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冬のカンガルー

作者: 瀬川潮
掲載日:2014/11/18

「お待たせしました。26番札でお待ちのお客さま」

 店員はそう言って、手にしたハンバーガーやらコーヒーやらポテトやらナゲットなどをテーブルに置く。ちなみに、ハンバーガーにしてもやたら種類が多く、店側がストックしてすぐに出せる照り焼きバーガーなどメジャーな商品が少ない。量もやたら多い。

「やあやあ、来ましたよ」

「これでようやく昼食にありつけますな」

「やっぱり、空調の利いた温かい店内ってのはいいですなぁ」

 テーブルに座ったカンガルーA・B・Cがにこやかに言う。

――パァン!

 突然、彼等の隣で大きな音が響いた。

 カンガルーDがお手拭きの袋を叩き割ったのだ。

「おい、Dぃ~」

「やめろよ。周りのお客さまに迷惑だろう」

「すまん。ひさしぶりだったので、ついはしゃいで……」

 AとBの責める言葉にうなだれるD。その横では、Eが「スイマセンね、なんでもないんですよ。驚かせて申し訳ないです」と周囲の客に謝っていた。

「まあ、Dの気持ちも分からなくもない。俺たち不法入国・不法滞在の在日野良カンガルーは冬の間は寒くて寒くて居場所がないからな。こうしてファーストフードショップでひとときのぬくぬくランチができるだけでも幸せだ」

 はしゃぐ気持ちも分かる、としみじみFが続けて言う。「動物園カンガルーはいいよな。人生勝ち組で」、「いやいや、彼等は自由に日本の漫画も読めないんだぞ。文化的には我々が勝ち組だ」など囁き声が交わされる。

「しかし、追い出されてはたまらないぞ」

 ちょっとまて、とGが割り込む。

「まあまあ。せっかく注文の品が来たんだ。みんなで仲良く食べよう」

 Hがなだめたところで、Iが「あっ!」と声を上げた。どうやら、注文の品がすべてそろっていないらしい。

「『スマイル』がまだ来てないよ」

「お前なぁ~」

 Jが呆れる。あれはあってないようなものだ仮にあったとしてもそれは一般に言われる『スマイル』ではなく商品としての『スマイル』であり広義の『スマイル』の中でも一番最低の品質であるのだ、などと説明する。

「いや、僕はあの店員ちゃんの一番最低の品質の『スマイル』が見たかったんだ」

「お前ねぇ」

「そんな世間の寒さが身にしみるようなものなんか欲しくないぞ」

「そうだそうだ」

 一斉に非難を浴びるI。

「でも、僕達自身がそんな寒いことを言っても……。せめて、あの店員ちゃんの『スマイル』を温かく見守ってあげようよ。そうしたら、なんかこの店内ももっと温かく、世界ももっと温かくなるような気がしない?」

 Iは必死に思いを言葉にしようとしていた。

「それもそうだな」

「よし、それじゃあ私が『スマイルはまだか。我々は店員ちゃんのとびきりのスマイルを待っているのだ』と伝えてこよう」

 KらがIの説得についに頷くと、♭が席を立った。


「店長~。なんであのカンガルーどもはいつもいつもいっつも! わざわざ商品を店員に持ってこさせるようなことするんですか? しかも今回はお待たせする商品じゃないじゃないですか。あの客どもはセルフサービスをなんと心得てンのよ!」

 カンガルー♭の歯の浮くような要望を聞いた店員ちゃんは、目くじら立てて振り返り店長に八つ当たりした。カウンターでは、カンガルー♭が期待に目を輝かせている。店長は「すぐうかがいますから、席でお待ちください」と♭に伝えてから店員ちゃんに向き直った。

「仕方ないだろう。あいつらが商品をトレーに乗せて席に向かったら、ぴょんぴょんはねてポテトは舞うはコーヒーはぶちまけるわハンバーガーは落としてバラバラになってあまつさえ踏み散らかして景観を悪くするばかりかべとべとにするわで大変なんだよ」

「……はあっ」

 店員ちゃんは仕方なくカンガルーたちの席に行き、「職務とは言えイヤイヤやってるんだからね!」などと睨み付けてから息を吸い込んだ。

「はんっ! カンガルーごときがハンバーガーショップに来るんじゃないわよ」

 鼻で、笑った。

「おおおおお~!」

 カンガルーA~Z、および♭はやんややんやと大はしゃぎ。

「……さすがカンガルー。懐が深いよなぁ」

 店長は首をひねりながら、喜ぶカンガルーたちを見るのだった。当然、店員ちゃんのスマイルはマニュアルにはない。



   おしまい

 ふらっと、瀬川です。


 他サイトの同タイトル企画で執筆・発表済みの旧作品です。

 ひとときのぬくぬくランチな雰囲気をお楽しみください。

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