銀河鉄道のチョム-女優編-
ペット禁止ですから…
そう告げられてから一ヶ月。断腸の思いであったが、私はカンベ君を野生に返す事に決めた。
カンベ君を野生に返すにあたり、トレーニングをしなければならないと思った。幸い私は女優業で稼げていたのでカンベ君のトレーニングシステムを構築するまでに一日とかからなかった。
イトカワダンゴムシ研究の第一人者である糸川英樹氏に意見を求める事ができたのも大きかった。
一ヶ月の間トレーニングに励んだカンベ君は見違える程変わった。
それはもやしが大根になったような感じだ。間違いなくイトカワ最強のイトカワダンゴムシになる事まちがいなしだった。
実際イトカワ博士と実戦させたら、習得したローリングカンベを見事に決めイトカワ博士に全治3週間の怪我を負わせた。
重みをつける攻撃なので重力がほとんどないイトカワで使用できるか分からないけど、鍛え抜かれた体はどんな敵にも臆さないだろう。
おおおおおおおおお!
轟音と共に銀河鉄道ハヤブサが動き出す。響き渡る轟音、乗しかかる重力、たまに聞こえるじいちゃんを呼ぶ声。
発車してどれほど経っただろうか、突然丸くなっていたカンベ君が腹部に大砲玉の如くヒットした。
グエッwww
奇跡の大女優と呼ばれる私があげるべきではない声を出してしまった。
Gの影響で3倍の重みになっているカンベ君が腹にめりこむ。
ぉおおおおおおおおお!
苦しい!苦しい!しかし私は女優、ポーカーフェイスで乗り越える!
腹部を圧迫され思い出す。
私、お通じどれだけ行ってないかしら……
いやぁああああああああ!
便秘でただでさえ詰まってるのに、こんなので強制排便なんてのは避けなければ!
ゴゴゴゴゴ!
どうして!どうしてカンベ君、ローリングカンベをやってるの!
カンベ君が私の腹部で回転を開始した。
なんでえええええ!
腹部圧迫にマッサージ効果も付与されこれはもう地球初排便行きが確定だった。
しかし私は女優!ポーカーフェイスはお手の物!
ブッ。
少しおならが出てしまった。
くさっ!
自分で出してて言うのもなんだけど、これは破壊兵器だわ!
なんて事を思ったらカンベ君の動きが止まった。
まさか、私のおならの臭い?でもそれは酷くない?確かに私も臭った瞬間意識飛びかけたけど、でも聞いてカンベ君のせいでこうなったのよ。
そこで何故カンベ君がキャリーから出てきているのかに気付く。
前方の固定ベルトにはめていたキャリーに穴が空いていた。3倍の重さになったカンベ君に耐えられなくなったのか!
幾ばくかして通常Gになった。グラビティシステムが起動したのだ。
とりあえず腹部にあったカンベ君を隣の席に置いた。丸くなって安らかに眠っている、呑気なものね。私は耐えずこの便意と戦っていると言うのに。
「お客様…あっ…」
突然の声に顔をあげると、精悍な顔をした碧眼金髪の青年がいた。
制服を着ている、車掌のようだ。
私は被っていた帽子を深く沈めた。顔をしっかり見られるとマズイ、私は奇跡の大女優だからだ。
ちらっと彼を見ると、彼の目線は前方のキャリーケースに向いていた。
「壊れてしまったのですか…」
「えぇ…まさか壊れるとは思ってなくて…」
ギュルルルルルル…
微かにそんな音がした。空気読め胃腸。
「何か、代わりになるようなもを探してみますね。」
そう言うと一礼した。
カチャっという音と共にネームプレートに気付いた。お辞儀と共に音がしたようだ。
私はそこに書かれた名を読んでしまう。
チョム・ポルムキン・E
ええええええ!?あああああ??
あなたのその顔は明らかにウィリアムだわ!チョム?なんで?なんでチョム?ってか普通チョム・E・ポルムキンじゃないの?
いやいやいや、その前に出身どこ?あの顔でチョム?ハーフ?そんなわけない、だって超ゲルマン。顔が超ゲルマン。
彼はとてつもない謎を私にぶち込んだ。
するとその瞬間、なんじゃこりゃああああと松田優作ぶりのセリフが聞こえた。左前方に座る女性に何かあったようだ。
チョムはささっと彼女の方に向かい歩いて行った。
と、緊張が解けたのか突然便意が再来した。
ギュロロロロロロロ!
おおおおおおおおお。
これはヤバイ。絶対ヤバイ。
トイレに行かなくては。私はシートベルトを外し立ち上がる。
腸の中の奴も下る。
あかん!!
私はすぐに座り直した。これはダメだ!このビッグウェーブに耐えてからでないと悲劇が舞い降りるのが目に見えている!!
この車両には全部で4人、私と通路を挟んだ向こう側、左前方に女性が1人。そしてその少し前にお爺さんとお孫さん。
私は彼らの横を抜けてトイレに行かなければならない。もし途中で力んでおならをしてしまったら…
あの臭いだ。女性と孫は大丈夫だろうけど…ジジイは死ぬ。
さすがの私も人が死んでポーカーフェイスはできないだろう。
だから頼む!去れ!ビッグウェーブ!
ギュロロロロロロロ!
ダメだ。戻る気配がない。
「じいちゃん!なにあれー!」
戦っていると高い声がした。あのお孫さんだろう。声の方向に目をやると、思った通り子供が窓の外を指差して、お爺さんに何かを言っていた。
「スペースデブリじゃな。」
私も何となくその方向を見ると、WCという文字が見えたので目をそらした。今見てはならない2文字第1位ではないか!なんでこのタイミングで来るんだよ!ちゃんと回収しろ宇宙工事業者!!
