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第四話 「落雪」

 「マンナ!本当?行くの?」

 「この目で確かめねばならん!」


 翌日早朝、私は引きとめようとするモードを振り切り、まだ見ぬ空へと、ドラゴン達の集う土地へと旅立とうとしていた。まさかドラゴンが絶滅しているなどというモードの言を信じられる筈もない。絶滅したというのならば、何故私はここに存在しているのか。私の両親は何処へ消えたというのか。ドラゴンの卵は孵化に何百年という年月がかかるという線はどうだろうか。しかしドラゴンといえどそこまでの年月を栄養供給なしに生きていられるとは思えない。やはりドラゴンが全て全滅しているとは考えにくい。絶滅したと思われていた生物が時代の節目にひょっこりと現れるように、何処かで生存し続けているのではないか。


 「モード、お前は人間の元に戻れ!」


 身体にしがみつくモードを力任せに振り払い、私は翼を広げる。普段のモードに対する気遣いなどまるで忘れ、モードは風圧に吹き飛ばされ大きく尻もちをついた。軽く聞こえた嗚咽に、ハッとしてモードを見る。小さくすすり泣くだけで、どうやら大事にはなっていないようだった。自らが責任を担うと覚悟したモードを私自身が傷つけたことに罪悪感を覚えつつも、それでも私はドラゴンを探し手に行くという決意を変えようとは露ほども思わなかった。偏にそれは私の傲慢か、結局は私も自分自身の欲に素直な愚か者だった。


 「済まなかった。それでも私は確かめに行かねばならんのだ!」


 もはやモードに背を向け、私が脚に力をうんと籠め、飛び上がったその瞬間、私の背中を衝撃が襲った。


 「馬鹿者!やめんか!死にたいのか!」

 「やだ!僕も一緒に探す!」


 しがみついてきたのはやはりモードであった。先ほど打った怪我にもくれず、嘗て見せたことのないほどの跳躍で私に跳び乗ったのだ。一度飛び上がったものの、モードが跳びかかった事で不安定になり、生命の危機染みた感覚を覚えた私は強くモードを叱咤するも、モードは頑なにその手を放すことはなかった。幼稚な反応につい、私も目くじらを立て、いつ落ちるかわからない状態のままムキになって飛び上がった。これにはモードも怯え、大人しくなるだろうとモードを見やれば、高度と強風に怯え震えつつも、それでも訴えるかのような目線を私に向けるモードがそこにはいた。


 「一人に、しないで…。」


 そうつぶやくモードによって、私はどうしようもなく庇護欲と良心の呵責に苛まれた。何時の間にかモードがここまで私を信頼していたのかということを、モードは私と違いか弱い人間であるということを、私はいやというほど潤んだ瞳から教えられたのだ。そもそも、果たしてモードを此処に残せばどうなるというのだろうか。周辺の土地勘があっても、村に行く手段など持ち得ない上に場所すらもわからない。モード一人程度簡単にへし折れるような獰猛な獣も生息している。安全を考えていないにも程がある話だった。


 「モード、私が短慮であった。許せ。」

 「じゃあもう、置いてかないで…。」

 「ああ、約束しよう。」




 モードによれば、ドラゴンは大陸戦争と呼ばれる人とドラゴンによる戦争によって絶滅したらしい。何故人とドラゴンが戦争などという血腥い形にまでなってしまったのか思うところはあるが、兎に角私は北上を続け、最後の舞台となったラチューン最西端の地、リベイラへと向かった。リベイラは高高度の山脈と盆地によって形成された土地であった。道中巨大な鳥類をドラゴンと早合点した私が惨事を起こすも、ドラゴンの体質が想像以上に寒さに対して強かったことも、またモードのために作ったあの毛皮が存分に活躍したこともあってか、幾分容易にたどり着くことが出来た。深々と雪が振り続ける大地に、雪を見たのは何世代ぶりかなと思いを馳せながら、ドラゴンを探し続けた。


