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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第七章:世界大戦へ再び……

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124.大工房計画2

 ゆっくりと扉を開けたイワンさんの後ろから、私は会議室に足を踏み入れた。

 会議室の中は私の想像していたものより広かった。ストール伯爵邸の会議室も広かったけど、ここの会議室はそれの5倍くらいの広さがある。

 会議室の中央には、会議室の大きさに合わせて作られた特注品と思われる不恰好なほど横幅の長い長方形のテーブル。そのテーブルには等間隔で椅子が置かれていて、その数は簡単に見積もっても50脚は超えている。

 そしてほぼ全ての椅子には既に人が座っていて、全員が会議室に入って来た私とイワンさんに視線を向けていた。


「遅れてすみませんぞ」


 イワンさんはそう言うとスタスタと歩き、入り口から一番遠い上座の椅子に腰かける。私もイワンさんの後に続いて歩き、イワンさんの隣に用意されていた椅子に腰かけた。

 会議室にいた鍛冶師達は、そんな私に視線を集中させていた。疑問に目を丸くする者、鋭い視線を向ける者、興味深そうに見る者、視線の種類は様々だったが、そのどれもがイワンさんの隣に当たり前のように座った私が何者かを理解できてはいなかった。

 ……ただ一人、驚愕に目を見開いていたカグヅチさんを除いて。


「では、『大工房計画』の会議を始めますぞ。ですがその前に、この計画に新たに加わることになった人物を紹介しますぞ!」


 イワンさんから目配せされ、それを合図に私は立ち上がって自己紹介をする。


「初めまして皆さん、私の名前はミーティア。今回この『大工房計画』に、物資を供給するという形で関わることとなりました。よろしくお願いします」

「ミーティアさんは最近貿易都市で活動を始めた商人ですが、ストール鉱山とはかなりのコネがあって親密とのことですぞ。そして今回『大工房計画』の話をしたところ、大工房で使用する素材の供給を全て引き受けてくれると約束してくれました!

 これで『大工房計画』の懸念材料の一つであった、素材の安定供給問題が解消しますぞ!」


 私の挨拶に続いて、イワンさんが簡単に私が計画に参加することになった経緯(それらしい嘘の)を説明してくれた。

 チラリとカグヅチさんの方を見たら、まだ驚いた顔をしていた。とりあえず微笑んで安心させておこう。

 ……カグヅチさんは何故か考え込んでしまった。


「質問いいか?」

「何ですかなヴァルカン?」


 会議室にいる鍛冶師達の中でも、一番細身な男が手を挙げた。

 なるほど、あの男が『大工房計画』が揉めている原因の一人か。


「ミーティアさん、だったか? 物資の供給と言っていたが、具体的な量とその費用はどれくらいになるんだ?」


 ヴァルカンのこの質問に、私は事前の打ち合わせ通りに答える。


「量に関しては大工房で必要とされる量をまだ把握していないので具体的な数字は言えませんが、相当無茶な量でない限りご用意できます。そして代金に関してですが、こちらは無償です」

「……は?」


 ヴァルカンは私の言っている意味を理解できなかったようで、間抜けな声を出して口を開けて固まっていた。

 仕方ないので補足をしておこう。


「勿論本来は無償で物資を供給したりはしませんが、今回は事態が事態なので少しでもこの貿易都市の助けになればと思い、無償で供給することにしました」

「……バ、バカなのかあんた!? 戦争なんて商人にとって絶好の書き入れ時じゃないか! それなのに無償で商売するなんて、あんた何考えてるんだ!」


 補足したらなぜか怒られた。

 そもそも私は商人じゃなくて研究者だ。だから商人らしい商売の仕方をする必要はないし、それを指摘される(いわ)れも無い。


 確かにヴァルカンの言う通り、戦争という特殊な情勢下で無償提供なんて馬鹿のする事だろう。しかし私が何の考えも無しにこんな提案をしているわけじゃない。これはイワンさんとキチンと打ち合わせをして決めた、『大工房計画』を成功させる為の布石の一つなのだ。


「勿論考えあっての事ですよ。無償提供は戦時中のみ特別サービスで、戦争が終結したなら適正価格で大工房に卸させていただく手はずになっています。そうですよねイワンさん?」

「その通りですぞ。ミーティアさんは戦争というこの大変な非常時に少しでも貿易都市に被害が及ぶことが無いようにという、()()()()()()で素材の提供を申し出てくれたのですぞ!

