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CRY I  作者: やひろ
30/42

30話 カニス・ファミリアリス

「この子……魔獣じゃなくて、魔族だったみたいですね」

 宿に戻った俺達は、必死に頭を下げたことで(主にフェンリルが)なんとかサリューネに許してもらい、改めて今起きた現象について話し合いをすることになった。

「そうなのか?」

 人の子供の姿になったフェンリルに聞いてみる。

「さあ?」

 前に魔獣かと聞いた時と、似たような答えが返ってきた。

 以前は犬としては知能が高かったので、俺の中では賢い犬という認識をしていたのだが、人間の姿になったことだし、ただの馬鹿に格下げしておこう。

「分からないらしいぞ」

 フェンリルの答えを多少通訳してサリューネに伝える。

 その返事を聞いているのかいないのか。サリューネは顎に手を置いて、何か考え込むような仕草をしている。

「たぶん、フェンリルちゃんは元々この姿……人と同じ姿をしている一族なんだと思います。今までずっと動物のままだったのは、まだ小さくて体内にある魔力を上手く操ることができなかったからであって、成長すれば自然にコントロールできるようになっていたはず。それが、僅かですが、魔力を操作するネックレスに触れたことで体内の魔力が変化して、人の姿になることができたんじゃないでしょうか」

 言い終えた後、俺達の反応を窺うようにこちらに視線を向けてくる。

「ふ~ん」「ふ~ん」

 適当に反応する俺達。

 説明してもらっておいてなんだが、俺はとりあえず、ネックレスをかけると人型になるということさえ分かれば、原理なんてどうでも良かった。

「……反応薄いですね」

 折角説明したのに、大して反応を見せない俺達を見て、残念そうにつぶやいている。

「僕は、とりあえずこのネックレスをかけると人型になれるということさえ分かれば、原理なんてどうでも良いです」

 ペットは飼い主に似るという話。眉唾だと思っていたが、意外とそんなこともないのなかもしれなかった。

「お前さ、もうちょっと知的になろうぜ。人の姿になったからには、これからは自分で考えて行動しなきゃいけねえんだぞ? いつまでもペット扱いしてもらえると思って、甘えてんじゃねえぞ」

「主様だって似たようなことを考えてたくせに」

 ……。

 さっきまで犬だった分際で、ご主人様の考えてることを完全に読みやがった。

 飼い犬に思考パターンを読まれる飼い主。そんなもの屈辱でしかない。だが、俺はそんな屈辱を甘んじて受け入れるような小さい男ではなかった。

「一緒にすんなよ。俺は考え込むサリューネもやっぱり可愛いな、ってことしか頭の中にはねえんだよ。話なんてものは、はなっから全く聞いてないわ!」

「……そっちの方が悪いです」

 ご主人様の威厳を取り戻すためにした発言は、さっきまで犬だった奴以下の印象をサリューネに与えてしまう結果になってしまったらしい。どちらにしろ、俺に名誉挽回するチャンスはなかったということか。

「それで、えっと……ツバキさんは、大丈夫なんですか?」

「何が?」

「だから、魔族……かもしれない子と一緒にいても」

 真剣な表情で問い詰めてくるサリューネ。

 いきなりそんな真剣な目で見られても……。

 亜人の子供バージョンのフェンリルを軽く見てみる。

 当の本人の様子はというと、事情を全く理解していないらしく、きょとんとした表情で首を傾げている。

「駄目なのか?」

「それは……」

 魔族である(と思われる)フェンリルが目の前にいる手前、言葉を濁してはいるが、あきらかに良いことではないらしい。

 今回は、魔獣かどうかを聞いてきた時よりも深刻な様子だ。

 ……そういえば、この世界で魔族というのは、その存在自体が忌み嫌われている存在なんだったか?