 「モード、何か見えたか?」

 「雪で何も見えないよ。」


 私自身が飛行していることもあって、モードは吹雪に苦しめられていた。常ならばモードの索敵によって獲物を発見するこの頃、モードの目が活かせないことはあまりよい状況ではなかった。それにしても、ドラゴンである私以上に優れた視力を持つ人間というのはどういうことなのだろうか。狩猟民族であれば可能性がないわけではないが、正直言って納得のいかないことではある。とはいえこうして実在しているのだから、認めねばならないだろう。


 「もう陽が沈むか、洞穴に戻るとしよう。」


 うんーと気の抜けた声で返すモードには疲労が色濃く見える。無理もない。この地に来るために5日間吹き荒ぶ風と騎乗に伴う負担、さらには外敵に苦しめられ、今もドラゴンを探すために点々と移動しているのだ。休む暇など殆ど無く、果実や食える野草が無いために食糧難でもある。


 「この地に村などはないのか?」

 「多分、ある筈だよ。はちみつで有名な場所があるって聞いたことあるよ。」


 蜂蜜か、それはまた栄養満点で良い。モードを助けるためにも、一時的に、ほんの瞬間、村の者に預けるのもない手ではない。何よりとある区画にあるとてつもなく吹雪の強い場所が私は気になっていた。モードを連れて行くことは到底不可能なほど強烈な横風、まるで天然の牙城。ドラゴンがこの地にいるとするならば彼処だろうと私は当初から当たりをつけていた。


 「むっ、モード!しがみつけ!」

 「ミドレスだ!」


 吹雪に混じって訪れた羽音に私は急速下降を行う。恐らく、相手はモードの言うミドレス。この世界で数少ないドラゴンである私に挑みかかる生物だ。体躯は大きいもので三メートル。今の私が全長十五メートル越であるから、私としてはそれほど大きく感じないものだが、人間であるモードにとってミドレスは恐怖の権化といっても過言ではないその姿は鳥と蜂の中間といったところか。蜂がより鳥に近づいたという方が正しいかもしれない。脚は六、羽は一対、複眼ではなくしっかりとした眼を持っている。全身を羽毛が覆い、蜂に比べ顔と顎が小さい、など様々な差異があるが、何よりも厄介なのはモードを狙う習性があることだ。単純に小さい方を狙っているだけなのか人の子を常食としているのかはわからないが、その素早さ故に極めて厄介な相手である。


 「何匹いる!?」

 「わかんない!でも二匹以上いる!」


 弾丸のように地を目指す私をノイズのような羽音が追い立てる。このミドレスは基本的に三匹程の集団で襲い来る。普段ならばドラゴンの鋭利な顎で難なく捉えるところではあるが、こうも視界が悪くてはドラゴンの大雑把な攻撃を当てることは叶わないだろう。まさかこれほどの高所にもいるとは想定外だ。直ぐにでも洞穴などを見つけて撃退しなければならない。


 「左!もう来てる!」


 もはや言われずとも強烈な羽音で分かる。確かにミドレスは素早い難敵ではあるが、ドラゴンの速力について来るほどの個体とは恐れ入る。もしや別種か、それとも繁殖期などの時期と重なったか。とはいえそれは捨て置くべき事柄であり、今はミドレスにどう対処するかである。


 ミドレスが襲い来る気配を把握し、左右に身体を逸らす。背後をぴったりとつけるミドレスを視認することは叶わず、私はモードの指示と直感を頼りに避けねばならなかった。ミドレスの武器はその顎の毒だ。致死性のある毒ではないが、頭がぼんやりとする、感覚が鈍くなるなど麻酔に似た効果を持つ。恐らく獲物を生きた状態で巣へと運ぶために特化した毒なのだろうが、今の状況でモードがその毒牙の餌食になれば美しい雪原へと叩きつけられることになるだろう。


