表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第二章・恐怖の明石焼き! 秘境【夢の国】で香月が突っ込まれる瞬間を見た!

「どあほ」

 軽い冒険を終え、定時連絡で怪鳥撃破の武勇伝を得意げに伝えた香月を待ってたのは、

相方であり幼馴染である明石焼きの冷たいツッコミであった。

 冷たい。とにかく冷たい。下手に触れると低温火傷を起こしそうな勢いだ。

「そう言わんといてぇな。怪物退治は古今東西で乙女の浪漫やし、いきなり背後から不意

打ちで襲われたんやからしかたないやろ。それともこのまま愛車ごと食い殺されろと?」

「香月ちゃんが通常の巡回路を無視して裏道なんて使うからやろー」

 びしっ!

 可能な限りの正当防衛性を連ねてみたが、間を置かずに通信機からツッコミが飛んだ。

 しごくもっともな叱咤であり、切れ味バツグンのツッコミである。

「怒らんといてぇ~な~っ」

「もぉうッ 毎回毎回、香月ちゃんの乙女の浪漫とやらで車を壊されてッ 最後に尻拭い

で造り直しに四苦八苦するのは自分やねんからね。これ以上、余計な仕事を増やしたら、

香月ちゃんのお給料から修繕費分さっ引くでー、ほんまー」

「そりゃ困るわ。そこはほれ、【いつものこと】ってことで大目にな」

「そこからしてあかんねんー」

 びしっ。

 すかさずツッコミの効果音が飛んできた。

 明石焼きは部隊の副隊長を勤める、香月の冒険パーティの一員だ。

 異形はおろか神の眷属にすらに不遜な態度を崩さない香月が、唯一頭の上がらない一種

の女傑でもある。ボケ担当のくせにツッコミ体質というタチの悪い人種であるせいだ。

 ある意味で天敵かもしれない。

 もっともこのパーティ、全員が基本ボケ担当で、リーダーの香月がボケはじめると収拾

がつかなくなることも多いので、これはこれで必需な属性ではあった。

 明石焼きは黒髪黒目の典型的な日本人女性で、年の頃は香月と同じ十七歳。間延びした

語尾が表す通り、煮込んだ餅の如く掴み所がなく、のんびりまったりとした印象が強い。

「相変わらずツッコミ鋭いなァ」

 香月は頭を掻いた。

「万年自然発火の香月ちゃんよりマシやー」

 なにしろ長い付き合いだ。それだけに明石焼きは香月に遠慮が無い。

 もともと香月は隊長としての威厳に欠ける女ではあるが、ここまで相方に尻に敷かれる

と物哀しい。

「今回は不可抗力として大目に見るけどなー、次やったらコレで頭かち割るでー」

 言いながら香月は愛用の鉄板入りハリセンをブンブンと振り回す。

 この娘はヤると言ったら必ずヤる。なにしろこの十数年の付き合いで、香月が明石焼き

に頭をカチ割られた回数は一度や二度ではないのだ。

 このあたりの容赦のなさが既に彼女の天然ぶりを現しているのだが、困ったことに明石

焼き本人はソレに気がついていない。

 その風切り音が聞こえたか、香月の隣から青年の「うわっ」という呟きが聞こえた。

 明日は明日の風が吹くとは言ったものの、その風は風速40メートルで看板やら何やら

が飛んでいて、当たれば即座に致命傷だ。

「まったく、それだけの被害出した割に二人とも無傷だったかいいものの、あとで壊れた

車体を修理するこっちの身にもなって欲しいわー」

 香月の備品破損の常習癖はパーティ内でも悩みの種だ。

「帰りぐらいは安全運転を心がけるわ。あと少ししたら帰還する」

「はいな」 

「じゃ、そういうことで」

 香月が受話器を下ろそうとする寸前、耳元で金属を摺り合わせる嫌な音が聞こえた。

 明石焼きが道具箱を開けて何かを物色している音だった。

「帰りにまた車を壊したりなんかしたら、どうなるか分かっとるやろねー?」

「うっ……」

 悪魔の警告であった。

