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あっちむいてよboy!(3)

その声を聞いたのは全くの偶然だった。神様は物の道理はわかっても、物理は苦手みたいだったから、兄の洋三に教えてもらいに部屋に行ったのだ。襖を開けようとして、そこで私は立ち止まってしまった。

部屋の奥から何となくただならぬ2人の声がする。ちとせさんの声はいつも色気があるけれど、今はもっと甘ったるい。兄は低く切羽詰まった声で何事か囁いている。耳をぴたりと襖にくっつけていると、身に覚えのある熱い息遣いと衣擦れの音。これはまさしく。

とん、と肩に誰かの指が触れた。微かに驚いて振り返ると、神様が厳粛に佇んでいた。そのまま自室に連れて行かれる。

「ああいう場合はすぐに立ち去るべきだ」

「え? 神様いつ気づいたの?」

男と豪語しているちとせさんと兄が濡れ場にあることを知ったことよりも、いつも冷然としている神様がしれっとした顔でHな状況を理解して判断できる能力の方が私には驚きだった。まあ、全ては神様だから、と判決がつく。

「それにしてもあの2人、いつの間に」

「…コハルは興味があるのか?「

「あるよ。経験だってあるし、兄さん達の関係も気になるし」

そのとき、神様の迅雷が走り抜けたような目つきがすさまじく背筋を凍らせた。神様って神様だから、やっぱり貞淑じゃない女って嫌なのかな。でも今時そういう考え方って時代錯誤っていうか…。別に怖いから言い訳しているわけじゃないけど。


「気になるか?」

「…そりゃ気になるって言えば気になるけど。例えるなら、本を読むぐらいの気持ちっていうか」

言ってて頬が熱くなる。神様は何を言わせているんだろう。

鋭い眼光が近づいて、私の顔をのぞき込んでくる。

「本を読むとは、どれ程の興味だ? そして、経験した男は覚えているのか」

「え? え? そりゃあ覚えているよ。好きな人だったから」

数は少ないけれど、私の大切な恋愛。初めは大好きだった岩瀬さん。もう1人は最悪の相手。そう、私が付き合ったのは2人だけ。2人目は、病気の時だったから恋とも呼べない。ただの肉体関係だった。

私が会いたかった孤独の人を重ねて、相手の情欲のままに抱かれた。

でも、SEXなんて本当は興味がない。岩瀬さんとするようになったときからずっと頭が真っ白になるくらいの気持ちよさなんて感じたことが無かったから。

ああ、でも、初めて秘部を岩瀬さんに舐め取られたときは体が波打つくらい感じたっけ。実際あれ以来自分は不感症なんだよな。

遠い目になって考え事をしていると、唐突に鼻息が頬に触れた。「え?」と思うと同時に唇に柔らかくてかさついたものが触れた。

一度目をぎゅっと瞑ってゆっくりと開ける。もう一度重なるくらい至近距離に神様の顔がある。灰褐色の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。

「…覚えているか?」

もう一度キスされながら尋ねられた。何の事?

私が瞬きをして黙っていると、神様はさっと身を離して正しい姿勢に戻った。目を逸らして横を向いた頬がわずかに赤い。私もそれ以上に赤いと思う。

その広い胸に額を押し当てたい気になるけれど、それはやめておいた方がいいだろう。私達の関係は、神様と人間なのだから。

「物理…いつ教えてもらおう」

聞くともなしに呟いてみる。

神様はちらりと壁掛けの時計を見やり、

「マリエが声をかけたら大丈夫だろう」

「おやつ時?」

神様は頷いてマットに胡座をかくと、大きめのクッションを抱いた。落ち着かないのかな。私みたいな女とのキスくらいで。

「神様は経験…あるの?」

「それなりに」

「だよね。格好いいし、未だに何の仕事してるかわからないけど」

「それは言っても仕方がない」

それは、私に理解でいない仕事って意味かな。

私は向かい側に正座して物理の本を握った。

事実、神様と2回もキスしてしまった。性欲なんて皆無なんじゃないかってきらい茫洋としてる人なのに。あんなにうっとりした顔で。

「…私、神様とキスしたことってあった?」

思い切って単刀直入に聞いてみる。神様は首を振るだけだった。

じゃあ何故「覚えているか」なんて聞いたんだろう。首をひねる私との間に、神様はクッションを置いた。

「コハルは経験したことを後悔しているのか?」

「後悔?…うーん、思い出として心に大事にしているよ」

「思い出?」

神様が疑り深い目を向けてくる。

「何でもそうだと思う。私が弱視だからっていうのもあるだろうけど、どんな些細な事柄や言葉も自分を作っていく大事な思い出だと思うよ。勉強になるっていうこと」

「…お前は思慮深いな」

「神様こそ日本人臭いね」

私達は同じタイミングで笑った。

病気を越えて良かった。まさかこんな出会いが待っていたなんて、あんなに狂っていた私には考えがつかなかったもの。出会えるはずがなかったもの。

暗がりに液晶が淡い光を放つ。その前に佇み、ソルは一筋の涙を流していた。

『もうすぐ逢えると思っていた人は、一瞬にして消え失せ、私は知らぬ世界の王の隣に立っていた。あの人を犠牲にして、私は最低で最高なGAMEを開始させたのだ。私はあの人の世界を巻き込み、あの人を孤独にさせて、永遠の鬼ごっこを始めるのだ。この世に地獄が無くなって、天国となるまで』

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