 「前にも来た!」


 吹雪に混じり、前方からミドレスが現れた。やはりこの地域でも三匹分隊は変わらず、挟み込む形で私は追い込まれた。前方のミドレスが大きく顎を横開き迫る。三メートルもの巨大が高速で迫るその様は身の毛もよだつ程であり、ここまで生態系が異なる世界を経験したことのない私は驚いたものだ。


 「小癪な!」


 しかし、それでも今私はドラゴンなのだ。体勢を崩さぬよう慎重に、それでも満身を籠めて最早金属に近いその爪をもってミドレスを引き裂いた。巨体を支えるために最低限の重量で形成されたミドレスの肉体は容易に卸された。


 「む、洞穴が見えたぞ!」


 漸く、昨夜を過ごした洞穴が眼下に現れた。ミドレスと退治するならば狭い空間が良い。どれほど強靭な顎も、厄介な毒も、ドラゴンと真っ向から戦う力など全くない。モードの安全さえ掴めれば蚊も同然であった。




 「あれ…。マンナ、ミドレスいなくなった。」

 「何だと?」


 減速し、ホバリングを維持しつつ後方を眺めれば、確かにミドレスの姿を認めることは出来なかった。あの喧しい羽音も聞こえてくる様子はない。


 「いつからだ。いつからいなくなった。」

 「さっきまでいた。だけど…。」


 撤退したのだろうか。ミドレスは社会性を育む知能をもっているからして力量をわきまえ断念した可能性もある。それでも不可解なことであった。幾度かミドレスと遭遇し刃を交えたが、奴らの執拗さは相当なもので、モードもミドレスを見つめることを重点として策敵するほど面倒な相手だというのにこれではあっけなさすぎる。奴らの撤退に何の意味があったのだろうか。恐らくミドレスにとって馳走であるモードを諦めるほどの状況…。その時、ミドレスのものとは違う甲高い鳴き声が轟いた。


 「まさか!?」


 音に気づいた瞬間に、既に其奴は迫っていた。翼を閉じ、上空から迫る美しい肢体、真白の羽毛に見開いた眼。私の体躯に迫ろうかというほどの巨大な大鷲だった。あまりの速度に、まともな反応一つすら出来ず、トラックにでも激突されたかのような衝撃に襲われた。


 「はなせ!このっ!」

「ぐ、やはり狙いはモードか!」


 衝撃に震え、意識を失いかけるも、モードの声に我を取り戻し再び上昇する。成る程ミドレスがいなくなったことも頷ける。ドラゴンになったことで浮かれていたが、この世界にはまだまだ巨大な生物がワンサカといるようだ。恐らくこの大鷲はこの地の支配者であり、ミドレスの天敵なのだろう。改めて見やれば、正しく王者という風格を身に纏う尊大な大鷲であった。


 幸い大鷲は暴れるモードに動きが鈍り、私は直ぐに追い付くことが出来た。お返しとばかりに私も全体重をかけ、肩をせり出し激突する。筋肉に力を入れると、私の全身を覆う鎧のような鱗が立ち上がり、大鷲に突き刺さった。成長するに連れ身につけた私なりの戦い方である。堪らず大鷲はモードを離し、それを私が落ちる前につかもうという魂胆だった。


 しかし予想外にも、大鷲はモードを握りしめたまま、痛みに鳴き声一つ上げず、くるりと私に振り返ると、私の顎をその巨大な嘴で噛み砕いてきたのだ。何という生命力と闘争心だろうか。ドラゴンとなってから初めて感じる生命の危機に負けじと爪を大鷲の腹に食い込ませる。それでも大鷲は私に噛み付き続け、私も内蔵まで達するかというほど大きく胸をえぐり、大鷲と私は互いに命を奪いあいながら絡みあい、凍てつく大河へとその身を沈めたのであった。


 寝不足はやはりよくないものですね。誤字脱字多分あると思います。申し訳ないです。

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