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【完結】淵緑の魔女の苦難~秘密の錬金術師~  作者: 山のタル
第七章:世界大戦へ再び……

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120.招かれた客1

 緊急に開かれた八柱(オクタラムナ)協議から数日後、貿易都市は慌ただしく変動していた。ブロキュオン帝国の進軍拠点となることが決定した貿易都市にはブロキュオン帝国から帝国軍がやって来て、その数は日に日に増えていき止まるところを知らない。

 私達八柱も帝国軍への対応や貿易都市の住人への対処に追われ、忙しい日々を送っていた。


 そんな時に、私の元に一通の手紙が速達で届いた。

 宛名に私の名前だけが書かれたシンプルな安物の便箋だった。誰からだろうと思い裏に書かれた差出人の名前を確認すると、数日前の八柱協議で再会した友人のユノの名前があった。


 私は急いで便箋を開けて手紙を取り出す。そこには簡潔にこう書かれていた。


『メールへ。

 この前の約束を果たしましょう。

 明後日の夜の刻(20時)に中央塔の前で待ってるわ!


 ――ユノ』


 約束とは、八柱協議の時に「再会を祝して、今度ゆっくり話しましょう」と言ったことだ。都合がついたらユノから連絡が来ることになっていたので、この手紙はそのお誘いに間違いなさそうだ。


 私は早速労働組合に掛け合ってシフトを変更してもらい、明後日のユノとの待ち合わせの時間までに仕事を終われるように調節した。




 そして約束の日になった。

 仕事を早く終わらせた私は、少し早めに待ち合わせ場所の中央塔の前で待っていた。そして夜の刻(20時)を告げる大鐘の音が貿易都市中に鳴り響いたと同時に、ユノが姿を現した。


「お待たせメール」

「時間丁度ねユノ~」

「今まで散々待たせちゃったからね。これ以上メールを待たせる訳にはいかないわ」


 時間丁度に現れたのはユノなりの気遣いだったようだ。

 確かにユノが姿を消してから今日まで、ユノに振り回されていたと言ってもいい。

 姿を消した時は別れの言葉を交わすことが出来ず、ユノからの一方的で解釈が難しい『伝言(メッセージ)』を受け取っただけだ。何故ならその内容は「新しい身体を手に入れたら会いに行く!」というものだった。……そんな意味不明な芸当がさも当たり前に出来るような口調で話されても、素直に信じろというのは無茶な話だ。

 そして私が心配する日がしばらく続いたと思ったら、突然八柱(オクタラムナ)協議に現れた。しかも本当に新しい身体を手に入れてだ。……自己紹介された時は本当に驚いた。


「それじゃあ行きましょうか!」


 ユノはそう言うと、私を先導するように歩きだした。私は離されないように、ユノと同じ歩調でユノの背中を追いかける。

 背後からユノが着ている衣装を見ると、八柱協議に現れた時よりもかなりお洒落をしていた。

 八柱協議の時の衣装も可愛らしくはあったけど、今思えば厳格な雰囲気に合わせた主張しすぎない控えめなお洒落をした衣装という感じだった。

 それに比べて今の衣装は、袖もスカートも短めで、フリルやレースの付いた年頃の女の子が好むような可愛らしさと、身体の動きを阻害しない機能性を兼ね備えたデザインだ。……まあ、有り体に言えば可愛らしい子供服みたいだった。そして更に上から、ユノの耳や尻尾と同じようなふわふわの白いケープレットを纏っている。

 元々の小柄な体格も相まってか、今のユノは普通の無邪気な子供にしか見えない。


「メール? さっきから黙って私を見てるけど、どうしたの?」

「何でもないわよ~。それよりユノ~、何処に向かっているのかしら~?」

「周りの目や耳を気にすることなくゆっくり話せる場所よ。私達はお互い何かと秘密が多いでしょう?」


 ユノの言う通りだ。私は表向きは労働組合の職員だけど実際は貿易都市を経営する八柱の一人で、ユノに至っては秘密の塊みたいな存在だ。私達はお互いにその秘密をある程度知っているからいいけど、他人に聞かせるにはマズイ内容ばかりである。


「周りを気にしなくていい場所があるならそこに行くことに反対する理由はなけど~、この貿易都市にそんな都合のいい場所があったかしら~?」

「ふふふ、まあ私を信じなさい!」


 そう言って自信満々に胸を張るユノを信じて、私はユノの後ろを付いて行く。




「さあ、着いたわよ!」


 しばらく歩いて到着した場所は、貿易都市東側の居住区画、それもかなり外れの場所だった。そして目の前には、広い庭のある大きな家が建っていた。


「ここは~……」

「ここは私が今お世話になっている人の別荘よ。さあ、遠慮しないで入って入って!」


 門を開けると、ユノは堂々と敷地に足を踏み入れた。すると屋敷の裏から立派な馬に乗った男性が姿を現した。男性は私達の近くまで来ると、馬を降りてユノに頭を下げる。


「これはユノ様、おかえりなさい」

「ただいまシモン。チェリーもね。こっちは私の友人のメールよ」

「成る程、あなたが例の。お初にお目にかかりますメール様、僕はシモン。相棒のチェリーと共にこの別荘の警備をしている者です。以後お見知りおきを」


 シモンとチェリーは私に向かって礼儀正しくお辞儀をしてきた。馬も一緒にお辞儀をするなんて、よく訓練されているようだ。


「ユノの友人のメールです~。こちらこそよろしくお願いします~」


 お互いに軽く自己紹介を済ませると、シモンとチェリーは裏庭の方へ戻って行き、私はユノの後に続いて別荘の中に足を踏み入れた。


 別荘に入ったユノはズンズンと別荘の奥に向かって歩いて行く。それに続きながら私は別荘の中を見回してみる。廊下にある全ての照明は入った時から灯りが付いていたので、人が暮らしているのは間違いない。しかしそれと矛盾する様に、さっきから別荘の中に人の気配を感じない。

