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動物少女  作者: 愛姫
序章 シアナ・カルウ
2/12

出会いは偶然にして必然

 サァ……と乾いた風が木々を揺らして森を駆けていく。その音を聞きながらシアナはゆっくりと目を開いた。緑色の大きな瞳で目の前の建物を仰ぎ見る。

 動物管理局。正方形のコンクリート造りの小さな建物。この建物の前で赤髪の少女、シアナは深く息を吸ってはいた。そして大きな扉を三回ノックした。

「またあなたね」


 扉の横につくスピーカーから女性の声が発せられた。その声はいつものように呆れを含んでいた。

「ええ、私、シアナよ。私の家族を返してもらいに来たの」

 しっかりとした声でハッキリとシアナは話す。

 だが返答はいつもと同じだった。

「昨日も一昨日もそうだった。で? 今日も国の端から端まで来たんでしょうけど返事は同じよ」

「今日こそは必ず返してもらうわ」

「それ、昨日も言ったでしょう」

 まるで母親のように、女性はシアナに対して厳しい言葉を投げかける。

 だけど、今回はどうしても諦めきれない。

「今日はリンの誕生日なの。だからどうしても返して欲しい」

 悲しそうに小さく呟かれた言葉に、沈黙が残る。

「……ダメよ」

 沈黙を破った言葉は実に残酷なものだった。

 どうしてッ? と感情が高ぶったシアナにかけられる言葉は冷たく、正論だった。

「四年前、王女が動物の暴走の際、亡くなられた。それをきっかけにAD法が確立され法律に組み込まれた。この国では動物は皆危険なものなの」

 言い返す言葉などなかった。この国では動物は危険なもの、必要のないものなのが現実だった。


 昔、人々は動物を食し、その命に感謝をしていたという。「動物愛護」と言う団体さえあったらしい。

 しかし、今はどうだろう。

 大陸急速移動でこの世のすべてが終わろうとしていたとき、人々は科学の力で生き残った。そして動物を食すことなく、人工食物を食べることで飢えることはなくなった。荒れ果てた大地を科学の力で元に戻した。今の世界、科学さえあれば生きていける。

 それにくわえ、四年前、暴走した動物によって王女が亡くなり、国は悲哀に満たされたと言われる。


 しかし、そんな理由をふまえてでも納得できない心があるのも事実だ。

 シアナはどうしようもないその感情を扉にぶつけることしかできない。

「話は以上よ。暗くなる前に帰りなさいね」

 その声が最後だと、通信音声が切れる音で理解した。

 シアナは壁にもたれながら崩れるようにしてうずくまった。

「チクショウ……」

 小さく零された声と涙を風は撫でるようにして去っていった。


      *


 薄暗い部屋の中、ユウリは頬杖をついて目の前の画面を見つめていた。画面の中には赤い髪を主張するかのように背を向け、去っていくシアナの姿が映し出されていた。

 ユウリはため息を一つ零した。

「ユウリ?」

 その声は紛れもなくあの人の声でユウリは慌てて立ち上がる。

「きょっ、局長! いつからいらしたのですか?!」

 局長と呼ばれた男性はユウリの慌てぶりに少し驚いたものの、すぐに笑顔をつくった。

「いや、さっきから何度か声をかけていたんだが……」

 ユウリは顔を真っ赤にして勢いよく頭を下げた。それに局長は再び驚き慌てふためく。

 歳で言えば30から40代。四年前から局長と言う役割を与えられ、そのせいか気品が漂っている。

「……またシアナか?」

 局長の言葉に頭をあげたユウリは、露骨に寂しそうな表情を浮かべた。

「はい、今日も帰りました……」

 明らかに沈んでしまった空気を取り繕うかのように、局長は用件の話に話題を戻した。

「用件なんだが、今から王宮に行かなければならないから、正面を開けてほしい」

 ユウリは弾かれたように「すみません!」と言って慌ててキーボードを操作した。

(忙しい奴だな……)

 局長は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「開きました」

 その声を合図に局長は最後の伝言を伝える。

「ああ、帰りが遅くなるかもしれないから……」

 ユウリは物知り顔で「わかりました」と頷いた。

「すまない。子供もいて大変だろう時期に」

「いいえ。では私はモニター室にいつでもいますので。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 そう言うユウリに、局長は少し申し訳なさそうに微笑んで、車で管理局を後にした。


