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動物少女  作者: 愛姫
第一章 メイリア・ドリシナ・ティール
5/12

記憶

 あっという間にときは過ぎ去り、あれからもう一か月か経っていた。

「シアナ、おはよう!」

 リスの挨拶にシアナも笑顔で手を振り返す。

 時というのは無駄に過ぎたわけではないようで、初めは警戒していた動物たちも挨拶を交わすほどの関係になっていた。

 テニトカとの朝の見回りも慣れ、シアナはテニトカにあの花が咲いてる、あの実がついたなど話しながら歩いていた。シアナにとっては本物を見るのが初めてで毎日が発見の連続なのだ。まるで少年のような心でシアナは毎日を過ごしていた。

「あ」

 テニトカは立ち止まった。シアナは森の先を見てじっとしている。テニトカはその先に何があるか、誰がいるのかがわかった。

「サリー」

 シアナがそう零すとサリーは背を向けて歩いていく。

 小さく唇を噛んだシアナを見て、テニトカは一度視線を下に落とした。

「サリーと話したいのか?」

 シアナはハッとテニトカを見ると薄く笑った。

「彼女のこと、知りたいのよ……」

 再びサリーを見たシアナにテニトカはため息をついた。

「彼女は家族を殺されてる。いや、それだけならまだ立ち直ることも出来たかもしれんな。もうあの種族は絶滅したんだ。それに彼女は家族が殺される瞬間を目の当たりにしている。どうしても人間を恨んでしまうんだよ」

