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CRY I  作者: やひろ
38/42

38話 油断

 試合が終わってから数分が経過しているというのに、止む気配のない歓声。そんな声を一身に浴びながら、俺はリング上で座り込んでいた。

 別に、勝利の余韻を味わっているというわけじゃない。ただ単純に、試合のダメージと疲労で動けないだけだ。

 体中が悲鳴をあげている。特に、打撃を集中的に喰らった顔がやばい。

 左目は完全に塞がって空く気配がない。残った右目もほとんど閉じかけ、僅かに映る景色は赤色を帯びている。おまけに、顔中腫れ上がっているのが確認しなくても分かってしまうほどの有様だ。

 元々、それほど整った容姿をしているわけでもないのだが、それでもしばらくは鏡を見たくなかった。

「あ~……やべぇな」

 ムキになって後先考えず無茶した結果がこれだ。

 腫れ上がった顔に実際に触れていると、不安がますます大きくなる。

 おそらく元の世界なら、早急な手術を行った後、良くて全治半年コース。悪ければ一生、体に不自由を抱えながら生きていかなければならないほどの怪我だ。

 正直な話、多少の覚悟はしていたものの、ここまで酷くなるのは想定外だった。

「ちゃんと治るのか? これ」

 不安が頭をよぎる。それでも、頭のどこかで、どうにかなるだろう、という期待はしていた。それは一度、身をもって体験している回復魔法というものの存在のおかげだった。

 あれにどれほどの効果があるのか、詳しいところまでは分からないが、サリューネに大まかな話を聞いたところ、病気ではなく外傷ならば大概は元通りに癒すことができる、と彼女は言っていた。

 その話が本当なら、こんな大怪我でも、すぐに元通りになるということだ。……実際にそれほどの劇的な効果を見たことがないので、不安はあるのだが。

 俺の視線は、自然とその魔法の使用者である彼女のいる方へと向けられる。

 ――その瞬間。

 薄く開いていた俺の目は、別の物を捉えた。

 寸分違わず、俺に向かって真っ直ぐに飛来してくる小さな物体。

 それが何かを考えるよりも先に体が動いていた。

「――っ!」

 悲鳴を上げている体を強引にひねり、なんとかその物体を回避する。

 直後、俺のいた場所から、小さな金属音が聞こえてきた。

 見ると、小さなナイフがリングに突き刺さっていた。

「危ねーだろうが!」

 流石にこれは洒落や冗談の類で済まされるものじゃなかった。

 すぐにナイフが飛んできた方向を怒鳴りつける。

 困惑したような観客達の中、ただ一人、平然とした様子で俺の方を見続けている男の姿が目に入ってくる。

 その姿を視界に捉えた瞬間、ナイフを投げやがったのはそいつだということを悟った。

 男の表情はまるで読み取れない。無表情なのではなく、単純に頭からすっぽりと被ったフードが完全に顔を隠している所為だ。

 男のその風貌は、一瞬見ただけだが、よく覚えている。こんな和やかな大会だってのに、それに似合わない面白そうな気配を放っていた奴だ。

 確かヘクターとか言う名前だ。予選通過者であり、この後エイジと対戦する予定の、あの男だ。

 そいつは、先ほど廊下ですれ違った時とまるで同じ気配を俺に向けていた。隠す気のまるでない、純粋な殺意を。

「こんなちっぽけなナイフで、俺をやれるとでも思ったのかよ」

 正直、少し期待はずれだ、なんて呑気な感想が頭に思い浮かんでいた。

 どうやら、疲れていた所為か、勘が鈍っていたらしい。

 ヘクターから発する殺気が、攻撃が失敗したにも関わらず、全く衰えていないことに気付けなかったくらいに。

 普段ならそんなふざけた真似をしてくれた奴など、すぐさま自分でぶっ飛ばすところだったのだが、今は体の状況が状況なため、できるだけ動きたくなかった。放っておいても、すぐに捕らえられるだろう、なんて楽観的な考えをしてその場に留まってしまっていた。

「……地震?」

 その場に座っていたためか、僅かな揺れを感じた気がした。

 ――と。次の瞬間。

「うおっ!?」

 地響きと共に、いきなり地面から現れた壁によって、物理的に視界が遮断された。

 気がつけば、俺とグレゴールンを囲むように四方の地面が盛り上がり、一瞬にして逃げ道を塞がれていた。

「魔法……なのか?」

 詠唱が行われた確かに気配はなかったはず。だが、地震による現象だとしても、被害箇所が局地的過ぎる。

 再度周囲を見渡すと、すぐ横に刺さっているナイフが目に入ってきた。

「(エンチャントされた武器か!?)」

 それが思い浮かんだときには、既に遅かった。

 このナイフにかけられた魔法は、ただ対象の足止めをするなんていう生易しいものじゃなかった。

 ナイフにかけられた魔法の最後の効果が、俺に襲い掛かってきた。

「ちいっ――」

 地面から頭上に打ち上げられた巨大な岩の塊。それが四方を囲み、逃げ場のないこの場所を覆い隠すように落下してきた。

 ――壁を壊すか。

 ――囲いを飛び越えるか。

 一瞬にして選択肢はいくつも思い浮かぶ。が、そのどれもが体が万全の状態であればこそ可能な方法だった。今のこの状態で行うには、圧倒的に時間が足りない。

「くそがっ!」

 迫り来る岩石を前に、成す術も見ていることしかできなかった。

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