あっちむいてよboy!(4)
「いいか、よく聞け!! 命は大事にしろ!!」
天空に響き渡る大喝。
「それが最低限のルールだ!! 地獄の釜の底は深くして待っていろ!!」
腹からの大笑が止められなかった。人が人を越えた精神で言い放つ言葉。私はそれを今でも忘れられない。
闇に目が慣れて、妙に冴えてしまった。寝返りを打つと、床の方から声がかかる。
「眠れないのか」
「神様、起きてたの?」
「コハルが起きたから」
私はもぞもぞとベッドの布団から抜け出して、床に寝ている神様の布団に潜り込んだ。父や兄だったら抵抗あるけど、神様の包容力には安心して心を委ねられる。
「病気が酷いときの夢…思い出したの」
「そうか。どんな」
「私じゃない尊い誰かが心から怒ってて、世界を創り直すって。何もかもが遅いって」
「………」
「私ね、自分のこと『こんなに優しい人はいない!』って1人で叫んだことがあるの。全然自分じゃそんなこと思えないのに。病気って怖いけど面白い」
「あまり、過去を見つめるな。余計に眠れなくなるぞ」
「…うん」
神様は仰向けで天井を睨んでいる。私は無機質な性格のようで、でも暖かい彼の温もりに安堵して目を瞑った。
天空に真の風が吹き荒れた。誰もが不祥と恐れおののき縮みあがった。
神が机上で古い歴史書をめくる。地上のそこここに穴が開き、闇が吹き上げ、光が流れ落ちているという。世界の狂てんが起きている。
王は光となってその歴史書に飛び込んだ。
「私の名前はコハル! 聞こえる!? 聞こえる人は皆生きてるよ!」
神の耳をふるわせる声。地上で両手を振り上げ、世界の耳に澄んだ声を響かせている。彼女をあのまま狂わせていると大変なことになる。
神の王は彼女の世界を二重にし、偽りの世界に隠した。神と触れる世界と人と触れる世界を同一ににした。
そうやって人の時間もあやふやにし、彼女を養生させているうちに、彼女はどんどん神格を増していった。
いつの間にか、己を創造主であることも見抜かれていて、命令するようになった。
だが、不思議と彼女の話すことは真理に適っている。自分を人として弁え、神に対して神の世界の成り立ちの不平を口にするようになった。
実に面白い存在だ。稀に見る奇跡の存在だ。我々は彼女を守らねばならない。
神の世界の裏では、魔性の世界でも変革が起こり始めた。悪意の程度が増し、狙い定められた魂も残虐に殺されるようになった。神の世界に起きた変革が、どの世界にも通じている。それはわかりきっていることだが、その中心に彼女がいることは神々の中での最上機密だ。彼女の魂を汚そうとするものは全て排除する。それが、今回風が吹いて出た結論だった。まさか、それに息子が大きく関わってこようとは。
「ちとせさん、男の人って、キスしても何も感じないこともあるの?」
兄の洋三がコンビニに出かけている間に、私はリビングで雑誌を読んでいたちとせさんに質問してみた。ちとせさんはにやりと笑って顔を上げる。
「神様君にされたの?」
「うん…成り行きっていうか、わかんない」
悩む顔をすると、ちとせさんはからからと笑った。
「あの人って、妙に男気ありすぎるからねえ。我慢の度合いが想像するだけで面白い。あはは」
「私、真面目に聞いてるんだけど…」
「ただ、心底大事にされてるんだよ。大丈夫。小春ちゃんはちゃんと彼に好かれてるよ」
「………」
答えをもらったような、はぐらかされたような…、結局よくわからなかった。
コンビニの暗がりで、2人の体格のいい外国人が顔をつき合わせて何事か話し込んでいる。
ドラッグ密売の用件でも話しているような怪しさだ。
俺は向かいのブロック塀に隠れてそれを見ていた。
そのうちの1人が神様だったからだ。いつにもまして凶悪な目で相手に何かを言いつけている。
相手はラテン系のいかにもマフィアにでもいそうなラフな格好をしているくせに、そっちの方がやけに真面目な顔をしている。
何を話しているのかは全くわからないが、世間話ではなさそうだ。
あらかた話し終わったのか、2人は別れ、マフィアは暗がりに去り、神様はコンビニに入っていった。
「知り合いと何話してたんだよ」
コンビニに入り、俺は即効で奴の背後から尋ねた。
振り返った神様は驚きもせずに俺を認識する。
「仕事の話だ」
「マフィアとか?」
半ばやけに問いを投げやる。
神様はシニカルに口端を薄く上げた。いちいち様になるからムカつく。
「邪魔な者の掃除は得意だ」
瞬間、腹がギュッと緊張した。総毛立つってのはこのことか?
「…小春に妙な事したら許さねえからな」
俺は拳を握って声を押し殺した。
パンナコッタを手にとっていた神様は、人の気負いも知らず、
「私もコハルを脅かす者は許さない」
そちらの方がよほど肝の据わった言いぶりだった。俺は決意でもこいつに負けてしまった。
天界のなりたちは知られてはいない。突然生まれ、王が決められ、支柱となり世界を統治している。
それがあらゆる世界の真理を創っているとされている。
その真理の柱が今揺らごうとしている。「愛」の形の元に。
「ちとせ、焼きプリン買ってきたぞ」
「コハル、パンナコッタだ」
2人して帰宅したかと思うと、ほぼ同時にリビングにいたちとせと小春にビニール袋が手渡された。
顔を見交わした洋三と神様が、次には苦い顔になる。
「お帰りー」
「ありがと、神様」
男達は2人して、素知らぬ顔で前髪をかきあげた。
穴ばっかり、でもそれが謎だったり、何かのきっかけだったり、矛盾が整合性をかたっていたり。とにかく滅茶苦茶ですが、読んでくださった方ありがとうございますm(_ _)m