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由果の日常

三部予定であります。興味があったらお読みください。

 それほど興味があったわけではない。

 ただ、クラスの一部で噂になっていたのが、気になっていただけだ。

 日常がつまらないことは無いが、かといって刺激的な毎日など有り得ない。そんな中で不意に『都市伝説』めいた物が生まれれば、自然と聞き耳を立てたくなるものだ。


 由果ゆかが生活する学校も、多分に漏れない退屈な日々であった。

 行事は他校と変わらないくらいに催されるが、それほど熱が入ったことがあるわけではなく、一部の目立ちたがり屋が歓喜しても、由果のような目立たない生徒はさほどのことではないのだ。

 それよりも、日常を生きる方が苦労している。

 どこの学校でもあるイジメである。表面上は何等問題も無いかに見えるが、内情は大小の差こそあれ、どんな状況下でもイジメはある。暴力的なものから陰湿な陰口、教師からのセクハラや、思春期真っ只中の性的嫌がらせ、クラブ活動での上級生からのしごきと偽った暴行などなど。例を挙げれば切が無い。

 その標的にならぬよう、ひっそりと息を殺すかのように学園生活を送ることが、由果にとっては重要で不可欠なものであるのだ。

 変わった言動は、一日で自分の状況を一変させる。昨日まで仲良さげに会話していた友人が、明日には視線も合わせてくれない他人に成り代わる。そして、明後日には陰口を叩いては笑い合う敵になっているのだ。

 今の由果の状況はそんな中にはない。

 なんとなれば、昨日の朝からクラスの秀才君が、意味もわからず標的化しているからだ。ネットでの悪口など可愛いもので、襲撃予告なんてものもある。学校中からの無視もあれば、教師も察するのか、その秀才君には授業中でさえ指名することはない。私物を隠されたり捨てられたり、力の有る男子はプロレスと称してリンチまがいの暴行もする。

 それでも秀才君は学校を休んだりしない。プライドなのかやせ我慢なのかは分からないが、そんな彼を廻りは放っておいてはくれないのだ。

 由果は、そんな秀才君を気の毒には思う。だが、由果に何がしてやれるだろうかと考えると、由果の思考はそこで止まるのだった。何か行動したところで、その後に待ち受けるであろう運命など、口にするまでもないだろう。

 今、由果が出来得ることといえば、遠巻きながら秀才君を横目で見て、中傷するクラスメイトに頷いてみせるくらいが関の山である。

 つまらまい毎日と言うには、これほどはまる物は無いのではないだろうか?


 そんな中、今日の午後になって話の種に上ったのが『都市伝説』だった。

 久しぶりに他人の噂や悪口でないことに由果はホッとしていた。みんなが持ち寄る『都市伝説』はいつか誰かから聞いたことがあるようなものばかりであったが、話が進むにつれ馬鹿馬鹿しい作り話に移りだしてからは大爆笑を巻き起こすほどになっていた。首都高を走る首無し幽霊バイクや夜のオフィスビルに徘徊する焼けただれた消防士なんてのは良い方で、時速百二十キロで疾走する包丁婆さんとか、中央公園のトイレから右手が出てきて尻を撫でるとか、出会っても笑わずにいられるか怪しい話に花が咲いた。

 その後半、もはや馬鹿話に変わりつつあった中で、その話は出た。

 出だしの話は例の如く「友達の友達のお姉さんから聞いた話」で始まった。

 街のオフィス街のど真ん中、高層ビルが立ち並び昼間でも暗い路地裏。その奥も奥、知らなければ誰も立ち入ることすらない複雑怪奇な路地のどんずまりに、蛍の光源より尚暗い青い光があるという。それは近づいて初めて『喫茶店』だとわかるらしい。興味本位にその店に入ってみれば、人の良さげなマスターが美味しいアップルティーを淹れてくれる。しかし、そのアップルティーを飲んでしまったが最後、店を出てきた者はいないという。神隠しにでもあったか、殺されでもしたか。果たして、その『喫茶店』に踏み込んで帰って来た者はいないのだ。

 聞き終わった時には、一瞬の静寂はあったものの、帰って来ないだけの話でその後が定かではないだけに、誰しもがうそ臭いと馬鹿にして笑った。第一、帰った者がいないのに何故そんな店の存在が噂になるのか信憑性がまるでない。その指摘を引き金に話はもっとうそ臭いものへと流れていったのだった。



 その日の帰り道、由果は電車に乗るのをためらっていた。

 午後の話が気になっていたのだ。そう、あの『喫茶店』の話である。

 由果の家は郊外の住宅地にあり街からは離れているため、乗る電車もオフィス街の有る中心部とは反対方向になる。

 時間はまだ四時になる手前ほど。時間的余裕はあるといえる。しかし、あんな伝説めいた話を信じているわけではない。ただ、興味があるといったくらいなのだ。そのくらいのものなのに何故か追求したい欲求が抑えられない。

「魔法にでも掛かったのかしら?」

 つぶやいてみたものの、現実感はまるで無かった。

 駅のホームに滑り込んできた電車に、由果はなんとなくではあったが乗り込んだ。帰り道とは逆方向の中心街へと向かう電車に。



 電車に乗り込んではみたものの、由果にはどうしようもないことがあった。

 それは肝心の『喫茶店』がどこに有るのか正確な場所が不明であることだ。話ではオフィス街の高層ビル群の中としか分からない。それも路地裏の暗がりという曖昧な表現だけでは、無闇に探してみたところで発見することなど不可能ではないだろうか?

 懸念はまだある。そんな暗がりには、大概安全とは正反対の要因が隠れている。想像力を発揮すれば、品行よろしくない少年達とか暴力を生業にする大人とか、家の無い路上生活者に都会で凶暴化した大型犬とか、危険分子が頭をよぎる。

 ちょっとした身震いを感じて、由果は下げていた鞄を両手で胸に掻き抱いた。

 それでも電車を降りようとしないのは、由果の呟き通り魔法に掛かっていたのかもしれない。

 電車は六駅を二十分ほどで通過し、オフィス街の中央の駅に到着しようとしていた。


 

 


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