 香月は逃げるように通信機の電源を切る。

 引き際を見極める潔さも乙女の浪漫だ。

「釘刺されたっスね」

「それも先端を唾で濡らしてから斜め打ちときたわ」

 もはや釘の抜きようがない。

「なんにせよ、大急ぎで屯所に戻らないとまずそうや」

「そうっスね」

 がったんごっとん。ぷすんぷすん。

 そうは言うものの、ほぼ廃車寸前まで半壊したジープがまともに動くわけも無い。

「文明の利器に乗ってるのに、まるで牛車にでも引かれている気分やなー」

 原始的乗り物よりも遅い文明の利器とは、なんとも無駄遣いもはなはだしい。

 もしかしたら走って帰ったほうがいいかもしれない。

 環境にも優しいし。

「まぁ、不可抗力とはいえレアものの怪鳥シリーズの戦利品も入ったし、これでギルドの

ポイントもロルマ達成やろ」

 どっさりと後部座席に積み込んだシャンタク鳥の羽毛やら鱗皮やらをチラ見し、香月は

フフンと鼻を鳴らした。

 殺しはしないが剥ぎ取れるものはきっちりケツの毛まで毟って剥いでおく。

 転んでもタダでは済まさない大阪商人は、実にえげつない。

「これで、やっとオフかぁ」

 なにやら楽しそうに青年が呟く。

「期待しているところ悪いが、今月中にギルドガードのランクをあげにゃならんからな、

もうひと叩きはするで。ド新米は休む間もないと覚悟せえ」

「あ、そうなんスか。残念です」

 青年の日常に平穏が訪れるのはまだまだ先のようだ。

 そして冒険に満ちた日々は現在進行形だ。

「それに、隊員一号が元の世界に戻れる方法も探さなんとな」

「そうなんですよねー」

 青年は影の薄い自分の手を眺めながらハァと溜息をついた。

「こんな目にあうと分かってたら、あらかじめブルーレイで番組予約を一か月分設定して

おいたのになぁー」

 影が薄いというのは比喩ではなく、実際に青年の肉体は若干透けているように見えた。

 彼はリアルな意味で存在感が希薄なのだ。強く息を吹きかけたら消えてしまいそうに。

「そのあたりのことは詫びとくわ。だから責任とって保護しとるやろ」

「できたら、もうちょっと優遇してほしいんですけど」

「善処するわ」

「選挙前に公言する議員候補の公約よりアテにならない言葉だね」

「まったくや」

 自分で言うな。

「ハァ……あっちで何日経過してるか分からないけど、ヴィエ、心配してるだろうなー」

 青年は現実世界に置いてきた相棒の顔を思い浮かべて溜息をついた。

 香月たちには出会った頃から一度も名前で呼んでもらえず、今では『隊員一号』で呼び

名が定着してしまったが、彼にはれっきとしたサイモンという名前があった。

 現実世界では、ジャパニメーション大好きな東京在住の国籍不明のドイツ人としてブイ

ブイ言わせていたものだが、夢の国では香月と明石焼きらに下っ端として扱き使われる、

何処にでもいるタダの三下にまで落ちぶれていた。

 ……コチラでも役割はあんまり変わってないかもしれない。

「やー、袖摺り合うも多少の縁とはいうけど、まさかこんなことになろうとはねー」

「ほんとにね……」

 もともと彼は香月たちのような【夢の国】を放浪する【夢見る人】ではない。正確には

素質はあるが、覚醒するまでの精神判定チェックに成功していない発展途上の状態だ。

 そんな未覚醒状態の彼が何ゆえに【夢の国】のド真ん中を彷徨っているのかといえば、

全ての原因は香月たちにあったりする。

「いやほんと……門番に事情を聞いているときに隊長に後ろから蹴り入れられて、700

段の階段を転げ落ちたときは死を覚悟したよ。よく生きてたと思う」

「あははー、誰かと一緒に転げ落ちてたら精神が入れ替わってる勢いやったねー」

 笑い事ではない。

 本来【夢見る人】の資質を持つものは、ときおり深層心理の奥底にある70の階段へと