      *


 時は少しさかのぼり……。

「今日という今日は絶対に連れて帰るんだから!」

 シアナはいつものようにもと来た道をたどって帰らず、管理局を囲む林を大回りをして管理局の裏へとやってきた。


 何回も何回も頼み込んだ。何度も何度も往復した。しかし返事はいつでもNO。シアナも諦めずに毎日管理局へ足を運んでいた。このままではらちが明かないと、リンの誕生日である今日こそは必ず連れて帰ると心に決めていた。


(頼んでダメだというのなら……)

 強行突破。つまり管理局内に侵入して力ずくでリンを助け出すしかないと考えたのだ。

 茂みに身を隠してこっそりと管理局の様子を窺う。

 管理局の裏側には人一人いない。一階に窓が無いようで、随分と高い位置に窓があった。どうやら窓からの侵入は諦めた方がいいようだ。となると別の侵入経路を考えなくてはならないようだ。

 シアナは注意深く管理局を見ていると下のほうに小さな穴があるのに気がついた。

「通気口だ!」

 思わず大きな声が出て、シアナは慌てて手を口に当てた。

 一呼吸おいて、シアナは静かに茂みを抜け出して管理局の壁に張り付くように近づいた。

 そのとき、重たい音が響いた。

 シアナはビクッと体を強張らせる。そしてこっそりと正面玄関のほうを見る。一台の車が管理局から出てきて、一本道を走って行った。

「あれ、局長の車じゃない。ん? ということは局長、今、留守?」

 シアナの強張った表情から緊張が解かれる。絶好のチャンス。

「不用心ですよっと」

 シアナは急いで通気口内へ入って行った。




 通気口の中は湿っぽく一歩一歩がベタベタと張り付く上に、掃除がされていないのか、随分と汚れてきた。手足はもちろん、服も黒ずんでたぶん顔も汚い。

「最悪……しかも……」

 そう、それ以前の問題がシアナの歩みを止めた。

「ここどこ……」

 迷った。完全に迷ってしまった。管理局へは何度も足を運んでいたが、そのたびに帰されて中に入ったことなど一度もない。故に管理局の構造なんて知る由もなかった。適当に歩いていればリンの居場所にたどり着くだろうと考えていたが、甘い考えだったようだった。

 管理局通気口内、歩き回って数十分、いぜんとしてリンの場所にたどり着くことができない。


 そのとき、遠くから叫び声のようなものが聞こえた。シアナは先を見据えてごくりと唾を飲みこみ、ゆっくりと手足を進めた。

 奥に行くにつれて、どんどん大きくなる声。その声は叫び声というよりも何か怒りのような声だった。

 シアナの不安は徐々に好奇心へ変わっていく。なぜならそれは人の声ではないように思えたからだ。




 しばらく進んでいくと光が見えた。光は下から差しているようで、そこだけ明るかった。シアナは少し早く進んで、その光の場所を覗き込んだ。

 そして思わず息を飲みこむ。そこに居たのは大きな虎だったのだ。しかもただの虎ではない。背中には純白の翼が生えていて、体は白と黒の縞だった。

 虎は苛立ちを隠せないようで、大きな翼をせわしなく動かしながらその部屋を歩き回っていた。

「早く森へ帰らなければ……」

 独り言のように呟かれた言葉には焦りと緊張感が含まれていた。

 シアナは鉄格子に手をかけてその部屋に降り立った。


「誰だ貴様!」

 虎は素早くシアナに飛びかかり覆いかぶさるようにした。

「ちょっ待った! ストップ! 何もしない! 何もしません!」

 シアナの必死な声に虎はそのままの姿勢で様子を見る。

「こ、こんにちは……」

 とりあえず挨拶を声にして出すも、虎はさっきからの警戒を解きはしなかった。怪訝そうに顔をしかめ、虎はシアナから一切目をそらさない。シアナはただ青ざめながら笑顔を繕った。

