29話 プレゼントの効果
「フェンリル。どこだ?」
ネックレスを受け取った俺は、早速その効果を試すため、サリューネと一緒にペットの小動物の姿を探していた。
本当は俺一人でも構わなかったのだが、サリューネがフェンリルにネックレスをつけた際、ちゃんと効果が発揮するのか確認したい、などと言い出したため行動を共にすることになったのだ。
わざわざんなことしなくても、信用してるっていうのに。
……もしかしたら、俺がこのまま売りに出すとでも思っているのだろうか? 色々してきてなんだが、流石にそこまで信用されていないとは思いたくなかった。
「あの……。ヒモに繋いでおいたり、首輪をしておかなくていいんですか?」
往来の真ん中で唐突にそんなことを口にするサリューネ。
「ん? やって欲しいのか? サリューネって、結構マニアックなプレイがお望みなんだな」
俺の好みじゃないが、望みとあらば、そういった行為に及ぶのもやぶさかではない。
「フェンリルちゃんのことです!」
「ん。ああ。そっちか」
分かってたけど。少し残念。
「当たり前じゃないですか! なんでツバキさんはそっち方面のことばかり考えが行くんですか!」
「それは俺がそういう考えしか持てないくらいサリューネに惚れちゃっているからだよ」
「――っ!?」
一瞬で顔を真っ赤にし、声にならない悲鳴をあげちゃってくれる美人さん。なんともまあ、期待通りの可愛い反応だ。
「まあ、あいつなら別に首輪なんてつけて所有者がいることをアピールする必要なんてないだろ。もし誰かに拾われたとしても、適当なところで逃げ出してくるだろうし」
その彼女が正気に戻って説教を始める前に、真面目な話題に戻すことにした。
基本的に俺は町や村に入る際、フェンリルには首輪もつけず、行動の制限もせず、常に放し飼い状態にしている。犬を連れていると行けない場所とか、入れない店があるためだ。
要するに世話を完全に放り投げているようなものなのだが、それでもちゃんと出発する時には気配を察して俺の元に戻ってくる。
なんだかんだ言っても、あいつは俺のことを主と認めているということだ。そこは評価できる点だ。まあ、評価できる点が少しばかりあるからと言っても――
「もしいなくなったとしても、それはそれで構わないし。その時は馬でも買うよ」
所詮は乗り物。いなくなったら買い換えればいいだけのことなのだ。
「……恐ろしくドライな関係なんですね」
「まあな。来るものは拒まず、去るものは追わず、が俺の信条なんでね」
実際には来る者は拒むこともあるけど、人間としての大きさをアピールするためにそう言っておく。
「けど、もし攫われでもしたら……」
あんな、ぱっと見何の使い道もなさそうな小動物をわざわざ攫うような奴がいるかどうかは別として。
「そっちの心配の方がする必要はないって。なんせあいつは、その気になれば手配魔獣すら軽く倒してしまえるほどの化け物だからな。あれをどうにかできる人間がそうそういるとは思えないだろ?」
むしろ、攫った人間の方が心配なくらいだ。
「それは……」
口ごもり、それ以上何も言ってこなかった。
「まあそういうわけだ――っと。お? いたいた」
話ながらも周囲を確認していたところ、視界の端でそれっぽい小動物の姿を発見した。
野宿生活を送っていたのにも関わらず、微塵もくすむことのない純白の毛並み。多少暗くても、あいつの姿はすぐにそれと分かる。
居場所は他人の家の敷地の中。鎖につながれている様子はないので、自分から入り込んだものと思われる。
「連れて来るから、サリューネはちょっと待っててくれ」
「う、え? ここの家の人に許可は?」
「お邪魔しま~す」
決して家主に聞こえないように小さな声で呟きながら、軽く門を飛び越えた。
「……もう」
呆れたようなサリューネの声を背に、俺は他人の敷地の奥へと足を進めた。
遠目でみたところフェンリルの傍には大型犬がいて、ここからだとそいつに怯えて蹲っているように見える。
たぶん見間違いであり、必要ないとは思いつつも、少しだけ足早に近づく。
「なーにやってんだ。お前は」
手の届く場所まで来たところで、案の定な結果だ。こいつが多少図体の大きいだけのただの犬相手に、怯えるなんてことがあるわけがなかった。
フェンリルの首の後ろを掴み、徐に顔の高さまで持ち上げる。
「わふっ?」
宙に持ち上げられながらも、かぶりついた高級そうなステーキを放そうとしないフェンリル。