迷い込むことがあるが、そのまま下層の炎の神殿に辿り着くことがあっても、【夢の国】

に繋がる【深き眠りの門】の先に行くことは原則ない。

 その門を越えるには【夢見る人】に覚醒し、門番である二人の神官に認められる必要が

あるからで、未覚醒の者は文字通りに門前払いで現実世界に戻されるからだ。

 青年も例外ではなく、およそ三日前に夜も寝ないで某動画サイトをハシゴしている最中

に意識を失って寝落ちし、そのまま熟睡中にたまたま【炎の神殿】に迷い込んだという、

いわゆる典型的な門前払いケースだったのだが……

「ああもうっ、前が詰まっとるやろ。とっとと入らんかいっ」

 と、ワケも分からず門番を相手にトロトロと精神判定しているところを、あとからきた

香月に背中から蹴り落とされ、そのまま700階段を転げ落ち、資格が足りないのに強引

に【夢の国】まで御案内とあいなったのである。 

 そんな不完全な状態で異世界へ訪れれば、当然にひずみも生じるわけで……

「嗚呼、二次元が恋しい……」

 青年は存在感が希薄な危うい状態で精神世界に釘付けされ、未覚醒ゆえに自力で現実の

世界に戻れないまま、厄介なこの【夢の国】に固定化されてしまったのである。

 青年の現在の状態は、ちょっとした【ステータス・地縛霊】というところか。

 結局、その責任をとるために香月が【夢見る人】初心者の彼をパーティに加えることと

なり、麻生香月探検隊の隊員一号となって現在に到るわけである。

「まぁ、選ばれし者とか救世主とか押し付けがましい名目で異世界に召還されて、魔王と

戦わされるハメになった勇者様になったと思って諦めや」

 がったんごっとん。ぷすんぷすん。

 一台の壊れかけのジープが広大な平原を走り続ける。

「ほんま、一介の女子高生のわたしらが、こんな勇者様設定の冒険ものに巻き込まれると

は思わんかったなぁー」

 どこまでも続く平原地帯の景色を眺めながら、香月はもはや戻れぬ平穏な日常の記憶を

反芻しつつ、気の合う相棒と共に裏山で遊び回った幼少時代を懐かしんだ。

 思えば、スケールこそ違えど、やってることは今も昔も同じなのかもしれない。

「まぁ、これはこれで……な」

 悪くない。こういう波乱万丈な生活も悪くない。

「普通に学校かよって、普通に友達とだべって、普通に文芸部で同人誌を書いて、普通に

オシャレして、普通に恋に恋する年頃らしい乙女の浪漫を追いかけるのもアリやけどな」

「恋に恋する、ね」

「なんやその可哀想な人を見る目は。ちゃんと自分にはリアルな恋人もおったで」

「……過去形」

 そこがポイントだ。

「一度や二度のハートブレイクキャノンでへこたれるわたしやないわ。まっ、今回の失恋

は、わたしが百メートルを12秒で走れる脚力が原因だったんやけどな」

「なにそれ?」

「【アンタにはもうついていけへんわ】いうのが前の彼氏の口癖やったからな」

 一拍の間をおいて、青年はポツリと呟いた。

「……ダメだこいつ……早く何とかしないと……」



 翌日。

「とっとと起きろテメェ」

 ごめすっ。

「ぐはァッ」

 ここは麻生香月探検隊が間借りしている長屋の一角。

 布団の中で大いびきをかいて熟睡していた青年は、朝一番から香月の目覚まし代わりの

踵落しを顔面に喰らって叩き起こされた。

 既にお天道様が昇ってかなり経つ午前七時のことだった。

「なにすんだもうッ まだ朝礼やには早い時間じゃないかッ」

「初出勤から遅刻されちゃたまらんからな」

 彼が隊員として探検隊に入隊した以上、監督責任は隊長の香月にある。

「まったく、朝から寝坊寸前の主人公を起こしに家までやってくるヒロインなんて贅沢は

そうそう味わえるモンやないで。感謝せい」

 朝に寝坊する自分を優しく起こしに来てくれるヒロインというシチュエーションは、青