「と、とりあえず話を聞こうかなと思って……。さっき早く森に帰らないとって言ってたでしょう?」

 虎はさっきの表情から一変、驚きを隠せないように目を丸くした。

「なぜ、言葉がわかる……」

 恐る恐る投げかけられた言葉に返事を返す前に、シアナは上から退くように促す。虎はゆっくりと後ろへ下がり、シアナは自由になった体で立ち上った。


「あれ、ここ……」

 周りをよく見ればコンクリート造りの部屋。ただし一面だけが鉄格子と、どこかで見たことがあるような景色だった。

「牢屋?」

 牢屋。物語の中でしか知らなかった牢屋の中にその虎はいたのだ。確か牢屋に入れられるのは罪で捕らわれた囚人。

「あなた、何かしたの?」

 虎に尋ねるも虎はただ捕まったとしか言わなかった。

「どうして? 理由があるんでしょ?」

 不思議に尋ねるシアナに虎は余計に目を大きくするばかりだった。

「わからないのか? 動物だから捕まったんだ」

 その言葉にシアナは驚き、目を丸くした。虎はいよいよ怪訝そうにシアナを睨み始める。

「お前、いったい何者だ? 俺と話せるわ、何も知らないわ……」

 様子をさぐる虎に、シアナは笑顔で答える。

「私はシアナ、シアナ・カルウよ。実は私の犬を探しに来たんだけど、迷って……」

「犬? お前は何故犬を探すんだ」

「私の家族よ、探して当然よ。それより、リンっていう犬見なかった?」

 知らんなと答える虎は混乱しているようで頭を左右に振っている。

「そう、じゃあここに用は無いわね。ところで、あなたここを出たいって言ってたわよね?」

 直球なシアナの言葉に虎は少々驚いたものの、こくんと一つ頷いた。

「じゃあ、一緒に行く?」

「は? お前、人間だろうが」

「どうでもいいわよ、そんなこと」

 シアナは台に足をかけ、通気口へよじ登った。そして穴から顔を出して笑顔を見せた。

「行くのー? 行かないのー?」

 虎は一歩踏み出して、小さな通気口へよじ登る。シアナでも四つん這いで這わなければならない通気口内は虎にとっては大変窮屈そうだった。

 シアナは振り向いて虎に訊いた。

「あなた名前は?」

 虎は笑顔を絶やさないシアナをじっと見つめて、ようやく口を開いた。

「テニトカだ」




 しばらく進んで行くと突然テニトカが足を止めた。それに気づいたシアナも手足を止め、テニトカを振り返る。

「薬品のにおいがする」

 正直、シアナにはそのにおいがわからなかった。さっきと変わらず湿っぽい埃のにおいがするだけだ。

「お前、この先に行くつもりか?」

 やけに緊張感をまとったその声に、シアナも思わず緊張してしまう。

「ええ、あなたが嫌なら別にここで待っててくれても構わないわよ?」

 虎はしばらく考え込んでやがて小さく、行く、と言った。だがこのときテニトカは薄々気付いていたのかもしれない。この先で何か嫌な予感がすることを……。




 進むにつれて強くなっていく薬品のにおい。それはシアナでも顔をしかめる程にハッキリと漂ってくる。

 そんな暗闇の中に再び光が見えた。どうやらにおいはそこから流れてくるようで、また一段と強くなっていく。

 コッソリとその光の漏れる部屋をシアナは覗いた。そう、何気なく覗いてしまったのだ。


 そこは研究室のようで、棚には薬品や機材が所狭しと並べられており、台が5つほど並べられていた。その中央の台の上には黒く、そして赤く、何なのかを特定できない塊が置かれていた。シアナはその正体をテニトカに聞いてみようかと顔をそらしたとき、扉が開く音がしてシアナは再び部屋を覗き込んだ。

「シアナ? リンは――」

 テニトカの呼びかけにシアナは静かにするようにジェスチャーで指示した。テニトカは不満げだが大人しく黙る。

「失敗だー」

 数人の白衣を着た男たちは、室内に入るなり口々に不満を零す。おそらく、研究の話だろうが、何に失敗したというのか。それにはあの塊が関係しているのだろうか。とりあえず研究員の話に静かに聞き入る。

