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CRY I  作者: やひろ
28/42

28話 プレゼント

「さて、と。……どうしたもんかな」

 決闘が終わってから大体二時間ほど経過して、時刻はすっかり夜。

 決闘の後、そのまま興奮した野次馬の連中と一緒に騒ぎながら飯を食っていたのだが、切りのいいところで抜け出していた。

 サリューネはその場に置き去りにしている。俺がこれからやろうとしていることを気付かれたくなかったからだ。

 俺の目的は、現在極限状態に陥っている財布の中身の補充。要するに気付かれないうちに手配魔獣を狩って金を稼ぐことだった。

 見栄を張って全額弁償した手前、実は財政難に陥っているという事実はサリューネには気付かれたくない。ってなわけで、夜のうちに手配魔獣を狩りに行って金を補充しておこうと考えたわけだ。

 が……。ギルドから持ってきた手配書を見てみたところ、どれもここから大分離れた場所で存在を確認された魔獣ばかり。まあ、ここはそれなりに大きな町だし、近くに凶悪な魔獣が出没する、なんて物騒な状況になればすぐさま兵を雇って討伐するだろうから、当たり前なのかもしれないけど。

 フェンリルに乗って行けばなんとかなりそうなのだが、そうしたら今度はフェンリルに怯えて魔獣が出てこない。それに、フェンリルの奴も今現在は別行動中で、探すのも面倒だし。

 サリューネに弁償することにした俺には金なんて微塵も残らなかった。おかげでフェンリルが期待していた豪華な夕食にありつくことなんてできるわけがなかった。それどころか、宿に泊まるだけの代金を差し引いたら、まともな飯すらありつけるかどうか怪しいレベルだったのだ。当然、ペットにわけてやる食料なんてない。というわけで、町を出るまでは自力で食いつなげと言って、適当に放り出したのだ。

「仕方ない」

 最終手段だ。

「……自力で走るか」

 できればやりたくなかったのだが、考えたところ、これしか方法がなかった。

 全力で走って目的地に行き、そこで手配魔獣を殴り飛ばし、また全力で帰ってくる。制限時間は、明日の朝、サリューネが起きるまで。

 ……恐ろしくハードな夜になりそうだ。

 気力が萎えそうになる。が、それを必死に押し留めながら、軽くストレッチを始めた。

「あの。ツバキさん」

「――っと」

 屈伸していたところで、ふいに後ろから声がかかった。

「何してるんですか?」

「夜這いの準備」

「なっ!?」

 聞いた直後、顔を一瞬で発熱させ、真っ赤に染め上げているサリューネ。

 軽く誤魔化すつもりで適当に言ってみたのだが、どうやら彼女はこの手の話題は対して、ほとんど免疫がないらしい。

「心配しなくても、サリューネの部屋にはまだ行かないから。安心していいぞ」

「まだってどういうことですか!」

「数日後には行くかもしれないって意味だよ。覚悟しておきな。俺、好きな女に対しては、そういう遠慮一切しないから」

 軽い笑顔を作りながらはっきりと答えた。

「じゃ、そゆことで」

 頭から湯気を大量発生させながら俯いている彼女にそれだけ言って背を向ける。できればもう少し相手をしていたいところなのだが、今日のところは別の用があるのだ。とっととこの場は退散するに限る。素っ気無い態度になってしまっていたが、今は時間的にあまり余裕はないのだ。

「ちょっ――ちょっと待ってください!」

 が、歩き出そうとしたところで、後ろから服の裾を掴まれた。それも、結構強い力でだ。

 あんな話題を振ったにも関わらず、引き止められたってことは……もしかして、誘っているのだろうか。

 突然舞い降りてきた期待感が、それまで前に進むことしか考えていなかった俺の足をその場に留めた。

「どした?」

 できるだけ内心を顔には出ないように、無表情を装いながら訊ねてみる。今度は適当に誤魔化す気なんて全くない。じっくりと彼女の話を聞くつもりだ。

 早く魔物狩りに行くことよりも、この場に留まる、という行動の重要性の方が一瞬にして俺の中で上位に繰り上がっていた。

「さきほどは本当にありがとうございました。それで、そのお礼、と言ってはなんですけど……」

 ……なんだ。そんなことか。

 どうやら、彼女はただ改まってお礼を言いたかっただけらしい。

 モチベーション、大幅ダウン。

 お礼を言われているのに、逆にがっかりしてしまうのは人間としてどうなのかとは思うのだが……男としては仕方ないことだろう。

「礼なら、今度部屋に行った時にでも――」

「これ、受け取ってください!」

 俺が何を言おうとしたのか察したのか、遮るように強めの口調でそう言いながら、手に持っていた物を俺に向かって突き出してきた。

「ん」

 差し出されるままにそれを受け取る。

 見ると、渡されたのは中央に小さな黒い石をつけたシンプルな形のネックレスだった。

 これを俺に?