どうやらこの小動物は、自分の体の十倍近くある大型犬から餌を巻きあげていたらしい。
そばにいた大型犬は、震えながら尻尾を丸めて小さくなっていた。
フェンリルの口からステーキを引き抜き、そばにいた大型犬の前に差し出してから、人様の敷地内から早々に退散した。
「回収してきた」
掴み上げながら、回収物をサリューネの前に掲げて見せる。
「なんか、とっても不満そうな顔してません?」
「う~……」
言われて見ると、名残惜しそうに大型犬を……というかステーキのある方向を見詰めながら呻き声をあげている。
ご主人様よりも肉の方が重要ってことか。いい度胸してやがる。
「ふ~ん。これをやろうと思ってたけど、あれだけ豪華な飯を喰ったならプレゼントなんて必要ないか」
サリューネからもらったネックレスを指でくるくると回してみる。
「っ!? わんっ! わんっ! わんっ!」
首筋を掴まれた状態で、ばたばたと暴れだした。よこせということらしい。
今の今まで人間ですら滅多に口にすることができないような贅沢な食事をしていたというのに、もらえるものはなんでももらう、ということか。
子供らしいといえば子供らしいのかもしれないが……こいつの場合、がめついという単語が頭にちらつく。
「ほら。頭出せ」
「わん!」
うれしそうに一鳴きして、頭を突き出してくるフェンリル。
「……。てい」
「きゃいんっ!?」
無防備に突き出してくるその頭に拳を落としてした。自分だけ良い思いをしていた罰だ。
「あなたって人は……。なんで素直に渡してあげないんですか」
「きゅ~ん……」
呆れ果てた様子のサリューネと、涙目になりながら彼女にしがみついているフェンリル。
「こんなの、軽いスキンシップだって」
いつものことだと言わんばかりの軽いノリと笑顔で対応してみせる。が、フェンリルの野郎がこんな時に限って愛犬スキルを行使しまくっている所為で、全く信用されていなかった。
外面だけは無駄に良いだけに、かなり効果的な感じだ。
これ以上ふざけると、もう復元不可能なまでにサリューネの好感度が下がりそうな気がしたので、仕方なく普通にネックレスを首にかけてやることにした。
「ほら。もう一回、頭をこっちに出せ」
「――きゃいんっ!?」
サリューネの傍から離れようとしなかったフェンリルの頭を掴み、強引にネックレスに通した。
次の瞬間。
突然、フェンリルの体が眩い光を発した。
「っ!?」「きゃっ!?」
突然の光に一瞬にして視界が白一色に染まる。
視界が正常に戻った時、俺達の目の前には……
「子供だ」
「……子供ですね」
年齢、五歳くらいの子供が立っていた。
短く切りそろえられた純白の髪に赤い瞳。首には先ほどまで俺が手にしていた黒い宝石のついたネックレスをしている。極めつけは、頭から生えた狼の物と思わしき立派な耳。
そんな特徴の子供だ。
「……」
突然現れたその子供は、周りの様子をきょろきょろと探ってみたり、自分の手を握ってみたりと、忙しなく動いている。
サリューネの方も、突然目の前に子供が現れたという現実に動揺し、おろおろしている。
「落ち着け! 全員、その場から動くな!」
俺はとっさにそんな叫び声をあげた。
ぴたり、と動きを止めるサリューネと白髪の子供。
「状況を整理するぞ。今、この近場には俺達の他に誰もいなかった。部外者は皆無。ここまでは全員確認を取っているな?」
無言で頷く二人。
「ということは、こいつは身内ということになる」
「そうなりますね」
年の割には大人びた冷静な口調で子供が同意する。
「う、え? えっと……そういうことになるんですか?」
話についてこないサリューネのことはとりあえず放置。
「ああ。もっと分かり易く言うと、この子供は俺達どちらかの身内ということになるわけだ」
「そうなりますね」
「え? え? ……え?」
あきらかに考える時間を欲しがっているサリューネのことは、まともに相手にせず話を先に進ませる。
「となると、一番確率が高いのは……」
顎に手を置きながら子供とサリューネを見比べる。
「なるほど。母親を訪ねて来たというわけか」
子供→この場には身内しかいない→誰かの親族→俺に子供はいない→サリューネの子。という計算が俺の頭の中で行われた結果、こんな答えが出たわけだ。
外見は全然似ていないが、それはサリューネが主に劣性遺伝子ばかり持っていたためだとすれば納得できる。
「かーさま! 会いたかったです!」