 シアナはもう姿の見えない森の奥を悲しげに見つめた。

「リーダー。私の素性をそう簡単に話さないでもらえないですか?」

 反対方向からゆっくりとサリーが出てくる。

 驚いたシアナとテニトカは慌てて振り返る。驚いたということは気配を察知できなかったからだ。つまり完全に気配を消してサリーは近寄ったことになる。

 シアナが名を呼ぼうと口を開くとサリーは皺を寄せて唸る。

「私の名を呼ぶな!」

 シアナは口をつぐんだ。

「憎い憎い憎い。貴様ら人間はこの世に存在する資格など無い!」

「サリー。慌てるな、シアナはあんな人間たちではな……」

「じゃあ何なのだ! 人間など皆一緒だろう!」

「だから違うと」

「ああそうか! たしかに普通の人間とは違うようだ。その赤髪、緑色の瞳。忘れない忘れるものか。人間の中でも特に汚い奴らだ」

 シアナはビクッと縮こまる。

「王族の一族だろう? 加えて王位継承者だ」

 サリーは静かにそう言った。シアナもテニトカも言葉を失った。

「なんで……」

「馬鹿にしないでいただきたい。リーダー、私だって家族を殺されて黙っているわけがないでしょう。調べましたよ、自分で人里に下りてね」

「なっまさか!」

「人間を見るたびに殺してやりたいとも思いました。けどそれじゃあ人間と同じだ」

 シアナは心臓が握り潰されるのではないかと思う締め付けに気づいた。物理的にではない。では何なのか。

 そんな気持ちでいるものはどれだけ辛いことなのだろう。

「とりあえず、私は人間どもを許しはしない! たとえこの身を殺そうとも必ず人間に復讐してやる……!」

 サリーはそのまま背を向けて茂みへと歩き始める。

「待って!」

 シアナは思わず引き止めてしまう。

 サリーはゆっくりと振り返る。その表情にシアナは気おくれしてしまうが、慌てて言葉を紡ぐ。

「あ、あの、私……」

「用がないのなら無駄に引き止めるな」

 再び背を向けたサリーにシアナは慌てて言葉を発する。

「私は王族じゃないわ!」

 その言葉にサリーはピタッと足を止めた。

「その、私は町はずれの一軒家に住んでるのよ。いや、住んでたの。だから王族とは関係ない」

 サリーは振り返るとシアナの前に進み、シアナの目の覗き込むようにして目を見据えた。

 しばらく見るとやがて顔をはなす。

「嘘だな」

「違うわ!」

「違わない!」

 沈黙が産まれる。テニトカは横でただ見守っていた。


「その一軒家、立てられたのはほんの六年前だぞ?」


「え……」

 言葉が出ない。いきなり突きつけられたその言葉に脳内の処理が追いつかないようだ。シアナは眼がまわりふらつく。

「シアナ」

 テニトカの声にシアナは軽く手を挙げて答える。

「大丈夫よ」

 ゆっくりと顔を上げサリーの表情を見た。続いてテニトカの表情を見る。サリーはこちらを見据えていて、テニトカは明らかに動揺していた。

「それは、サリーしか知らない事なの?」

「そうかもしれんな。リーダーは動揺しているようだ」

「でも……」

 記憶がある。あの家で暮らした十八年もの記憶が確かにシアナにはあった。特に生まれた時からずっとそばにいるリンとの記憶はハッキリしている。

 そうだ、リン、リンがいるのだ。そう言えばリンに歳の話をした時があったはずだ。あのときは確か十四歳の誕生日だった。


      *


「リンって何歳になるのー?」

「えっとね、二歳!」

「へえーじゃあ、私がお姉さんだー」


      *


「え……?」

 なぜ気付かなかったんだろう。とうの昔に矛盾していたのではないか……。


 バチッと何か火花が弾ける音と糸が切れるような感触がして、シアナはガッと倒れこんだ。

「ああああ、ああ、」

「シアナ?!」

 テニトカが駆け寄ると、シアナは頭を抱え込んで、

「あああああああああああああああああああ!!!」

 絶叫。

 あまりの大きさに森全体が響く。

「シアナ! しっかりしろ! おい!」

 テニトカが声を掛けるもシアナの絶叫は止まることがない。

 あまりに予想外な事態にサリーは慌てて姿を消した。

 それと同時にシアナは気を失う。突然沈黙したシアナに森の皆が不安げに見つめる。

 テニトカは気が動転していたがハッと正気を取り戻すと、シアナを背に乗せた。

「皆の者、今は何もわからない。どんなことになろうと対応できるようにしておけ」

 そう言い残すと二度翼を大きく振った。


      *


「大臣! 実験体『シアナ・カルウ』の危険値が急激に上昇しました!」

 暗いモニター室に響いた一人の職員の声に、大臣と呼ばれた紫の髪の男は、そのモニターを覗き込む。

「場所の特定は?」

「ただいま施行中です」

 職員は慌ててキーボードを打ち、「出ました」と声を上げた。

 大臣はその場所を見て薄く笑った。


      *


 サアッ……と風が頬を撫で、シアナは眼を覚ました。覚ましたと言っても景色は薄くぼんやりとしていて現実味がない。

 シアナはあたりを見回してみるとそこは草原だった。青い空が雲を薄く流している。

 ザンと見た景色かと一瞬思ったものの、あそことは景色や周りの木々の立ち位置が微妙に違うような気がする。

 ならここはどこだろう。

 知りもしない場所だ。

 不意に声が聞こえたような気がして、シアナは丘の下へと目を向ける。そこから一人の長身な男性が手を大きく振って歩いてきていた。

 何かを叫んでいるような気がするが、周りの風がひどく唸って聞こえはしない。

 父ではない。知らない人。

 シアナは口に手を添えて大きな声で問う。

 ――あなたは、誰?