「まあ、こいつが本当に魔族かどうかなんて今すぐに分かることじゃないだろ。それに、実際に魔族だったとしても、直接俺が魔族になんかされたわけでもないから、嫌ってなんかいないし」

 この世界の常識なんてものは、別の世界から来た俺にはあまり関係ない。

 存在そのものが危険だ、なんて言われても、これまでもちょっと危険なくらいの巨大生物に散々変身してきたのだ。今更人間の姿になったところで、慣れてしまえばどうというわけではない。

「主様をその辺の一般人と一緒にしないでください。普段ふざけた言動が多いかもしれませんが、相手の種族や外見に拘って差別するような小さい男じゃないんです」

 すかさずフェンリルがフォローを入れてきた。

「器が大きいんですね。……少し、見直しました」

 フェンリルの言葉に、何やらサリューネの中での俺の好感度が上がっているご様子。

 よし。もっと言ってやれ。

 俺は目で合図する。俺の視線に気付いたフェンリルは、大きく頷いた。

「現に、この世界に来た次の日には、亜人の女の人の部屋に泊まりに行ってま――んぐっ!?」

「さて、と。フェンリルも人間になっちっちまったみたいだし。親父に言って宿をもう一部屋用意してもらうとするかな」

 とっさに余計なことを言いそうになっていたフェンリルの口を塞ぎ、話題を変えようと試みた。

「……そう言えば、決闘の時、後で話があると言っていたことをすっかり忘れていました」

 少し遅かったようだ。

 このガキの所為でいらんことを思い出させてしまった。馬鹿犬に期待した俺が馬鹿だった。

「まあ、別に部屋を新しく取る必要もないか。寝る時は犬の状態に戻して小屋に突っ込んでおけばいいだけだしな」

 何やら黒いオーラを発し始めたサリューネを強引に視界から外し、そのまま話題のすげ替えを強行し続けることにした。

「そんなことよりも、主様」

 フェンリルが俺の方を向きながら改まった顔で詰め寄ってくる。

 どうやら主様というのは、俺のことらしい。まあ、呼び方はどうでもいいとして。本来なら目の前に美女がいる手前、ガキの戯言なんて無視してしまうところなのだが、今ならこっちとしても都合が良いタイミングだ。

 ここはフェンリルの話に乗ってやることにしよう。

「どうした?」

「僕、喋ることができたら、ずっと主様に言おうと思っていたことがあるのです」

 何やら真剣なご様子だ。少しばかり真面目に聞いてやるか。

「なんだ?」

「僕は犬ではなく、狼です!」

 人が珍しく真面目に聞いてやる気になったというのに、またどうでもいいことを言い出しやがった。

「ああ。はいはい。分かった分かった」

「なんですか! その適当な反応は! 本当に分かっているんですか!? 僕は犬じゃなくて狼だって言ってるんですよ!?」

「だから分かってるっての。……ったく。犬っころは大体自分のことそう言うんだよな」

「酔っ払いと同じような扱いしないでください!」

 ムキになってますます食って掛かってくるフェンリル。否定したところで、ますます信用がなくなっていくだけだというのに。酔っ払いに限って、自分のことを酔っていないというのと同じ原理だ。

