8話 召喚の儀
なんでも、俺達漂流者は、エリスの言う儀式とやらを行い、自分だけの武器を手にすることで、初めて力を発揮できるのだそうだ。で、この場所では儀式を行うのに、あまり適さないとのことだったので、場所を移すことになった。
そんなわけで俺と詠二は、先導するエリスに付いて、砦の地下へと続く道を歩いていた。
「一応聞いておくけど、その儀式って奴には、なんか名前は付いているのか?」
「ええ。漂流者が力を得る際に行う儀式のことを、『召喚の儀』と呼んでいます」
「召喚だと!? なんでまた召喚の儀式なんてやらなきゃならねんだよ。俺達がやりたいのは、召喚じゃなくて、送還だっての。とっとと、元の世界に返せ!」
「そんなの――」
「ツバキ……。その、とりあえずエリスさんの困ってる顔がみたいってだけの理由で挑発するの、そろそろ止めない?」
呆れたような声で突っ込まれた。この詠二の一言の所為で、その後、エリスは俺がどんなに話しかけても、ほとんど反応しなくなってしまった。……それにしても、困った顔がみたいだけってのはなんだよ。俺は何も言えないお前に代わって抗議もしてやってるんだろうが。
ほどなくして、目的地に到着した。
案内された先にあった部屋は、面積が大体五メートル四方ほどののうす暗い小部屋だった。
「この部屋は? なんか特別な場所だったりするの?」
「いえ。ただ、周囲からの音が入ってこないようにするための措置しか取っているだけの普通の部屋です」
これから行う儀式とやらに必要なのは、場所ではなく、その本人の集中力のみってことらしい。
「それではエイジ様。部屋の中央に立ち、右腕を垂直に構えてください」
「はい」
言われたとおり、部屋の中央まで進んだ詠二は、右腕を垂直の位置まで持ち上げ、それを左腕で支える、といった動作を取っている。
「それから――」
「エリスさん、僕と付き合ってください、と唱えてみろ」
「エリスさん! 僕と付き合ってください!」
律儀にもエリスの方を向いて、手の平を上にあげて肩膝を付きながら、俺が助言した通りの言葉を素直に復唱するエイジ。
「う、え……あ……は、はい。お願いします」
顔を真っ赤に染め、戸惑いながらもエイジの手を握るエリス。
世界を股にかけたカップル誕生の瞬間だった。しかも、場所が戦場だというのだから、ちょっとしたドラマだ。俺はその光景を後世に残すため、しっかりと携帯で録画していた。
「――って、ちょっと待て!!!」「――って、ちょっと待ってください!!!」
同時に正気に戻る二人。
流石、付き合い始めのカップル。息がぴったりだ。
「神聖な儀式の最中に、妙な横槍入れないでください!」
「もう儀式とか、そんなん、どうでもい~よ。この世界に来た拍子になんか強くなってた、とか、そういう設定で行こ~よ」
「設定とか言わないでください!」
真剣に怒られてしまった。せっかく彼氏を紹介してやったというのに。
「ツバキ! その動画、どうするつもりだよ! まさかハギリちゃんに見せるつもりじゃないよね!?」
「……」
「何で黙るんだよ!」
だって、嘘はできるだけ付きたくないし。
その後、しばらくの間、二人は交互に俺のことを責め立ててきたが、適当にいなしているうちに段々冷静になっていき、数十秒後には大人しくなっていた。
「……君は何がしたいんだよ」
疲れたような顔をして問いかけてくる詠二。
何がしたいと言われても、強いて言うなら……。
「自分、実は今、マジで眠いんすよ。このくらいの娯楽がないとやってらんないんですよ」
ただ眠りたい。今、俺の中にある衝動はこれだけだった。
そもそも俺が今この時間まで起きていたのは、学校に友達が一人もいないとカミングアウトした葉霧のためだ。葉霧のためにも、せめて授業が始まるまでは何とか起きていてやろうと考えて、必死に耐えていたのだ。が、その葉霧が目の前から消失した上に、今までずっと聞こえていた耳障りな戦場の音も、この場所に来た瞬間から全く聞こえなくなってしまったため、押し留めていた眠気が一気に噴出してきたのだ。