      *


 ハッと目が開いてシアナは飛び起きた。

 周りを見てみるとそこはあの洞窟だった。隣ではテニトカが心配そうな表情を浮かべていた。

「はれ? なんでここにいるんだっけ?」

「おい。覚えていないのか? 気絶したんだぞ、お前」

「え?! 気絶? なんで?」

 テニトカは不安げな表情でシアナに気絶するまでのことを話した。


「本当? 全然覚えてない……」

 シアナは顎に手を添えて思い出そうとするも全く覚えていなかった。

 それに記憶が違うことに気づいて急に絶叫して倒れたらしい。記憶が違うとはどういう事だろう。改めて聞いても再び気絶することはなかったが、自分自身についての謎が深まってしまったことには変わりない。

 シアナは深くため息をついた。


「おっと、これはこれはどういうことでしょうねぇ」


 突然洞窟に響いた聴きなれぬ声に、シアナとテニトカは警戒態勢を取る。

「おや、なかなかの体さばきですね」

 逆光で表情こそわからないものの、相手の腰に長い剣があることがわかる。つまり、相手はこちらに攻撃を仕掛ける可能性がある。

 しかしシアナは気になることがあった。

「長身の男……」

「シアナ、知り合いか?」

 シアナは答えない。知り合いかもしれないし、知らないかもしれない。記憶の中に彼はいないが、夢では似たような人がでてきた。ただそれだけである。

 しばらくの沈黙ののち、今すぐには仕掛けてこないと判断したシアナは男性に向かって口を開いた。

「あなたは誰?」

 彼はすぐに答えることはなかった。やがて彼は吹き出すように笑い始める。

「ふふ、ふはは、ははははははは!!」

 洞窟の中に彼の笑い声が響く。

 しばらく笑うと満足したのか、彼は息を整えた。

「いやいや、これは失礼しました。あまりにおかしなことをおしゃっるものですから」

「何がおかしいの? 私のあなたはいつか面識があった? あなた私のことを知っているの?」

 何か彼のほうが自分のことについて知っているような口ぶりに恐怖を感じて、シアナはつい続けて質問を投げかける。嫌な汗が額から顎へと伝う。

「はあ、知っているも何も、私はあなたの婚約者ですからねぇ。もちろんですとも」

「こ、婚約者? 婚約者って、結婚を誓い合った仲ってこと?」

「ええ、そういうことですね」

 沈黙。

「はああああああああ?!」

 いきなり大声を出したので、わけのわからないテニトカは呆然とシアナに視線を送る。

「シアナ。俺はお前たちの会話の内容がわからないのだが、通訳してくれ」

「彼が、私の、夫って、言ってるんだけど……」

「じゃあ、お前のことを知っているってことか?」

「う、うん、たぶん。でも問題はそこじゃ……」

「姫様。そこの虎もどきと何を話しているのかは存じませんが、さっさと城に帰りましょう」

「し、城?!」

 ころころと話が進んでいく。男性は次々話題を変えていくし、テニトカは話の流れを掴めていない。

「ちょっとストップ。待って。整理させて」

「大丈夫ですよ。城に戻ったら全てお話しさせていただきますよ。ですからさあ、行きましょう」

 いや、待ってって言ってるじゃない。強引ねこの人。と思いながら、差し出された手を見つめる。

「ねえ、私が姫ってどういうこと? 城って、そんな。よくわからないわ」

「城に帰ったらきちんと教えてあげますよ」

 半信半疑だがシアナは彼が嘘をついているようにも思えなくて、一歩踏み出す。

「シアナ?!」

 テニトカの声に、シアナはハッと足を止める。

「おや、そちらの虎さんが何か言ったようですね」

 男性からわずかに殺気が放たれる。

 シアナは一歩戻ると、唾を飲み込んだ。

「私、やらないといけないことがあるの。だから今は行けないわ」

 彼はその言葉を聞いてしばらく黙っていたがやがて口角をあげた。

「では力づくで連れて帰ります」

 彼が剣に手を掛けるのと同時に、テニトカとシアナはその男性のわきを通って外に飛び出した。