年も一度は体験してみたかった漢の浪漫の一つだが、現実はそう甘くない。

 まさに良夫賢父の理想的図式だ。

「あいたたたたっ、頭が割れるように痛い」

 本当に頭をカチ割られるところだった。

「とっとと着替えい。五月病を気取るにはまだ早すぎるで」

「わかってるよぉ~っ」

 青年は寝惚けた声で布団の周囲に脱ぎ散らかした帽子と探検服をかき集めると、不精に

もモソモソと布団の中で着替えを始める。

 一秒。二秒。三秒。四秒。

「ってッ 隊長どっから入ってきたんですかッ」

 律儀に着替えを完了してから、青年は布団から跳ね起きてツッコンだ。

 見事な時間差攻撃だ。

「ピッキングで」

 きっぱりさっぱりと香月は言い切った。

 このテの技能は冒険野郎の必須科目だ。

「しかし、きったないなぁオイ」

 香月は青年の部屋を見回し、ツマミとスナック菓子の袋と、空になった酒瓶が散乱する

六畳一間の惨状に顔をしかめた。

 とても数日まで無人の貸し部屋だったとは思えない生活臭だ。

「男独身に蛆が湧くとはこのことやな」

 実に分かりやすい野郎部屋の酷いアリサマだ。

「これでもまだオタグッズが散乱してないだけ、実家よりマシではあるんだけどね」

 青年はキッチンの釜戸にヤカンを置いて火をつけてから洗面台へ向かい、顔を洗って歯

を磨く。それから酔い覚ましにインスタントコーヒーの粉をカップに入れ、沸いたヤカン

から湯を注ぎ、濃い目のブラックの状態で一気に飲み干す。

「準備は済んだ?」

 律儀に玄関で待っている香月が言った。

「とりあえずは」

 気分爽快とは程遠いが準備は完了だ。

「ならコレを持ってわたしについてこい」

 言って香月は青年にショットガンを投げて渡した。それから追加で弾薬ベルトも投げて

よこしてくる。

「なにこれ?」

 およそ晴れやかな朝とは無縁のモノだ。

「これがクラッカーに見えるならグラサンやめて瓶底眼鏡にすることをお薦めするわ」

「なにしに行くの? 物騒なこと言わないでよ」

「探検隊がやることなんてひとつやろ。これから探検に行くんや」

「はい?」

 予想だにしない発言だった。

「つい先日、南下水道の清掃作業に出かけた水道局員が二人行方知れずになってな、今朝

になっても連絡がないから救出部隊を派遣してくれとギルドから依頼があったんや」

「そんなの自警団の仕事じゃないの」

「ウチは実地訓練を兼ねて自警団の仕事も請け負うの。実戦に揉まれたほうが隊員も成長

が早いからな。ギルド本部からも報償も入るし、ギルドランクも上昇や」

 なんでもアリに見える【夢見る人】とて生活があり、社会があり、それなりの文明シス

テムというものがある。

 【夢の国】に都があって王様がいれば、当然に【夢見る人】が集まって市街が造られ、

人間社会のコミニティーが生まれ、やがて組合みたいなものが組織されるものだ。

 特に深き眠りの門から直ぐのウルタールの街では、文無しの身ひとつで訪れる初心者の

【夢見る人】のために、保護や仕事の斡旋を行う組合がある。ここでは簡素な貸家の紹介

や小間使いの仕事の紹介ぐらいがせいぜいだが、セレファイスなどの大都市では大規模な

ギルドが各ジャンルごとに組織され、より幅広くレベルの高い仕事にありつけるという。

 生活をするには金が要る。金のために仕事がある。夢の世界も存外せちがらい。

「今回の仕事は難易度が☆☆☆と高得点や。ウルタールのギルドでランクAになったら、

いよいよセレファイスに突入やから、気合入れてミッションこなさんとな」

 香月はいそいそと靴を履く青年を見る。

「あと、汚れても構わない服を用意しとけ。下水道の捜索を一日がかりでやるからな」

「で、単なる捜索隊の派遣に、このゴツいクラッカーの重装備は何?」