もう、マジで、その辺から死体を持って来て、枕にして寝ちまおうかと真剣に考えてしまうくらい眠さの限界なのだ。
「私……なんでこんな人まで連れてきちゃったのかしら」
……不満があるならとっとと元の世界に返品してください。
気を取り直して、TAKE2。
再度さっきと同じ位置に立ち、同じ体勢を取っている詠二。流石に今度は俺も黙って見ていることにした。というか、もはやからかうほどの気力もなくなってきた。
「想像してください。目の前に大勢の敵いる光景を。あなたの命を狙い、容赦なく奪い去ろうとする敵と、それと相対する自分。その姿を僅かに高い場所から見下ろしているような感覚を」
集中力をあげるためか、体勢を保った目を閉じ、エリスの言葉を待っている。
「指示をして。自分が――クルスエイジという人間が、目の前にいる全ての敵に対処する方法を」
深呼吸を数回繰り返した後、ゆっくりと目を見開いた。
「全ての敵を跪かせろ!」
その言葉を口にしたとたんに部屋の空気が変わった。部屋の中心……詠二のいる場所から気圧が急激に下がっていくような奇妙な感覚。次の瞬間、薄暗く、火元の一つもなかった部屋が光に包まれる。
「っ」
そのあまりの光量に思わず手で目を覆い隠してしまう。
光の出所は、部屋の中心にいる詠二。その詠二が手にする一振りの剣からだった。
「素晴らしい……。なんて神々しい光」
何やら感動に打ち震えているご様子のエリス。まあ、その気持ちは分からないでもない。それほどの神秘的な光だ。だが……
「……まぶしいっての」
寝不足で極限状態である俺からすれば、光を放つ物体など、うざったいものでしかなかった。
戦場に躍り出たエイジの活躍は、中々凄まじかった。
「おおおおおおお!」
まず、身体能力の上昇率がはんぱない。
砦を取り囲んでいた百人ほどの敵の兵士を十秒ほどで蹴散らし、その後、敵陣に向かって、単騎で突進している。しかも、その速度が徒歩で敵を打ち倒しながら進んでいるのにも関わらず、馬に乗っている味方兵士が追いつかないくらいだった。
さっきまでは、たった数十人程度を相手にしただけで肩で息をしていたというのに、今は全く疲れた様子がないところを見ると、体力も大幅に上がっているのだろう。
「はりきってやがんな~」
俺はそんな友人の活躍を、砦の屋上から悠々と眺めていた。隣では同じ光景を見ているエリスが拳を握りしめ、興奮を抑えきれない様子で戦場を凝視していた。
何十万という兵士の中、突然現れた光を放つたった一人の人間。その姿に魅入られてしまっているようだ。どうやらそれはエリスだけではないようだ。
なんでも詠二が手にしたあの剣は、『天剣』とか呼ばれ、その昔、魔族に支配よってされていたこの大陸を開放し、生き残った人間を導いた偉大な勇者が持っていたとされる伝説の剣なのだそうだ。
『古より炎に宿りし火の神フレアティウスよ――」
「お」
詠二の行く手を遮るように、統率された敵兵士の集団が現れていた。連中は全員同じ動作で構え、呪文のようなものを口にしている。どうやら、魔法ってやつらしい。
『――我に力を』
呪文を終えると同時に、何もない空間から無数の火の玉が生まれ、詠二に向かって一直線に放たれる。
「光よ!」
剣を手に詠二が叫ぶ。それに呼応するように剣から発せられる光の量が大幅に増した。そして――
「おおおおおおおおおお!!!」
その光を操り、相手の魔法使い集団を火の玉諸共なぎ払いやがった。
「……反則だろ。それは」
魔法すら効かないって……。とても、異世界に来たばかりで、経験値を全く稼いでいない人間の強さとは思えなかった。
「素晴らしい……。これが『天剣』の力。これが――」
「童貞の力ってわけか」
ガコンという鈍い音を立て、壁に頭を打ち付けているエリス。中々好感の持てるリアクションだ。
その後、突っ込みを入れた俺に対して、真っ赤な顔をしながら、怒鳴りつけてくる彼女だった。