「A50167は失敗だな。ったく、後何回この実験をする気なんだ。どうやっても細胞が副作用を起こしちまう……」

「そのせいで実験体は次々死亡。もうあと一匹だぜ?」

「成功すんのかよ、この実験。永久万能細胞なんて現実味なさすぎ……」

 何度も失敗しているのか、溜め息混じりに愚痴を零す研究員たち。しかしその中で興奮気味な声がその空気を裂くかのように響いた。

「それがよっ? 四年前とそれ以前に、成功の兆しを現したやつがいるらしい! その中間の実験でも効果は無かったものの、死亡しなかった奴もいるんだってさ!」

 話を聞いているだけでもその実験が難しいことがうかがえる。しかし、それはシアナには興味がないことだった。一刻も早くリンを助け出さねばと、その場を立ち去ろうとしたとき、「シアナ」テニトカが突然シアナを呼び止めた。


「リンだ」


 思考はその言葉をしっかりとは認識しなかった。シアナは思考が不安定なままテニトカを見る。


「あの塊が、リンだ」


 一瞬、時間が停止してしまったかのように感じた。未だに状況を理解できず、何を言っているのだろうとシアナは瞬きをした。そして時間が経つとともに動き始めた思考がシアナの頭の中をかき乱す。今までの余裕な表情とは一変し、シアナは何とも言い難いように表情を崩して部屋を再び覗き込んだ。

 言われてみればその塊は何か犬のように見えなくもない。シアナの呼吸が徐々に早くなる。

 そんな時、一人の研究者が確信となる言葉を吐いた。

「こいつさ、リンって名前だったらしい……」

 シアナの呼吸が止まった。あれだけ荒々しかった呼吸が一瞬にして止まった。そして、そのときのシアナの顔をみたテニトカは息を飲んで硬直した。

「シア……」

「実験体が逃げた! 大きな白虎……」

 ダンッ!

 テニトカのシアナへの呼びかけを途切れさせるように、勢いよく入ってきた一人の研究員は入るなり声を荒げて叫んだ。しかしその叫びさえも何かの大きな音によってかき消されてしまう。何事かと驚いた研究者たちはやや反射的に音のした方を振り向き息を飲んだ。

 たった一人の少女がそこにはいた。しかしただの少女ではないことを研究者たちはそのオーラをひしひしと肌で感じとれた。

 人が人を、しかも自分より小さな者にこれまでに恐ろしいと思うことはあるのか。たった一人の少女がこれほどまでに殺気を放つことがあるのだろうか。

 研究者たちは皆一様にシアナを見つめたまま動けずにいた。

「殺したの? リンを……」

 苦しいほど弱弱しく、悲しいほど小さく零されてたその言葉。

「殺したのかああああ!」

 突然の動きに反応できず、シアナの重い拳を喰らい、研究員は吹っ飛んだ。機材がドンガラガッシャンと大きな音を立てて崩れ落ちる。研究員ともあろう者たちがその状況を理解できたのは二人が吹っ飛んだ時だった。

「けっ警備員! 侵入者だ! 二人に暴力を振るった!」

 一番冷静に、いち早く行動に移した若い研究員が、手元の固定通信機で連絡を入れた。

「あの馬鹿」

 テニトカも一歩、いやもっと遅れているが、正気を取り戻してやっと通気口から飛び出した。

「虎だ!」

 研究員がテニトカを見て声を上げる。

「やめろ! これ以上は罪になるぞ!」

 遅れてきた警備員たちの怒号に、シアナはゆっくりと扉のほうを見やる。警備員たちはシアナの眼に一瞬身を強張らせるもシアナから狙いを外さない。それを見ているのか見ていないのか、シアナはおもむろにメスを握って、警備員に向かって走り出した。

「シアナ!」

「撃て!」を合図に警備員は銃を発砲。弾は真正面を突っ切ってきたシアナの肩を貫き「っ……」、「グウゥ……」テニトカの腹で収まった。

 シアナは撃たれた衝撃で気を失い倒れた。

「よし! 人を保護! 虎は牢にぶち込め!」

 警備員は一斉に部屋になだれ込み、すぐに足を止めた。警備員たちがそれぞれの眼に捕らえたのは、少女を庇うように立つ虎。その虎は静かに威嚇し、皆足がすくみ動けなかったのだ。そんな人間を一瞥するかのようにテニトカは二、三度右に左に歩くと、シアナをくわえて窓の外へと飛び出した。


