あっちむいてよboy!(6)
『男子入居禁止』
襖を前にして、老化で神様が立ち尽くしている。
横からその貼り紙を見て、洋三がからかう。
「調子にのるからだぜ。何かやったんだろう。バーカ」
言って意気揚々と自室に帰っていく。
神様はそっと襖に歩み寄り、声を潜めて小春の名を呼んだ。いるはずなのに返事は無い。
父の罵りも聞こえてきそうである。
(尚早だった)
少々うなだれて階下へと下りる。無闇に衝動に走って不埒なことはすべきではなかった。
小春の病気も気性もわかってきていたはずなのに。
彼女のこれまでの人生を何度も見返して、その素直な心意に恋し、何度も彼女に触れる者がいれば入り込み、こっそり触れてきた。
本来なら、彼女の死を待ち、それから魂を拾い上げれば良いことだった。
けれど、彼女自身が壊れる病気にかかったときを見たときは己の世界が揺らぐ程に動揺した。
すでに父が手を打っていたが、それでも病気は残り、彼女は一人抱えたものの大きさを知り、必死に耐えていた。それをどうにか手助けしたくて、今ここにいるはずなのに。
彼女が守ろうとしているものは、最高位の王ですら扱いの危うい事柄だ。けれど、皮肉にも、彼女の病気と胆気が、それをGAMEに変えて支えている。
託されたのは自分だ。世界の歪みと悪を正し、彼女が納得するまでGAMEはおそらく終わらない
仕事はしているつもりだ。ただ神の精神を拾い上げることのできる人間を探しだし、目覚めさせる。多種の世界にその有識者達を増やせば、自ずと世界は安定をもたらすはずだ。
ただ、その代わり、おぞましい欲を持った黒い存在も蠢き始める。それらも同時に排除しなければならない。悪の希釈もなかなか面倒で骨が折れる。
(それまで俺の気が持つか…)
神であるときは肉体を持つという感覚などさっぱり考えることはなかった。言うなれば純粋でいられた。
だが、あの「岩瀬」とかいう男のいわば純真な部分が自分と重なり、彼女を舐めていかせたとき、頭が爆発させるほどの淫らな感覚を覚えてしまったのだ。
そういう感覚、激情は、人でなくてはおそらく感じ得ない。だから、こうして自分は男として人になり代わった。
女になれば良かったのか? いや、それは譲れない。
階下に下りると、麻理恵がマフィンを持って近寄ってきた。
「神様君、どうしたの? 顔が中学生みたいよ?」
「それはどういう意味だ?」
「うらぶれてるってこと。甘い物食べて気を落ち着けて。相談にのってあげるから」
どんな相談にのれるというのだ。
「古書でもあるか?」
「あるわよ。パパが好きだから」
適当に麻理恵が持ってきた本をリビングのソファで広げる。
私に見える文字は文字ではなく、あらゆる時代の歴史や文化だ。その中に潜む変換すべき神の携わる事柄を頭に列挙していく。それを後から臣下に命令するのだ。
TV.GAMEでも良かったが、体裁が悪い。1冊では足りない。
今日の夕飯までには、奇跡を2つくらい起こせる程仕事をこなさなければならない。それで小春が機嫌を直してくれないだろうか。
彼女は世界に幸福な奇跡が起こったとき、本気で心を安らげるからだ。それが最もな彼女の病気の薬なのだから。
『高気圧の上昇により、桜の開花が例年よりも早く訪れました。満開の桜が人々の目を楽しませ…』
夕食時、TVから流れるニュースが早い春を訪れを告げる。
小春の目がTVに向かって、羨ましそうに細められている。
私は失敗したのか?
「神様、明日公園の桜見に行こう?」
小春が大人しい微笑みで促してくる。私はたまらなく今小春にキスをしたい気分だ。けれど神として、それは耐えなければならない修行なのだろう。
いつか父に認められる者として。
「玉子焼きとおにぎりでいーい?」
麻理恵が当然のように尋ねてくる。洋三の舌打ちが煩わしく聞こえてきた。
夜、不安は消え去り、私は小春のベッドの隣で眠ることができた。
明日は晴天で風も吹かないだろう。公園の桜も早めにほころびることだろう。
小春と手をつないで、のんびりと休息を味わおう。
だが、やはり私は我慢が出来ずに、むくりと起き上がり、安らかに寝息をたてる、一番愛らしい花びらにキスをした。
自然を動かす力って時空を越えてあらゆる自然の事象を、もしくは歴史の事象を変えてしまわないと簡単に動かせるものではないと思うんですよね。しかし、とにもかくにもpvが100を越えてうれしいです。読んでくれた方ありがとうございますm(_ _)m