「下水道に巨大鰐は付き物やからな」

 凄い理論だ。

 しかし『それ』が当たり前のように罷り通っているのも夢の国だ。市街地だから猛獣の

類はいないだろうと油断してはならない。

「ちょっとっ、汚れてもいい服なんて持ってきてないよ。隊員生活三日目ってことで新品

の服しかないし、今から買いに行くにしたって、こんな早朝じゃ店も開いてないし」

「ったく、世話の焼けるやっちゃなぁ」

 隊員のトロ臭さに、やれやれと香月は頭を掻いた。

「それじゃ明石焼きのヤツに連絡しておくわ。あいつは最近、具現化能力なんてトンデモ

な便利能力に目覚めたからな。ほれ、この普段着も明石焼き製や」

 そう言う香月の服装は、確かに普段着慣れている高校の制服だった。

 夢の国では現実から持ち込んだ装備品が【こちら】の世界観に引っ張られ、その時代背

景に則したものに強制変換される。本来ならば彼女の纏う服も、この世界にあったものに

変更されるはずだが、なぜか今日は場違いな学校の制服のままだった。

 そもそも制服がどうの以前に、産業革命以前の文化レベルである【夢の国】に、ジープ

だのバズーカーだのを持ち込めること自体が異常なのだが、これは数ヶ月前に明石焼きと

香月が巻き込まれた『新世界の神』事件が原因だったりする。

 いつからこんな能力に覚醒したのか不明だが、最初は明石焼きが深き眠りの門をくぐっ

ても装備品が変わらなくなったのが初めだった。

 そこから香月は何かピンときたのか、様々な実験を経ることによって、ついに明石焼き

には強く思い浮かべたものを【夢の国】に持ち込める空想具現化能力があること発見。

 訓練に訓練を重ね、いまでは近代武器資料本を熟読させることで、かなり現実のものに

近い性能を持つショットガンやら車両やらを具現化させられるようになった。

 もちろん精神にかなりの負担をかけるので、あまり乱用は出来ない。そのあたりの苦労

は先日の車破損の報告を聞いた明石焼きの愚痴からも分かる。

「いやー、まだまだ【夢の国】限定とはいえ、このチート能力はほんま便利やわー」

 それもこれも件の事件で明石焼きと同化した『縞瑪瑙』のおかげなわけで……

「てなわけで連絡すりゃあ直ぐに調達できる。サイズは2Lでよかったかな」

「ああ、うんっ」

「夢マラリアの予防注射は済ませてあるか?」

「いや、フェラリア対策だけなら一応」

「だったら予防注射やな。下水道は蚊や鼠の媒介する病原菌が怖いからな」

 【夢の国】は現実にはない未知の病原菌が多い未開地のため、夢見る人は常に風土病の

脅威に晒されている。特に彼女らのように市街地の外を巡回する冒険野郎は、常に新種の

伝染病や寄生虫に冒される危険がある。

 気休めにしかならないこともあるが、こういった予防接種は探険家を名乗るなら忘れて

はならない下準備だ。

「予防注射が終わったら下水道の探索や」

「了解」

 立ち去ろうとする香月へ青年は言った。

「隊長って、面倒見がいいんだね」

「あんたが無駄に世話を焼かせるからや」

 ぶっきらぼうに吐き捨てる香月へ向けて、青年はニコリと無邪気に微笑んだ。

「ホント、優しいんだ」

「馬鹿を言え。とっとと行くぞ」

 香月が照れ臭そうに言う。その頬は少し赤く、まんざらでもないという表情だ。

「惑かけっぱなしでごめんね」

 靴を履きながら青年は素直に謝る。

「気にするな。いつものことや」

「今夜、酒でも御馳走するよ」

「生憎とわたしは未成年や」

 フラグには程遠い。

 どちらかといえば不肖の息子とオカンの掛け合いに近い。

 だが、それがいい。

 こういう男女の関係も、悪くはない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