを終えて、『輪廻逆転』による復活が無事に完了したことを私は実感する。

 ふと足元を見れば、首のない死体が転がっていた。白衣を着ていたので、それが自分の死体だとすぐに分かった。

 そして自分の身体を見ると、一切の衣服を着ていないのに気が付いた。


「……どおりで寒いわけね」


 とりあえず何か服を着なければと思い、自分の死体から素早く白衣を剥ぎ取る。

 白衣は大人サイズなので、今の子供の身体に合うわけがなくぶかぶかだ。でも何もないよりはずっといい。

 幸いだったのは、首から上だけを綺麗に吹き飛ばされたお陰で、白衣には損傷が無かったことだ。

 もし、ぶかぶかのうえにボロボロの白衣を着るしかなかったら、あまりにもみすぼらし過ぎて逆に恥ずかしくなってたところだった。


「馬鹿な……有り得ぬッ! 神人は人の最高到達点じゃ。それより先の進化など存在しない! お前は一体、何者なのじゃッ!?」


 その時、サピエル7世が私のことを指差しながら叫んでいる声が聞こえた。

 驚愕と混乱が混ざったような声色で、目は大きく見開いて小刻みに震え、額からは冷や汗が流れている。

 そう、それはまるで――。


「まるで化け物でも見ているような顔ね。ついさっき殺した相手のことをもう忘れたのかしら?」


 ……まあ、殺したはずの相手が子供の姿で復活してくるなんて、普通は信じられるものでもないか。

 しかし私がいちいちそんな事に配慮する必要なんてない。


 とりあえず私は白衣に錬金術を発動した。

 錬金術をかけられた白衣は、まるで生きているみたいな生々しい動きで収縮していく。

 そしてあっという間に、今の私の身体にピッタリ合うサイズになる。


(うん、これで動きやすくなった)


 白衣のサイズ調整も無事に終えた私は、改めてザピエル7世に向き直った。


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