私は今まで様々な撮影に挑んできた。高山、雪原、砂漠、海。それらはどれも簡単な撮影ではなかった。
でも、今のこの環境は今までの苦労を覆すレベルの苦しさだ。
どうしてこんな目に遭わねばならないのだ。生まれてからこの二十数年。あと数年で三十だけど、男も作らず一生懸命勉強や仕事をしてきたはずなのに。男が出来なかったのは趣味のペットのせいかもしれないけど…それでも真面目に生きてきたはず。
なのになんで、なんで銀河鉄道ハヤブサでファンタスティックに排便しそうになってるの!?
奇跡の大女優?ほんとに奇跡的な状況すぎるわ!
とんとんとんぽーん
ビッグウェーブとギリギリのサーフィンを楽しんでいると車内アナウンスが流れた。
「これよりワープ走行に入ります。ワープ走行中はグラビティシステムが稼働できませんので無重力状態になります。ご注意下さい。ワープに切り変わり次第無重力状態になりますのでシートベルトを着用して下さい。ワープ走行3分前です。」
チョムの声だった。
あいつ、キャリーケースの代わり持ってくるんじゃなかったのか!
ってかキャリーケースじゃなくてトイレ持ってきて。無理なのわかってるけど。
あぁ、そんな事はどうでもいい。とりあえずシートベルトしなきゃ。
シートベルトをしめる。爆弾が排泄口に向かった。
ふふふっ、シートベルトの事嫌いになっちゃうぞ。
ギュロロロロロロロ!
ごめんなさい、そんな事はないですぅ。
「ワープ走行1分前です。」
よしよし!無重力になれば、爆弾をとりあえずは上部に一時移動できるに違いない。はよ無重力状態なってくれ!
こういう時の1分間は何故か長く感じる。しかし耐えれば良い。必ずその時はやってくるのだから!
「ワープ走行に入ります。」
窓の外が光り始め、カーン!と高い音がした瞬間に体の重みが無くなったのを感じた。
これが無重力!!
私は感動した。シートベルト着用サインが消える。私は即外した。体が浮く!浮いてる!カンベ君も目を覚ましたのか空中を泳いでいる。私の便意も無重力と共に緩和した。無重力だからトイレにも歩かずに、スーッと泳いでいける!
チョム・ポルムキン・Eはキャリーケースの代わりを見つけられないようだし、応急処置にもならないけど穴の空いた底部を上にして固定ベルトにはめなした。そして穴からカンベ君を入れようとした時、私の視界の隅を何かがよぎった。
「やわらか…煮込み…ハンバーグ?」
中身が飛び出し浮遊している。
前方の女性は無重力が楽しいのか宙で回っている。その前のお爺さんは孫を押して飛ばしていた。楽しくじゃれあってるようだ。
のぉおおおおおおおおお!?
女性が叫んだ。どうやら彼女の弁当だったらしい。私も宙に浮いてカンベ君をキャリーケースに収納しようとしてた所だったので、やわらか煮込みハンバーグを救出するのは不可能だった。
私はハンバーグの行く末を眺めていたが突然…
ゴボォオオオオオオオオオ!
とてつもない異音が轟いた。
何事かと振り返ると
ゴフッ…
「グエッww」
さっきまで孫とじゃれあってたお爺さんがきりもみ状態で飛んできて、私の腹部に強烈な蹴りを叩き込んでいた。
爺のGキックは宙で作業していた私を吹き飛ばした。私は車両の左側の窓に当たり、跳ねて右側の窓に当たりとピンボール状態に…
こうなっては便意もクソもない。
いや詰まってるには詰まってるんだけど…
周りの状況が全く分からないまま私は後方へと吹き飛ばされたが、何かがお尻にヒットした。その瞬間詰まっていた何かが一気に吹き出た。
ぶぉおおおおおおおおおお!!
全てを解き放ってしまった。冷や汗がでた。終わった。私の女優人生終わった。間違いなく終わった。
しかしそれはすぐに安堵に変わった。
不快感がないのだ。
私が出したのは多量のおならだった!
それに気付くと同時に私は前方に加速していた。おならの推進力だ。
加速しながら思う。
さっきのおならの音、まるでソニックブームみたい。でも排便一歩手前だったしこれじゃきっとクソニックブームww
脳がフル回転して全てがスローモーションになってる私にはこんなジョークもお手の物。
あっ…そう言えばカンベ君は…
加速する中、ジジイにぶつかる前の事を思い出す。
だがその心配も杞憂に終わる。
あのお孫さん、あの子供が大切そうに腕に抱えていたのが見えたのだ。
良かった…カンベ君は無事だったのね。
視界に自動ドアが映る。私はきっとあの自動ドアにぶつかる。そんな未来が見える、ドアが迫る、目を瞑り覚悟した。
「………。」
が、ぶつからない。
目を開けた。
次の車両にいる!
超反応で自動ドアが反応したのだ!
しかもこの車両、誰もいない!
さすが貧乏列車!良かった!銀河鉄道ハヤブサ選んで良かった!
私は何とか座席に手を伸ばし、体をぶつけながらも停止した。
奇跡の大女優である私は奇跡的な軌跡で顔をぶつけずに止まれたのだ。
もちろん体はぶつけまくってたので、顔以外は激しく痛みを訴えていたが、このチャンスを失うわけにはいかない。
私はトイレに直行した。
そして、スッキリした。