 たかが、迷惑な男に言い寄られていたところを助けてもらったお礼としてもらうには、ちょっとばかり行き過ぎた代物な気がする。まあ、一応、決闘して怪我までしちゃったりなんかしたのだが、それでもこんなものをもらうほどの働きはしていないだろう。そもそも彼女は、助けてもらったお礼を金で済ませるような人間じゃない。……たぶん。

 よく見ると、彼女も似たようなネックレスを付けていることに気付いた。

 ペアルック。それもアクセサリーと来たものだ。

「何? サリューネって男を束縛するタイプだったのか?」

「え?」

「自分と同じアクセサリーをつけさせてることで、男に他の女を近寄らせないようにする。この男は私の物なんだから、お前らは近づくなーってことだろ?」

「そ、そんなんじゃありません!」

 力いっぱい否定されてしまった。できればもう少しやんわりと、それでいてまんざらでもない、といった感じで断りを入れて欲しかったのだが……まあ、仕方ないか。

「違うのか。残念だな。じゃあ、これはなんなんだ? 見たところ、普通のアクセサリーってわけじゃなさそうだけど」

 俺がまた変なことを言い出すんじゃないかと、じっと身構えていたサリューネだが、真面目な質問をすると、あわてて取り繕おうとしていた。その反応を見ていると、またからかいたい衝動に駆られてしまう。話が全く進まなくなるんで、我慢するけど。

「これは魔力を抑える効果のあるネックレスなんですけど」

「魔力を抑える? それって使い方次第では相手の魔法を封じることができるってことか?」

「いえ。そこまでの効果はありません。せいぜい、身に着けていれば、普段体から洩れる魔力を他者が探知できなくなる、といった程度のものです」

「へぇ」

 魔力が探知できなくなる、ね。

 彼女がこれを俺に渡したのは、そういう意味か。

「つまり、フェンリルにつけていれば、魔物が寄ってこなくなるような事態を改善できるってわけか」

「はい」

 正解、と言わんばかりに眩しい笑顔を向けてくるサリューネ。

 なるほど。これはかなり便利な道具だ。これがあれば、今日のように離れた場所に手配魔獣がいるときでも、フェンリルに乗ってその場所まで行っても逃げられることがなくなるだろう。

「確かにもらえるならうれしいけど。いいのか? これ、高いんじゃないのか?」

「そこまで高いものではないんですけど……。それは今日のお礼ってだけじゃなくて、弁償してもらったお薬の代金だと思ってください」

「ん? それなら気にしなくていいって言っただろ」

「気にします。懸賞金全額つぎ込んでもらっておいて、気にするなという方が無理な話です」

 あ~……。

「……知ってましたか」

 きっぱりと断言するその様子を見て、誤魔化すのは無理だと悟った。

 わざわざ彼女と別行動をしてまで隠していたというのに、しっかりとばれていたらしい。

「そうでも言わないと、条件を呑んでくれないと思ったからだよ。それに言ったろ? 俺、こう見えて裕福だから金貨二百枚くらい、どうってことないって」

 本当はかなりどうってことあるのだが、精一杯虚勢を張る。

 男には、嘘を貫き通さなければならない時があるのだ。

「ツバキさんは、手配魔獣を倒して賞金を稼いでいるって言ってましたよね?」

 いきなり話題を変えられる。

「ん? まあ、な」

 言ったか?

 反射的に肯定したものの、サリューネと出会った時は、その場限りのノリで思いついたことを適当にしゃべっていたため、内容をあまり覚えていなかったりする。

「けど、フェンリルちゃんをずっと傍に置いていたということは、魔獣自体遭遇したことがないんじゃないですか? それなのに、どうやってお金を稼いでいたんです?」

 ……。

「……なんとかがんばって稼いだ」

「……」

「……」

 しばらく正面から見詰め合っていたのだが、一点の曇りもない目で見詰められ続けたため、ばつが悪くなって思わず顔を逸らしてしまった。

「ふふふっ」

 そんな俺の様子に、可笑しそうに笑っている。

 どうやら、嘘をついた俺を責めるつもりはないらしい。

 この反応を見る限り、彼女の苦手な話題を振っていたにも関わらず、この俺を引きとめたのは、俺がこれから何をしようとしていたのかが分かっていたからのようだ。

 なんというか……やっぱり、女には敵わないということを思い知らされた。というか、俺、この人の前だと、全然いいとこねえな。

「ありがたくもらっておくよ」

 素直に降参して、彼女の好意に甘えることにした。

 彼女の性格から考えると、このネックレスはおそらく金貨二百枚なんかよりよほど高価なものなんじゃないかと思った。が、ここは変に追求しない方が良いだろう。

「はい」

 俺がプレゼントを受け取ったことを確認すると、眩い笑顔を返してくるサリューネ。

 それを見て、俺には彼女のプレゼントを拒絶することなんてできないことを悟っていた。

 前にも言ったが、美女の頼みというものは男には拒否することができない強制力があるのだ。つまり、彼女にプレゼントを差し出された時点で、俺がそれを受け取らない、なんて選択肢は存在しない。それがその女性の最高の笑顔と共に差し出された物ならなおさらだ。

 こんな笑顔をされてしまっては、たとえ、今手渡されたものが毒であったとしても、俺は笑顔でそれを飲み込んでいたんじゃないだろうか。

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