「おや、私一人で来たとでも思いましたか?」

 周りは三六〇度囲まれていた。しかも皆それぞれに武器を携えている。

「姫を保護しなさい!」

 男性の声に一斉に襲い掛かる。

「テニトカ!」

 シアナとテニトカは初めの一人を投げ飛ばす。

「テニトカだけでも逃げて! 私は平気だから」

「馬鹿者が! そんな真似、二度とご免だ」

 テニトカの言葉にシアナは少し笑って二人目の男を蹴り飛ばした。

「じゃあ、勝たないとね!」




 あっという間に二人は全員を倒して、残るは切株に悠々と座るあの男性だけだった。

「あーあ。もうこんなんじゃ護衛兵の意味ないじゃないですか。帰ったら鍛えなおしですね」

 そう言って立ち上がった長身の男性。紫の髪を左の首もとで結い、きっちりとした制服をまとっている。何よりもその眼を引き付けてしまう黄金色の瞳。

 見れば見るほどシアナは彼に何か感じでしまう。本当にあったことがある気がしてくる。

「さあ、姫様。お久しぶりにお相手願いますよ」

 剣を引き抜いた彼に、シアナも傍にあった剣を手に取る。

 一気に距離をつめて斬りつけてきた剣筋を、とっさの反応で受け止める。彼はその動きを見てか、とても嬉しそうに笑う。

「体は覚えているようですけどっ?」

「知らないわ!」

 押し返すと、彼は身軽にステップを踏んで後方に下がる。

 今度はシアナが斬りつける、しかし彼は片手でそれを受け止めた。

 そしてひょいっと剣を持ち返すと、そのまま突き出してくる。

 シアナはバッと顔を反らせ、そのまま剣を捨て、バク転で距離を置いた。

 先ほどの男たちとは全然格が違った。シアナは顔に汗が溢れていることに気づく。大きく息を吐いたとき、目の前に男性が迫る。

 ヤバイッ――!

 心の中でそう叫んだ時、テニトカが男性に体当たりを喰らわせた。かなりの巨体に男性は吹っ飛ぶ。

 大木を砕くことで勢いを止めた彼は、ひょいっと立ち上がると、バッとテニトカにけりを喰らわせる。テニトカの巨体がありえないことにさっきの男性よりも吹き飛んだ。

「なっ」

 ガッとシアナは背後から男性に取り押さえられる。

「やっ! 放して!」


「嫌だ! 絶対に放さない!」


 彼の必死な声に、ギュッと抱きしめる腕に、シアナは一瞬驚いたが、バンッと押しのけると落ちている剣を拾い上げ、

「いっ……!」

 その手を剣で斬り飛ばされる。

 が、シアナはもう片方の手で剣を拾い上げると、それを上に振り上げた。

 驚いた表情の男性とその目の前を飛ぶ彼の右腕。

 しかし、そこに血しぶきは無い。

「嘘でしょ……」

 フラフラと立ち上がったテニトカと、血に染まる、無くなった右腕を抑えるシアナは驚愕する。

 彼の斬られた腕からは血ではなく、電気による火花が散る。

「おや、これは驚きましたね。あ、驚いたのはそちらですよね」

 彼はヘラッと笑うと落ちた腕を拾い上げる。

「私、アンドロイドなんですよ」

 そう言った彼は剣を拾い上げると、背を向けた。

「今回は私の腕に免じて見逃してあげます。それじゃあ」

 そう言うとよろよろと立ち上がる男たちを連れて彼は森の下って行った。




「何だったの……」

 へなへなと腰を抜かすシアナに、テニトカは驚いた表情で駆け寄る。

「シアナ! 腕が!」

 正直、彼の腕のほうが衝撃的で、自分の腕を忘れていたが、再び気づくと激痛が走る。うずくまるシアナにテニトカはおどおどしている。

「うっ」

 一度激しく痛むと、無くなった腕からニュルニュルと腕が生えて、もとの形へとあっという間に戻ってしまった。


      *


「大臣! 姫様を取り戻さなくて良かったんですか?」

 男性のすぐ後ろを歩いていた兵士がそう問うと、男性はとても幸せそうな顔で微笑んだ。

「いいんだ。彼女が元気だったならそれでいい」

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