「んだよ。うるせえなあ。……それとも何か? 男はみんな狼って意味か? お前も小さいナリして結構やるんだな」

 流石は俺のペットだ。

「変な解釈しないでください!!! それ以前に僕は――」

 その後も色々ときゃんきゃん喚きたてるフェンリルを、サリューネが間に入ってくる隙を与えない程度に相手にしながら、その話の内容は適当に聞き流していた。



 次の日の朝のことだ。俺達は偶然、宿の廊下で鉢合わせになったサリューネと一緒に、朝食を取っていた。

「主様! 主様!」

 朝っぱらから妙にテンションの高いフェンリルが、思い出したかのようにいきなり声を上げ始めた。

「あん?」

「僕って今、人間になったわけじゃないですか」

 姿が人間に見えるようになっただけで、人間になったわけではないと思うのだが。

「そうだな」

 興奮しているところに水を差すのも悪いので、適当に肯定しておくことにした。

「ですから、フェンリルって名前だけじゃなくて、名字というか……ファミリーネームが欲しいんですけど」

 また妙なものをねだってきやがった。それは、考えたことすらない質問だった。ってか、普通、飼い犬に名字までつけないから当たり前なんだけど。

「いいんじゃないですか」

 すかさず却下しようとしていたのだが、それより速く、同席していた美人さんがガキの戯言に乗っかってしまった。

 この場で否定すると、俺の立場が悪くなってしまう。

 先の一件でサリューネの好感度を下げてしまって以来、彼女には何かと気を使うことが多くなってしまったのだ。

「どんなのがいいんだ?」

 仕方なく、聞き返すことにする。

「できれば……その……キザキというのが良いんですけど――」

「却下」

 最後まで言い切らせずに却下した。

 そんなものを付けられては、俺の子供だと思われかねない。

「ツバキさん。あなたはなんでそんな意地悪ばかりするんですか」

 ……そんな子供に言い聞かせるような態度を取るのは止めてくれ。

「別に意地悪じゃねえっての。この世界だと、俺が漂流者だってことは隠した方がいいんだろ? そんな名前付けちまったら、そのことがばれちまうだろうが」

「……あ」

 表向きの理由にあっさりと納得した様子を見せるサリューネ。美人な上に騙され易い。つくづく男の好みのツボを押さえている女性だった。

 一方、フェンリルの方は納得いかないご様子。

「サリューネさんにはあっさりとばらしたくせに。……僕が散々忠告したにも関わらず」

「忠告した? 何ほざいてんの? お前はただ傍にいて、わんわんきゃんきゃん喚いていただけだろうが」

 こいつにどんな意図があったにしろ、実際にこいつが俺の目の前で取った行動は、その程度のものなのだ。

「うー……」

 物凄く不満そうな顔をしているフェンリルのことは無視する。

「大体、名字なんてあってもいいことなんてねえよ。例えば、だ。同じクラスに鈴木という名字の人間が二人いたとする。最初は担任もちゃんとフルネームでそいつらのことを呼ぶんだが、途中からだんだん面倒になって、鈴木一号、二号とか呼ばれるんだぞ? んでもって、それがクラス中で使われるようになっちまうんだ。十年後、同窓会とかに行った時、仲の良かった友達から、あれ? 一号って本当の名前なんだっけ? とか言われてみろよ。悲惨だぞ。分かったか? 名字なんてない方が良いんだよ」

「……」「……」

 俺が適当にはぐらかそうとしていることを察したのか、胡散臭い人を見るような視線を俺に浴びせかけてくる二人だった。

「……考えてやるから、少し待ってろ」

 仕方なく、ちょっとばかり考えてやることにした。

 ……。

「カニス・ファミリアリス・フェンリルってのはどうだ?」

 数秒後。頭の中にふと浮かび上がった名前を、そのまま口にした。

「へえ。良いじゃないですか。どういう意味があるんですか?」

「ん~。適当につけただけで、特に意味はないけど」

 美人さんには中々好評のようだ。

「お前もそれでいいな?」

 隣にいる子供にも確認を取る。

「やです」 

 大人二人が納得して付けた名前を、本人は餓鬼の分際で駄目出ししてきやがった。少しばかり人の姿になったからって調子に乗ってやがるのか?

「我が侭な奴だな。ファミリーネームどころか、ミドルネームまで付けてやったってのに、何が不満なんだよ」

「だってそれ、犬の学名じゃないですか」

「……」

 なんでこいつは知っているんだ?

 完全に向こうの世界の知識の……それも、かなり専門的な分野から引っ張ってきたというのに。

 ちなみにカニスとはラテン語で犬を意味する。ファミリアリスは、~のような、という意味だ。つまり、カニス・ファミリアリス・フェンリルとは、犬のようなフェンリル、という意味になる。これを使えばなかなか悪くないんじゃないだろうか、と思ってそのまま命名したのだが……まさかネタバレするとは思ってもいなかった。

「せめて狼の学名にしてくださいよ!」

 そんなんでいいんだろうか。

 志の低い奴だった。



 後々思い出したことなのだが、この世界ではファミリーネームを持っているのは王族や貴族といった限られた人間のみであって、平民に付けられることはないのだ。

 つまり、俺でさえ偽名で使っているクラウドという名前にファミリーネームなんてつけてないのだから、そのペットであるフェンリルにつけてやる必要性なんて全くないということだ。

 俺は散々ねだるフェンリルを無視して、目の前にいる美女を肴に食事を取り続けていた。

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