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2016年/短編まとめ

秋夜の小話

作者: 文崎 美生

ひんやりとした空気に切り替わる秋に、朝と夜はどうにも冷えることを感じて眉を寄せた。

赤いタータンチェック柄のパジャマは、それなりに厚手だがやはり寒い。


暗いフローリングの廊下を、もふもふとした動物モチーフのスリッパで叩く。

真っ暗なリビングを横切り、同じく真っ暗なキッチンに入って、電気を点ける。

静まり返ったキッチンも寒い。


二の腕を擦りながら、コンロの上に置きっぱなしだったヤカンを持ち上げる。

水道水を注ぎ込み、再度コンロの上に置いて火に掛け、ぼんやりと揺れる赤を眺めた。

普段はゴウゴウと音を立てる換気扇も、この時間にはシンと動きを止めている。


「……なにしてんの」


両腕を交差させ、二の腕を絶え間なく擦り続けていると、眠ぼけたような舌っ足らずな言葉が投げ掛けられ、体が僅かに揺れる。

視線を向けたのは、リビングとキッチンを繋ぐ境界線で、声と同様に眠そうな顔をした同居人。


「寒くて、温かいの、欲しいなぁって」


ほんの少し繋がりの悪い言葉達を並べれば、半分程閉じていた目が開かれて、ふぅん、と気のない返事が空気を震わせた。

そうして次の瞬間には距離を詰め、何故か戸棚からマグカップを二つ取り出す。

ゴトリ、音を立てて置かれたそれは、色違いのペア物だった。


どうやら自分のも、ということらしい。

「ココアだよ?」そんな言葉と共に、目当てのガラス容器を取り出す。

ジッパー付きの袋に入っていたココアの粉を、わざわざガラス容器に入れ替えているのだ。

面倒なことをとでも言いたげな同居人の顔には見飽きており、何も言わないし言われなくなった。


「珈琲が良いんだけど」


「……寝るのに?」


私が眉を顰めても、同居人はその意志を貫き通すのか、私の顔を見つめるだけだ。

私は持っていたガラス容器と色違いの物に手を伸ばす。

中身はインスタントコーヒーの粉である。


甘いものが苦手な同居人は、ココアを口にしない。

珈琲に砂糖を入れるくらいならするのだが、ココアは私が勧めても飲もうとはしなかった。

別段、それが悪いことでもないのだが。

味覚は人それぞれ好みというものが存在する。


落ちそうになった溜息を消し去るように、シュッシュッシューッと自己主張を始めたヤカンに目を向け、揺らめいていた赤い炎を消す。

ガラス容器を開けようとすれば、眺めているだけだった同居人が、横から手を出して開けてくれる。


「ありがとう」


受け取った容器の中にティースプーンを突っ込み、一杯ずつカップに投げ入れる。

そうして沸かしたばかりのお湯を注ぎ、ティースプーンでぐるぐるとかき混ぜれば終わり。

白い湯気がもうもうと昇り、ほんの少し体温が上がったような気がした。


珈琲の方のマグカップを同居人に手渡し、自分の分のココアに口を付ける。

熱い、舌を突き出した私を見て、同居人が鼻で笑うのを聞いた。

睨み付けるが、素知らぬ振りで珈琲を啜る同居人は、猫舌という言葉を知らないらしい。


今度こそ溜息を吐き出し、ガラス容器の蓋を閉め、揃えて元の棚に置く。

ガスの元栓もしっかりと閉め、熱くて飲めないココアの注がれたマグカップを持ち上げる。

何故か、そのままキッチンの真ん中で立ったままの同居人を、スリッパで蹴り、移動を促した。


「寝んの?」


「だってまだ三時だよ……明日お休みだし。もっと沢山寝たい」


私と同じでマグカップ片手にキッチンを出る同居人。

キッチンの電気を落としながら答えれば、やはり気のない返事が返ってくる。

聞いた意味があるのか、ないのか。

ぺたりぺたり、二人分の足音が良く響く。


草木も眠る丑三つ時は、外から聞こえてくる音もなく、まるで私達しかいないようだ。

世界から隔離された空間。

欠伸をしながら考えたことに、どうしようもなく笑えてしまう。

そんなこと、あるわけないだろ、同居人の口調で呟いてみる。


「一緒に寝るか」


私の呟きなんて気にも止めずに、全く別方向の話題を投げられてしまった。

マグカップの取っ手に引っ掛けていた指先が絡まり、ちゃぷり、ココアが揺れる。


「……まじっすか」


「マジっすよ」


ずずっ、同居人が珈琲を啜る音が嫌に大きい。

リビングを跨ぎ、それぞれの部屋へ向かうための廊下の中央で、私達は向かい合う。

瞬きを繰り返す私に、無言で珈琲を啜る同居人。


冷戦にもならないそれを暫く続けると、玄関から入り込んでいるような冷気が私達を包む。

駄目だ、寒い。

体を震わせた瞬間に、同居人は有無を言わさず、自身の部屋の扉を開き、私を押し込んだ。


「それ飲んだらとっとと寝るぞ」


相変わらず、ずずっ、という音と共に吐き出される言葉に、はぁ、と頷くしか出来ない。

ベッドに座り込み珈琲を飲む同居人の隣、私も同じように腰を下ろしてマグカップに口を付ける。

そうして数分後、二つのマグカップの中身は、すっかり空っぽになり、体の熱も上がっていた。


ベッド脇のナイトテーブルにマグカップを置いた同居人は、そそくさとベッドに潜り込む。

揃えて置かれた二つのマグカップ同様に、脱いだスリッパもしっかりと揃えられていた。

枕に頭を乗せた同居人がこちらを見るので、習うようにスリッパを脱ぐ。


直ぐに冷気に晒される足に、ぞわぞわとしたものが襲い掛かり、足先にぷつぷつと鳥肌が立つ。

寒いと何故鳥肌が立つのか。

潜り込んだ布団の中は、予想よりも暖かい。

指先や体内よりも体温の低い足先を、同居人のそれと重ね合わせれば、息を呑む音が聞こえた。


「お休み」


小さく笑って体を寄せれば、頭の上ではくつくつと言う笑い声が聞こえた。

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