      *


「シアナ!」

 ユウリがたどり着いたときには、シアナの姿はどこにも無かった。ただ荒れた室内を外の冷たい風が通り抜けていた。


      *


「サオン! サオン!」

 森の中でテニトカは名を呼んだ。その足元にはシアナが横たわっている。

 茂みの中から一匹の老いた猿がゆっくり出てきて、その眼は確実にテニトカを捕らえ、目を丸くした。そして絞り出すかのように声を発した。

「テニトカ……テニトカか!」

 猿は足早にテニトカに駆け寄った。

「お前、無事だったのか。でもなんだその傷、それに人間まで……」

「サオン、俺の腹にある弾を抜いてくれ」

 サオンと呼ばれた猿は赤く染まった腹の毛をかき分ける。そして顔をしかめた。

「お前さん、毎度驚くことだが、こう傷口が綺麗に塞がったんじゃあ、どこに弾があるのかわからんよ」

 テニトカの撃たれた跡が綺麗に塞がっていたのだ。

 サオンは傷口だったであろう場所を見て感心した声をあげる。テニトカは少し悲しげな顔をサオンに向けた。

「あまり見るな。好きじゃないんだ、この体質」

 サオンは「羨ましいのにのう……」と言って嘲るように、子供を馬鹿にするかのように笑った。テニトカも悲しげな表情のまま笑う。


「ところで、あの娘はどうしたんだ」

 サオンはテニトカの腹から取り出した弾を手のひらで転がしながらも、その視線は鋭くテニトカに向けられた。

 なぜ鋭いのか。それは実に簡単なこと。なにせこの森の動物たちは皆、人間が憎い。家族を殺し、住処を奪った人間がこの世界で一番に嫌いだった。そんな奴が森の中にいるのだから当然である。

 しかし、テニトカはそんな視線になど気にも留めず、優しく呟いた。

「こいつは他の人間とは違う」

 サオンはますます顔色を悪くし、テニトカに向ける視線がより一層きつく締まった。

「こいつは俺たちと話せる。俺たち動物と会話ができるんだ。そして何よりもシアナは俺たちと対等に接してくれる」

 さすがの老体。テニトカの話を真剣に聞きながらも警戒を怠ることなく、テニトカに疑いの目を向けた。

「お前に限って嘘をつくとは到底思わん。がしかし、にわかに信じられんな、そんな話」

「こいつは、シアナは俺を逃がしてくれた。そのときに言ったのだ『お前は人間だろう』と。そしたらすぐに『どうでもいい、そんなこと』と返した。見下していたらそんなこと、そんな即答はできんだろう」

「人間は平気で嘘をつくぞ」

「ああ、そうだ。だがシアナは犬を家族と呼び、その犬が死んだとき、我を忘れて人間に襲いかかったのだ」

 サオンは絶句した。さすがにそこまでの行動をしていて人間に味方できるとは到底考えにくい。しかし想像できないのもまた一つ。あの見下し、嘲るような目で動物を見る人間の中に、動物を愛する者が存在することが受け入れきれなかった。

 一呼吸置いたサオンは再びテニトカに向き合った。

「で、その娘をどうするんだ」

「とりあえず肩の治療をしてやってくれ。人間との騒動で肩を撃ち抜かれている」

 サオンは恐る恐る意識の無いシアナに近寄ると、静かに肩の傷に触れた。瞬間サオンは眼を見開いた。

「テニトカ、この娘も普通ではないようだ」

 シアナの今後について悶々と考えていたテニトカはその言葉の意味を聞くため、耳を傾けた。サオンはシアナの肩をよく見せる。

「……!」

 そこには傷が存在しなかった。撃ち抜かれていないわけではない。服には痕跡があり、出血もひどかった。なのに傷は擦り傷さえも見当たらない。完全に塞がっている。人間であってもすぐさま傷がふさがることはありえない。テニトカと同じ怪奇的な回復能力。

「これはわしの手には負えん。傷がないのであれば治療の使用がないからな。で、この娘、どうするか決まったか?」

 テニトカは立ち上がると、翼を大きく広げた。

「ああ。やっと来たのだ、このときが……」

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