 商人でありながら金よりも人の居場所を優先するその尊い思考と、思い切った決断と行動力で儂等の計画を支援すると声高らかに約束してくれた方を罵るようなら、この『大工房計画』から手を引いていただかざるを得ないと判断しますが、よろしいですかな?」

「うっ……!?」


 イワンさんの言い回しはかなり芝居掛かっていたが、ヴァルカンを黙らすのには十分な効果はあった。

 それもそうだ。イワンさんは私の事を、金よりも貿()()()()()()()()()()()()()を優先した“善良なる支援者”だと言い切ったのだ。

 つまり先程のヴァルカンさんの様に「商人らしく金品取引をしないのはおかしい!」などと言おうものなら、その考えを主張した時点でこの『大工房計画』を戦争の早期終結よりも、金稼ぎの足掛かりとしか捉えていない“金の亡者”だと周りから思われてしまうだろう。


 しかし本来なら、ヴァルカンの主張こそが正しいのだ。

 戦争が起これば人の移動と物流が増え、商人は大量に商品を扱う商機だし、鍛冶師も武器防具製作などの仕事が大量に増える。なので戦争は商人も鍛冶師も儲かるチャンスであり、それをみすみす逃すのは愚かなことだ。

 だがそこに、私の様な無償の善意で行動するものが現れればどうなるだろうか?

 答えは簡単だ。その人は慈悲深く、思いやりの精神で満たされている“聖人”として人々は尊敬の眼差しを向けるだろう。

 そうなれば聖人の行動こそが“善”、それに反する行動が“悪”という風潮はあっという間に完成する。

 そう、今まさにこの会議室の様に。


 会議室がざわざわとし始め、鍛冶師達の視線がヴァルカンへと集中した。突き刺すような痛い視線の集中砲火を受け、ヴァルカンは何も言い返す言葉が出ず、椅子に座った身体を丸め小さくなってしまった。


 よし、これでとりあえず一人黙らすことが出来た。


「俺からも質問いいか?」


 ヴァルカンが黙ったところで、もう一人質問者が現れた。

 小柄で丸い体型をした男だった。しかしそれは太っているというわけじゃない。その全身は鍛え抜かれた筋肉が膨れ上がったもので、小柄な体格と裏腹にとても力強さを感じさる雰囲気を纏っていた。


「どうぞですぞアルベリヒ」


 どうやらこの男が揉めていたもう一人らしい。


「素材の無償提供はこっちとしてもありがたい話だし、それに関しては俺は()()()()()()()異存はねぇ」


 チラリとヴァルカンに目線を向けるアルベリヒ。わざわざ質問前にそこを強調して言ったのは、自分は私の計画参加に反対しないという明確な意思表示のつもりなのだろう。


「……だが、どれほどの質の物を用意してくれるんだ? 戦争までの短時間に大量に、それも素材を無償提供するとなるとあまり質の良いのは期待できねぇんだろう? ああ、勘違いしないでくれよ。大量生産しないといけねぇから素材が多いに越したことはないんだ。それに関して文句を言うつもりはねぇ。

 ただ、武器や防具を作るにしても、まずはどれくらいの品質の物を使えるのか把握しないと、こっちも段取りってもんが組み立てられねぇんだ」


 なるほど。確かに素材の質の良し悪しは完成品の質に直結する重要な項目だ。

 良い素材なら工夫を凝らさずとも、良い品質の物が作れるだろう。

 しかしそれが悪い素材なら、工夫を凝らさないと実戦レベルで使える物は作るのが難しくなる。それはつまり、一つ一つに掛ける時間が長くなるということを意味する。

 開戦まで猶予が少ない今、少しでも武器防具の数を多く揃えるには、一つ作るのに掛ける製作時間を短くしなければいけない。その為には少しでも質の良い素材を使いたいし、それを効率よく鍛冶師達に作業を振り分けないといけない。

 つまり私が提供する素材の品質が、段取りを決める重要な要素になるのだ。だからアルベリヒが素材の質を心配するのは当然だ。

 だがしかし、アルベリヒのその心配は杞憂で終わることになるだろう!


「素材はこれくらいの品質の物をご用意させていただきますが、如何でしょうか?」


 私はポーチから提供予定の鉄の塊を取り出して、アルベリヒの手元に向かって投げる。

 アルベリヒはそれを上手くキャッチして調べ始める。そしてすぐに、アルベリヒの顔は信じられないという驚きの表情に塗りつぶされていった。


「お、おい、あんた……、これは何の冗談だ?」

「冗談ではありませんよ。それと同等の素材を大量に提供できる準備を、私は既に整えています。あとはあなた方が、私の提供する素材に納得してくれるかどうかだけです」

「…………」


 アルベリヒは黙り込んで私の顔を見てから、手にした鉄の塊に視線を落とし思考し始めた。

 そして数十秒の時間を費やした辺りで、意を決したようにアルベリヒは私の顔に再び視線を合わせて口を開いた。


「……一つ答えてくれ。これは、カグヅチの所に卸してる素材と同等の物か?」

「えっ? ええ、そうだけど……?」


 アルベリヒの質問の意味が分からず、私は咄嗟に、というよりほとんど反射的にそう答えてしまった。

 私の答えを聞いたアルベリヒ、そして会議室にいた鍛冶師達が(ざわ)めきだしたのを見て、私はそこでようやく自分が何か不味いことを言ったのだとようやく気付いた。


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