俺が答えを出した直後、いきなり子供がサリューネに抱きついた。ノリの良い奴だ。
「え、え? えええええ!?」
突然目の前に自分の子供と思わしき人物が現れたという状況に付いていけず、完全にパニックに陥っている母親(仮)。
「なんだよ。子供がいるなら先に言ってくれよな。心配するな。旦那には奥さんとは何もなかったって、ちゃんと言っておくから」
あえて誤解を生み易いようないいわけをしておくのが、まだ見ぬ夫へのせめてもの抵抗だった。
「うえ!? え? 待って! ち、ちがっ!?」
「かーさま! かーさま」
母親(仮)が反論しようとするのを遮るかのように、抱きついてかーさまと連呼している子供。
「じゃあ、俺はしばらく席を外してるから、感動の親子の対面というやつを、心行くまで堪能してくれ」
それだけ言って、その場から退散しようと、二人に背を向けた。
「待ってください!」
が、すぐさま服を後ろから引っ張られた。それも、かなり強い力で。
振り向くと、子供を引き剥がしながら、俺に向かって真剣な表情で訴えてくるサリューネの姿が。
「私! まだ子供なんていません!」
「かーさま……」
「あ~。ひでぇ。これだから美人は。ちょっとばかり顔が良いってだけで、周囲にちやほやされて我が侭に育っちまったもんだから、いざ自分に子供ができてみると耐え切れずにすぐ育児放棄しやがる。こんなんだから少子化問題が騒がれるようになっちまうんだよ!」
「何のことか全然分からないですけど、そんなの私の知ったことじゃありません!」
とても真面目なサリューネさんのものとは思えない投げやりな発言が返ってきた。相当テンパっているらしい。
「知ったことじゃない? へ~。たとえ自分の子供じゃなかろうと、自分のことを母だと慕って近寄ってくる子供を道端に捨てちまえとでも言うつもりですか? 随分ご立派なお医者様ですね~」
「かーさま……」
「うぐっ」
追い討ちをかけるかのように涙目でサリューネを見詰めている子供。
「だって……だって。私本当に……まだ、そういった経験もないのに……」
とうとう本気で涙ぐんでしまった。
俺としては、サリューネの表情を堪能できたことだし、この辺が潮時か。
「冗談だよ」「冗談です」
笑顔と共に、声を合わせてネタばらしをする俺達だった。
その後の俺達の言い訳など一切聞く耳持たず、サリューネは顔を真っ赤に染め上げたまま宿に帰ってしまった。
どうやらからかいすぎたらしい。
俺は別に、暇つぶしでからかったわけじゃないというのに。ただ、俺もとっさのことでちょっとばかり気が動転してしまったため、近くにいる誰かを動揺させることで冷静さを取り戻そうとしただけなのだ。
他人が慌てふためいている様を見るのは、妙に落ち着くものだし。……まあ、確かにやり過ぎたところもあったかもしれないけど。子供のノリが思いのほか良かったため、後半はサリューネの反応を楽しんでたところもあったけど。
とりあえず、サリューネはほとぼりが冷めるまで置いておくとして。
今はこっちの方をどうにかするか。
「で? お前はフェンリルでいいんだよな?」
「はい」
笑顔で肯定する人間の姿になったフェンリル。
魔法の首輪をつけてみたら、ペットの子犬が人間に変身しました、ときたか。
流石は異世界。なかなかファンタジーで夢のある話だ。
が、実際に目の前でやられても……。俺としては、正直微妙。
コンパクトサイズになる便利な乗り物として、なかなか使い勝手が良かったフェンリルだが、こうなってしまっては仕方がない。
「……新しいペットでも探すかな」
「何でですか!」
「だって、言葉を話すペットとか、ろくな奴がいねえだろ。昔、人の顔をした魚が毒舌を吐き続けるゲームとかあったし。俺、あんなの欲しがるほど、奇特な人間じゃないし」
「そんなものと一緒にしないでください!」
「他にも、満月の夜に狼に変身する男とか、美女の姿をして国の王に取り入って、国民を虐殺して楽しんでいた狐、なんてのもいるな」
どちらにしろ、ろくな奴がいないことは確かだった。
「恩を返すために夜な夜な編み物をしていた鶴だっているじゃないですか!」
そういや、そんなのもいたか。
「けどお前はどう見ても害を成す類だし。名前からして」
今にも飼い主の腕を喰い千切りそうな名前だ。
「それは主様がつけたんじゃないですか!」
「そうだったか?」
どうでもいいことはすぐに忘れるようにしているため、その時のことはあまり覚えていなかった。