そして獣は人となる
リイナは気が付くと白い空間にいた。
やられたっ。一瞬の隙を突かれたか。
リイナは脳内意識に引きずり込まれていた。目の前には赤い髪の少女が静かにこちらを見ていた。
「メイリア」
「今はシアナよ。リイナ」
互いに警戒はしない。だが緊張はほどけなかった。今、二人は互いを意識の中に引っ張り合っている状態だ。ほどいた瞬間にどちらかが意識を獲得する。
「リイナ。私はあなたの意識の中で、どれだけ人間に対して恨みを抱いているのか理解することができたわ。でも今の行動は間違っていると思うの」
リイナは黙っていた。
「今あなたが起こしている行動は、その人間たちと同じだわ」
ぎりっとリイナは歯を噛んだ。
「何が同じなんだ! 意味もなく! 我々動物を殺す人間と! 志のために戦う我々と!」
「あなたは今、人間に恐怖を植え付けている。己たちが人間にとって大敵であると見せつけているのよ」
どこかでわかっていた事実をストレートに言われてリイナは目を瞑った。
「そうさ! わかってる! 私は人間に知ってほしいんだ。我々だって生きているのだと、死ぬのが怖いのだと、怒り狂えば人間だって殺めることができると」
シアナはわかっていた。そういう気持ちを。
「わかってるわよ。痛いくらいに、わかっているわ」
リイナは涙に濡れる顔をあげて疑問を訴える。
「今はそうでもそのあとはどうなの。たとえ志のためでも、殺めてしまった命をもとに戻すことはできないわ。それはあなたがよくわかっていることでしょう」
リイナはぐっと唇を噛みしめる。過去に死んでしまった自分の家族、そして理不尽に奪われた自分の体。それはもう二度と戻ることはない。
「いい? 恨みにかられ、過ちを犯してしまったら、新たな恨みを生んでしまうわ。ずっとずっと苦しいままでしょう。互いに苦しみあい続ける」
「それをなくすために、どちらかが恨みを断ち切らなければならない」
「でも、できないよ……。抑えれば抑えるほどどんどん恨みが大きくなってしまう」
リイナは胸を押さえつけて膝を崩した。シアナはその肩にやさしく触れる。
「できるわよ。サリーはできたわ」
でも、とリイナは顔をあげた。
「私の言葉ですぐにあなたから寝返ったわ」
リイナの言葉にシアナは驚くとくすっと笑った。
「あなた姉妹でしょう? サリーの思いに気付かなかったの?」
困惑するリイナの顔を見て、シアナは、まだ子供のままなのねと思った。
「サリーはね、どんなことをしてもあなたの味方になろうってしていたのよ。でも、あなたに間違った方向に進んでいってほしくないから、キリアのもとに託して、そばを去ったのよ」
サリーのあの迷った表情をみていたらすぐにわかった。
「サリーも間違っていると思っていたの?」
リイナの声に返事はしなかった。ただ優しく肩を抱いた。
リイナはシアナとくっついてシアナの感情が流れてきた。
――どうして、私なの?
私は悪くない!
どうすればいいの……。
助けて、苦しい。
この気持ちぶつけたい!
困惑、悲観、憎悪、憤怒。負の感情が入り混じっている。なのにそれを抑え込んでいる。
抑え込むことがそんなに良いことなのか。
「いいことだなんて思わない。苦しいばっかりだよ」
――私はみんなを守りたい。
みんなが笑顔で仲良く暮らせるように。
言葉に表せないような、優しい感情が負の感情を優しく包み込んでいた。
「どんなにつらくても、一人じゃない。誰も一人では生きてはいけない。支えあうから生きていける。なにも一人で抱え込むことない。あなたには私たちがいる」
「だから、ぶつけたっていいから、誰も傷つけないで」
リイナは何かから解き放たれたように大声で泣き叫んだ。シアナはただそれを優しく抱きしめていた。辛かったね、苦しかったねと、自分にも言い聞かせるように、優しく撫でた。
「血で血を洗おうと、そこには血塗られた道しかないわ。きれいな未来に進むために、この悲しい争いを止めましょう。それが私たちの最大の役目よ」
シアナの言葉にリイナはうなずき、二人は強く握手をした。