 その違和感も気になったけど、それよりも一つ先に確かめないといけないことがある。


「……ねえユノ~、この別荘の持ち主って確かミーティアさんだったわよね~?」

「あら、知ってたのメール?」

「私を誰だと思っているの~? それくらい把握してるわよ~」


 ある日貿易都市にやって来た、ミーティアと名乗った女性商人。

 ベルの能力を史上初めて無効化した危険な人物で、背後にプアボム公国四大公のマイン公爵という超大物がいて、情報という情報が殆ど出てこない素性不明の人物だ。背後にいるマイン公爵の影響を恐れて調査を中断せざるを得なかった所為で、未だに貿易都市に利となるか害となるかの判断をつけられずにいる。

 それに、ミーティアさんと一緒に貿易都市に訪れた四人の人物。話によればミーティアさんの知り合いということだが、それを裏付けする証拠となる素性などの情報はミーティアさんと同様何も出てこなかった。しかし、ミーティアさんが購入したこの別荘にその四人も一緒に住んでいるという状況証拠から考えれば、知り合いということには間違いないようだった。

 結局のところ、私達八柱(オクタラムナ)は調査が十分に出来なかったこともあり、ミーティアさんを含めたこの五人の扱いに難儀していた。五人に対する不必要な干渉を避けるという決定はされたものの、私は個人的に貿易都市内でのミーティアさん達の行動の情報を集めて調査を続けていた。……結局、特に怪しいところは見つからなかった。


 しかし今、ユノは別荘に入る前に「ここは私が今お世話になっている人の別荘よ」と言っていた。そのお世話になっている人というのは、この屋敷の持ち主であるミーティアさんの事と断定してまず間違いないだろう。

 そしてユノが姿を消した時に私に残したメッセージの中で「師匠と再会できた」、「私を連れだした人物は師匠の関係者」とも言っていた。ユノの話を聞いた限りではユノの師匠は男性で間違いなく、ミーティアさんは女性であることから、ミーティアさんはユノの師匠の関係者であるということだ!

 つまり、ユノを連れだしたのはミーティアさん? ……いや、ユノがいなくなった前後でミーティアさんが貿易都市にいた記録はなかったはず。

 ……そういえばユノはメッセージの中で「彼らは貿易都市の敵じゃない」とも言っていたわね。

 ()()ということはユノを連れだしたのは男性で、関係者はミーティアさんだけじゃなく複数いるという事になるんじゃないかしら? ……ということは、この屋敷に住んでいる他の四人もユノの師匠の関係者という可能性が高い?

 という事は、ユノを連れだした人物って――。


「メール!」

「――はっ!?」


 ユノが私を呼ぶ大声で、思考の渦に飲まれていた私の意識が強制的に引き揚げられた。


「な、何かしらユノ~?」

「何かしらじゃないわよ、さっきから何度も呼んでるのに考え事に集中してて全然返事をしてくれなかったじゃない!」

「ご、ごめんなさいユノ~……」


 ここは素直に謝っておく。どうやら新しい情報が入った所為で、考察に集中しすぎていたみたいだ。


「はぁ~、まあいいわ。それより、ここよ」


 そう言ってユノは目の前の扉を指差した。

 私はいつの間にか長い廊下の突き当り部分まで来ていたようで、どうやらここがユノが言っていた周りを気にせずゆっくり話せる場所のようだ。


「さあ、こっちに!」


 ユノは扉を開けると私の手を取って、私を部屋の中へと連れ込んだ。

 ……部屋の中にも何もなかった。部屋の中は最低限の照明一つあるだけで薄暗く、机や椅子、クローゼットやカーペット等の基本的な部屋には大抵存在する家具すら無い。本当に文字通り、部屋の中には照明が一つあるだけだった。

 その様が何処か不気味で、この部屋でゆっくりできるとはとても思えなかった。


「あの~、ユノ~? ここでお話はちょっと向いてないんじゃないかしら~……?」


 私は部屋の素直な感想を口にしてみる。するとユノは、予想外の言葉を返してきた。


「メール、この部屋はただの通過点よ。目的地はこの先にあるの」

「この先~……?」


 この先と言われても、部屋には入って来た入り口以外に扉はなく、先に繋がりそうな物は見当たらない。

 私が疑問に悩まされていると、ユノは私の手を引き部屋の中央で立ち止まった。


「いくわよ? 一名様ご案内ー!」


 ユノがそう言って床に魔力を流すと、突如魔法陣が出現した。


「こ、これは~!?」


 この魔法陣には見覚えがある。術式と発動条件の難しさから、便利ではあるもののあまり普及していない魔術『転移魔術』の魔法陣だ。

 ユノが言っていた通過点という意味を、私はこの時にようやく正確に理解した。


「さあメール、しっかり捕まっててね!」

「ま、待ってユノ! これ何処に繋がって――」

「『転移』!」


 私の静止も聞かずにユノは転移魔術を発動させた。そして私の視界は浮遊感と共に暗転した。


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