7話 漂流者
「あなた達のように、他の世界からこの世界にやってきた人達のことを、漂流者と呼ばれています」
「俺達はお前に強引に連れられてきたわけだから、漂流者ってより、拉致被害者ってとこだな」
間髪を入れず突っ込みをいれた。
この世界は、俺達の世界から返還要求があった際、ちゃんとそれに応じてくれるのだろうか。その辺りは不安と言えば不安だ。
そんなことを考えていたら、エリスに思い切り睨みつけられた。誘拐犯の分際で。盗人猛々しいとは、このことだ。
「エリスさん。ツバキのことはまともに相手にしないでいいですから」
冷静さを取り戻し、なぜか自分を誘拐した犯人のことを庇うような発言をする詠二。自分も被害者だというのに、お人好しにもほどがある。
「ともかくですね。漂流者は、元いた世界で満たされない想いが強い人ほど、この世界では力を発揮することができるのです」
要約すると、とても簡単な話だった。
なるほど。だから俺達くらいの年代の、しかも男を見計らって連れてきたわけか。
「よし。エージ。お前、ちょっと行って戦争止めて来い」
「なっ!? 何で僕が!?」
「聞いてなかったのか? この世界では元の世界で、彼女がいた経験がなく、妄想ばっかしてる童貞ほど強いんだとよ。つまりお前、最強ってことじゃん」
昔から言い寄る女子をろくに相手にせず、葉霧のことばかりを盲目的に追いかけて来たおかげで、顔が良いくせに、今まで恋人ができたことのない詠二。それが、こんなところで報われるとは。……人生、何が起こるか分からないものだ。
「そんなこと一言も言ってないよ!!!」
「うるせえな。とにかく、お前が強いことは確定なんだから、とっとと行って、さっさと蹴散らして来い」
言いながら詠二の襟首を掴んで引きずり、そのまま見張り用に空いていた小さな穴から外に向かってその体を放り投げた。
「うわあああああああ」
叫び声をあげながら、砦の外へと飛んでいく詠二。
「ちょっ!? なんてことを!」
詠二が出て行った穴から外の様子を見ると、ちょうど集団を離れて一人で先走っていた敵兵士が、なんとか着地に成功した詠二に向かって手に持っていた槍を突き出しているところだった。
「大丈夫。大丈夫。ま、見てなって」
詠二は急に戦場に放り出されたにも関わらず、さきほどのようにパニックに陥ることもなく、冷静にその相手に対処していた。
素早い足運びで相手の槍を避けると、そのまま距離を詰めて組み付き、相手の腕の動きを封じながら鎧の隙間から手を突っ込んだ。数秒後、手を突っ込まれた兵士は、鎧の隙間から血を流し、崩れるように地面に倒れ込む。……中々えげつない戦い方だ。
どうやら、自分の命を奪おうとしている相手を前にして、詠二の方もいい感じにリミッターが外れているようだ。
そのまま、倒れた兵士の剣を素早く拾い、後続の集団に対して迎撃の体勢を取る詠二。剣を取ってからの詠二の活躍がまた凄かった。向かってくる兵士に対して、すれ違いざまに切り伏せ、叩きのめし、瞬く間に敵の集団を一つ潰してみせた。
「凄い……」
「だろ?」
あいつは葉霧の前ではただのへたれだが、葉霧さえいなければ、勉強やスポーツは当然として、剣術や武術まで人並み以上にこなしてしまう完璧超人だったりするのだ。しかも、習っていた武術というのが、またとんでもないところで、環境や武器の有無、状況なんかを可能な限り想定し、それら全てに対処できる人間を作り出すことを目的とした超実践的な武術だったりするのだ。
詠二がやる気にさえなれば、有象無象の兵士が相手なら、たとえ武器を持ち、鎧を着込んでいたところで相手にならない。
「それにしても、だ。何か言うほど強くなってなくね?」
確かに並みの兵士が束になってかかっていっても歯が立たないくらいには強かった。実際、詠二の活躍のおかげで近くにいた味方兵士も体勢を立て直し、崩れそうだった戦線の一角を一時的にだが、押し返すことに成功していた。だが、あっちの世界で満たされていない奴ほど強い、というには、何か物足りない。
というか、あの程度だったら、元からあった詠二の力に、火事場の馬鹿力をプラスしたくらいにしか見えない。
「それは、あなたが何の準備もさせず、いきなり戦場に放り込んだりするからです!」
「準備?」
詳しい話を聞いてみると、なんでも、異世界から来た漂流者がこの世界で力を発揮するには、とある儀式をしなくてはならないのだそうだ。面倒くさい仕様だ。
「お~い。エージ。戻って来いよ」
仕方なく、現在戦場で暴れている詠二を呼びかけてみる。
諸事情によりそれほど大きな声を出すことはできなかったのだが、どうやら聞こえていたらしく、鍔迫り合いをしていた相手を強引に押し返した隙に、こちらに向かって突進してきた。
「おかえり」
肩で息をしながら俺の目の前まで戻ってきた親友を、暖かい笑顔で迎えてあげる。
「こらぁ! ツバキ! お前、いきなり何てことするんだ! 危うく死ぬとこだったじゃないか!」
珍しくマジだった。どうやら本気で命の危険を感じていたらしい。
「……ちっ」
「なんで舌打ちするのさ!」
「イケメンなんて、皆死ねば良いのに」
「ちょっ!? 君はそんなキャラじゃないだろ!」
まあ、確かに。今の台詞は、少しいつもの俺と違ったかもしれない。たぶん、向こうの世界から届いたもてない男達の怨念が、次元を超えて俺にそんな台詞を喋らせたのだろう。
軽く咳払いをして、体の中に溜まっていた邪念をかき消した。
「……あのさ、いきなり死にそうな目にあって、テンションがおかしくなるのは分かるけどさ、俺を責めるのは筋違いなんじゃねえの? この世界に連れて来られさえしなければ、命の危険なんてなかったわけだし」
正確には、それほどなかった、だけど。
「大体さぁ。この戦争をどうにかしたいってんなら、俺らみたいなガキじゃなくて、そこらへんにいたトラックの運ちゃんを車ごとこっちにつれてきて、周りにいる敵を全員グチャれば良くね?」
その方が実践慣れしていない異世界の少年兵を戦場に放り込むより、よほど効果的だ。
10トントラックを10台も持ってきて、戦場に放り込めば結構なんとかなるんじゃないかと思った。まあ、おそらく運ちゃんの精神は病んじゃうだろうけど。
「嫌な擬音を動詞にして使ったりしないでください!」
俺が詠二の矛先を自分に向けようとしていることに気付いたエリスが、会話に割って入ってきた。
「命の危険を感じたのは、まだあなた方が力に目覚めていないからです」
「つまり、その力って奴に目覚めちまえば、たとえ戦場に放り込まれても、命の危険なんてなくなるほど強くなれるってことか?」
「それはあなた方次第です」
結局、どうなるかはエリスにも分からないらしい。無責任なことだ。
「(どうするエージ。このまま逃げちまおうか?)」
エリスには聞こえないように、詠二の耳元で囁いた。
話を聞いていて思ったのだが、どう考えても、俺達がこのヴァドルとかいう国のために闘う理由なんてない。
それと、先ほど詠二を戦場に放り込んで分かったことだが、この世界の人間……というか、この国の人間は、武器を持ったところでそれほど強くはない。いくら数で劣っているからといっても、あの程度の連中に押し込まれているほどの奴等だ。たぶん、俺と詠二なら邪魔されたところで、逃げ切ることはできるはず。
そう考えて、現状において一番合理的な提案をしてみたつもりなのだが……。
「僕は……頼られているなら力になりたい」
根っからの偽善者である詠二には、目の前で困っている女性を放り出して逃げ出すことなんてできないらしい。なんともまあ、主人公属性のお方だった。
……仕方ない。もうちょっと付き合うことにするか。
いざ、この国が滅亡することになったら、詠二を気絶させて強引に連れて行くことを勝手に決め込み、もうしばらく、この異世界の金髪美少女と行動を共にすることにした。